それぞれの正義
始まりは、妹だった。
マシューとアレックス、二人の兄妹には、実は、歳の離れたマリアという妹がいたのだ。
彼らの家族は、元々マギアのような活動をする団体で、しかし、今のマギアに比べればかなり温厚で、月に一度、魔女は危険な存在では無いと、講演会を行う程度の小さな団体だった。
魔女は最初から魔女として生まれてくるわけではない、どこかで、普通の人間が、突然魔女化してしまうだけで、根本的には普通の人間と変わらない。下手に刺激し、人外扱いなどしなければ、お互いに協力しあえるはずだと、団体のリーダーである、父は語っていた。
幼いマシューとアレックス、そしてマリアは純粋にその言葉を信じ、理不尽な魔女狩りに怯える彼女達を救いたい、と、家族の、つまりは団体の活動を全力で手伝った。
それが、正しい事だと信じていたから。
しかし、当時の世間は、それを良しとしなかった。
魔女は悪き存在、それが人々の共通の認識で、魔女を擁護するような者がいれば、何をされるか分からない、そんな世の中で、魔女を信仰するような団体は、迫害の対象だった。
街を歩いているだけで、見知らぬ者から「異端者」と罵られ、物を投げつけられ、どこに行っても白い目で見られる、極め付けは、放火未遂まであった。
「父さん、こんな事、もうやめないか」
どんな迫害を受けながらも、それでも活動をやめない父に対し、マシューは堪えきれず言った。
「今日は、マリアが落とした財布を拾っただけで頬を叩かれたそうだ。まだ十歳のマリアを、大人の男がスリだと叫んで、力いっぱい…な、アイツが泣きながら頬を腫らして帰ってきた時は驚いた」
湧き上がる怒りを必死に押し殺しながらマシューは言う。父は黙って何度か頷いて、それからゆっくりと口を開いた。
「確かに…それは悲しい出来事だ。相手が分かれば、抗議のひとつでも言えたがな…しかしマシュー…それと、私達の活動をやめてほしいのと、どういう関係があるんだ?」
マシューは、信じられなかった。そんな事、火を見るよりも明らかなのに。
「魔女だよ、魔女を信仰するような事をしてるからこんな事になったんじゃないのか⁉︎」
「マリアを殴ったのは人間の男だろう」
「魔女を信仰するだけで暴行を受ける、つまり、魔女とは、そんな事をされても仕方ないような存在って事じゃないのか?」
「違う、殴った男の人間性がおかしかった話だ、魔女が邪悪な存在、という結果にはならない」
確かに、最もな意見だったが、マシューは納得出来なかった。
その後、数十分議論しあったが、父の意思は変わらず、マシューは不服のまま、マリアの元に向かった。
部屋に入ると、アレックスがマリアをなだめていた。マリアはまだ、手が小刻みに震えていた。
「…替えを持って来た、頬を冷やすといい」
マシューは、井戸水で冷やした布をマリアに差し出した。
「…ありがとうお兄ちゃん」
小さな手で受け取って、そっと顔にあてる。腫れているのは頬だけではない、泣き過ぎて、目元も真っ赤になっていた。
「…可哀想に、怖かったな」
「酷い事をする人ですねぇ…こんな子供を手をあげるなんて…人間性を疑います」
「…お兄ちゃん、お姉ちゃん」
布で顔を覆いながら、マリアは兄と姉に尋ねた。
「どうして、こんな目にあうの?」
「…それは」
「魔女は、私達を助けてくれる、助け合える存在なんでしょ? それを信じてるだけで、なんでこんなに酷い目にあうの?」
「マリアぁ…」
「もしかして…私達は間違ってるの?」
マシューも、アレックスも、答える事が出来なかった。この頃は、まだ二人とも意思がはっきりしていなかった。それぞれの信じるものが、本当に信じるべきなのかどうか。
しかし、決定的に二人の運命を狂わせる出来事が起こったのは、それからわずか、二週間後の出来事だった。
二人は、同じ理由で、それぞれ違う場所で、命の危険に晒された。
きっかけは、妹、マリアの魔女化だった。
マリアが言うには、森の中で大怪我をした女の人がいたから、介抱しようと手を伸ばした途端、その手を握られ、その瞬間、相手が喉を掻き切って自殺した、と言うのだ。
相手は魔女で、無理矢理魔法を継承させ、何か企んでいたのだろう。
マリアが魔女になった事を知った父は、危険が及ぶからと、娘を隠す…かと、マシューは思っていた。しかし、父が取った行動は、マシューにとって、とても信じられない暴挙だった。
魔女化した妹を連れて街へ出て、実際に魔女が無害だと言う事を証明すると言ったのだ。そしてその言葉通り、マシューの必死の制止も聞かず、父はマリアを連れ、街へ出た。
マシューが追いついた頃には、何もかも遅かった。
父は首と胴体を斬り離され、妹はその小さな体を丸太に括り付けられ、そのまま燃やされていた。
「…頭…おかしいんじゃないのか…」
父の亡骸にそう言い放ち、マシューは力なく、灰になった妹の前で膝を落とした。
周りの声など無視して、灰をひと掬いすると、涙が止まらなかった。
熱かったろう、苦しかったろう、怖かったろう、妹の最期がどれだけ壮絶なものだったか、想像すると、怒りや、悔しさや、いろんな感情が溢れて、涙になった。
「…お前ら…どんな気持ちだった」
周りで嘲笑い、今まさにマシューも殺そうとする連中に、マシューは半笑いで問う。
「…お前ら…こんな子供燃やして…楽しかったか? それとも、純粋な使命感からやった事で、特に何も感じなかったか? ああ? どうだ?」
様々な答えが飛んでくるが、正直、マシューはどれもまともに聞いていなかった。自分で質問した事だが、答えなど欲しくなかった。
「…安心しろよ、別に…お前らのせいにするつもりは無い…確かに実行犯はお前らかもしれないが、マリアを殺したのは…俺と、そこでくたばってる親父だ」
こうなる事は、分かってたはずだ。世間の当たり前が、そう簡単に崩れるわけがないのだから。考え無しに魔女を人前に晒せば、どうなるかぐらい、簡単に想像がつく。
まともな思考も出来なかった、この男が悪い。
そして、そんな父親を、もっと全力で止めていれば、こんな事にならなかったかもしれないのに。もっともっと前から、魔女なんか、信仰しなければ、こんな事にならなかったかもしれないのに。
止める事も出来なかった、無力な自分が悪い。
「…お前ら…お前らはな、殺してやりたいほどムカつくが、でもやっぱり、お前らは間違って無いんだよ、そういう世界で、そういう世の中だ…俺達が、お前らの言う通り、異端だったんだよ…」
どうして、こんな事になったんだろう。何が原因なのだろう。
俺達を、異端にしたのは、誰だろう。
「全ては…魔女が悪いんだ」
マシューの首に巻かれたロープが、ピタリと動きを止めた。
魔女の親族として、殺そうとした人々が、マシューの言葉を聞いて、驚いたように目を見開いた。
「…俺を殺すのは、別にいいが、少し待て…魔女をこの世から全て殺す…それを達成するその日まで、待て、もう、誰も俺を、俺らを、異端なんて呼ばせない…異端は、全て、狩ってやる…お前らも力を貸せ、俺を殺したいなら、魔女を駆逐したいなら、俺に手を貸せ」
今ここに、異端狩りを結成する。
マシューは、そう宣言した。
そして、その頃、アレックスと母親が待つ家にも、魔女狩りの魔の手が迫っていた。
彼らは家に火を放ち、逃げ出して来た母親を、何度も何度も槍で突いて殺した。
叫ぶアレックスも、あっさり捕まってしまった。
「どおして…こんな事をするんですかぁっ!」
そこで、アレックスは、父と妹が、無惨に殺された事を知った。父は首を斬られ、妹は泣き叫びながら燃やされた。
怒りとショックで、アレックスは、声が出なくなるまで叫んだ。
「…ころしてやるぅぅ…おまえらぁぁ…ぜんいん…まつだいまでのろってやるぅぅ…」
血混じりの涙を流しながら、アレックスは嘲笑う群衆を睨みつけた。その目つきが気に入らないと、一人の男が持っていたナイフで、アレックスの両眼を、引き裂いて、抉り出した。
声は、出なかった。既に喉が潰れていたから。
生暖かいものが、眼球が収まっていた穴から大量に流れ出ていく。
勿論、死を覚悟した。暗闇の中で、それでも恐怖は無かった。
恐怖よりも、怒りが強かった。自分が死んだ瞬間、こいつら全員呪い殺してやると、思っていた。
しかし、バキッという乾いた音が聞こえた。その瞬間、群衆がざわつき、そして叫びながら武器を構える音がした。しかし、すぐにそれは大人しくなり、足音がひとつだけ、こっちに向かって来るのだけが聞こえた。
「…大丈夫…では無いな…すまない…近くにいたのに…君を救えなかった」
声の主は、多分、泣いていた。ガチャリと鎧の音がする。恐らく騎士なのだろう、しかし、その声は明らかに女性のものだった。今の時代、女性の騎士など、一人しかいない。
「…ぁ…」
しかし、喉が潰れていて、声が出なかった。だが、相手は何となく様子を察したのか、自ら名乗り上げた。
「『鎧の魔女』ジャンヌだ…君を…君の家族を、救えなかった、愚かな魔女だ…大した事は出来ないが、せめてものの罪滅ぼしだ…喉が潰れているのだろう、回復魔法は得意じゃないんだが、出来る限り治してみよう」
そういうと、ジャンヌはアレックスの喉にそっと触れる。その指先から、温かい何かが流れ込んでくるのを感じた。すると、喉を突き刺すような痛みは消え、声が出るようになった。
そして、それと同時に、見えないはずの周りの風景が、なんとなく分かるようになった。
「喉は治せた…だが、どうしても、潰れた眼球を治す事は出来なかった…無力で申し訳ない…だが、代わりに感覚を鋭くする魔法をかけておいた、嗅覚や、聴覚、その他全ての感覚が、目の代わりになってくれるはずだ」
「…あ、貴女は…神…ですか」
「…いや、こんな無能な神がいたらたまらない、私は、魔女だ…さぁ、まだ十分では無い、医者に診てもらおう」
ジャンヌはアレックスを背負い、医者の元へと向かおうとする。しかし、その足がピタリと止まった。
「…何者だ」
続いて、鋭い声でジャンヌが言う。何者かが、立ちはだかったのだろう。
「…お兄…様」
「なに…なるほど、すまない、君の妹は」
「…アレックス、マリアが殺された」
現れたマシューは、ジャンヌを無視して、アレックスに言う。
「…そう、らしいですねぇぇ…泣きたくても、もう、涙も出ません…どれもこれも、すべて」
「魔女が悪い」
「人間が悪い」
兄と妹の、食い違った声が被る。
「…アレックス…お前、今なんて言った?」
「お兄様こそ…まさかこの期に及んで、まだ魔女が存在しているのが悪い…と、そうおっしゃられるんですかぁぁ?」
「事実だろ、そもそも魔女なんてこの世にいなければ、こんな事にはならなかった、俺たち家族も、普通に生きれたかもしれないんだ」
「違いますねぇぇ、悪意のある人間さえこの世にいなければぁぁ、誰も死ぬ事は無かったんですぅぅ…お兄様、貴女は、マリアを失って、気が狂ったしまったのですねぇぇ」
「狂ってんのはお前だろぉ! お前を背負ってるその女…そいつも…魔女なんじゃないのか…そいつらと関わり続ける限り…お前に平和な時なんて無いんだぞ?」
「そんな事ありませんよぉぉ、この目、見てください…人間に裂かれ、抉られました、もう何も見えないと思っていたのに…魔女様が、ジャンヌ様が救ってくださいましたぁぁ…魔女こそ、神なのです、不可能を可能にし、どんな奇跡も起こしうる…お父様は間違って無かった」
「俺達を危険な晒したのはその親父だろうが!」
「いいえ、マリアを殺したのは悪意ある人間です…魔女は、救いです…貴方は、狂ってます、でも、貴方も救えます、魔女は、神聖な」
「アレックスゥ!」
「すまないが、もういいか」
叫ぶマシューを、ジャンヌが静止させる。
「君の妹は、今重体だ、すぐに医者に診てもらわなければならない…私の責任でもある…すぐに部下を派遣させる…本当にすまなかった…君も家族なら、一緒に医者のところに」
「行くわけねぇだろ…そんなやつ…もう妹でもなんでもない」
「たった一人残った家族なんだろう」
「…魔女、魔女いいか、聞け…それを奪ったのは、お前らという存在そのものだ…いつか殺してやるからな、いつか絶滅させてやるからな…覚えておけよ」
マシューは背を向けて、言った。
「我は『絶滅の異端狩り』マシュー…いつか必ず、この世から魔女を一人残らず、ぶっ殺してやる…もう二度と、マリアのような犠牲者を出さない為に…」
そう言って、彼は姿を消した。
「…救えなかった者ばかりだ…この確執が、次の代まで受け継がれなければ良いが…」
「…ジャンヌ様ぁぁ、安心なさってくださいぃぃ」
落胆するジャンヌの背で、アレックスは楽しそうにいう。
「…今はまだ、人間という下賤な身の私ですがぁぁ、それでもぉぉ、下賤な私がいる限りぃぃ、あの男の好きにはさせませんよぉぉ…マリアのような小さな犠牲者を、守れるようにぃぃ」
これからもずっと、貴女方を信じ続けますぅぅ。
貴女達を象徴とする『魔法』の名の下に。
それぞれの正義と、それぞれの因縁は、ここから始まった。
始まりは、妹だった。
妹への愛故に、二人の男女は狂っていった。
今まさに、世界を滅ぼさんとするまでに、二人は狂っていった。




