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魔女伝  作者: 倉トリック
蒼い鳥編
115/136

兄妹

 不敵に笑うエイメリコを、エルヴィラは踏みつけ、その鼻先にナイフを突き付ける。いや、鼻先だけではなく、急所という急所に狙いを定めた刃物が、エイメリコの周りに浮いていた。


「…答えやすいようにしてやるよ、ありがたく思え? ちゃんと正直に答えないと、…何がお前の最期の言葉になるか分かんねぇぞ?」


「そんな安い脅しで俺がビビると思ってんのか?」


 臆する事なく、エイメリコはエルヴィラを睨み付けて言う。


「お前がビビってようがどうしてようが関係ねぇよ、アレの正体がなんなのか、ちゃんと答えないと殺すだけだ、しかも滅多刺しな、痛いうえにお前、アレだけイキってたくせに、結局魔女に殺されるとか、恥ずかしくね?」


「恥じる必要なんかねぇだろ? どうせお前も、リーダーに殺される、この世から魔女は一人残らず消滅する、いいか、これが答えだ、お前らが理解する必要なんかねぇよ」


「あぁ、そうか、じゃあな」


 ナイフを振り下ろそうとするエルヴィラの手を、ジャンヌが慌てて止める。


「ちょっと待って、まだ聞きたい事が沢山ある。異端狩りの残ってる幹部はもう彼だけなんだから…まだ、殺さないで」


「…まだ…ねぇ」


 エルヴィラは渋々エイメリコから離れ、怪鳥を見つめる。


「とにかく、今はアイツをぶっ殺すのが最優先だな…」


「どう見ても魔獣なんだろうけど、なんかいつもと雰囲気違うね」


「あ?」


 ようやく冷静になったのか、ジャンヌは怪鳥を観察しながら言う。


「いつも相手にしてた魔獣ってさ、なんか、いろんな生き物や道具がごちゃ混ぜになったみたいな姿してたでしょ? 狼に虫の足生えてたり、熊の腕が鉄槌みたいになってたり」


「ああ、そういやそうだな」


「でもあの大きい鳥は、余計なものはくっついていないっていうか、いや、危険なのは変わりないんだろうけど、形だけ見たら純粋に蒼い鳥っていうか」


「つまり何が言いたいんだよ」


「まだ何か隠してるのかな…って」


 可能性は、大アリだ。というか、そもそも、マシューと合体してあの姿になった、という、割と重要な情報をサラッと言われたので思考が追いつかず、まとまらなかったが、やはりいつもの魔獣とは違う。


 下手に近付くより、今は様子見が良いだろうか。


「幸い…なのかな? 今は攻撃はしてこないみたい…」


「この街の現状見て、どの辺が攻撃してこないって言い切れるんだ、いつまたあの広範囲の爆撃みたいな事してくるか分からねぇぞ」


「…あ、いや、思ったんだけど、さっきのは攻撃じゃないと思うんだ…地下であのサイズまで巨大化して、更に羽ばたいたから、単に、破壊された建物の破片が降り注いだってだけだと思う…いや、十分に攻撃なんだけど、アレの能力的な攻撃は、まだ発揮されて無いんじゃないかな」


 王を庇ったあの時、ジャンヌが感じたのは、不自然な地鳴りと、破壊音だった。全員が異常に反応するよりも早く、ジャンヌは動き、王を押し倒し落石から守った。


 …側近の人達は、守れなかったけど…。


「生きてる人は私のところに連れてきて、例え脳味噌が半分こぼれ落ちてたとしても、辛うじて生きていれば私が治せるから」


 ゲルダは負傷者の怪我を治療しながら、ジャンヌに言う。


「ジャンヌちゃん、どうする、私はしばらくここから動けそうに無いよ。他の騎士の皆んなにも、色々手伝ってもらいたいし」


「うん、ゲルダは、ここでみんなを助けてあげて。貴女の治癒能力で、助かる命が沢山あるから」


「しかし、そうなるとキツいぞ、ジョーンの野郎は一斉に瞬間移動したせいで魔力切れ、白髪含めても私達三人しかあの鳥と戦える奴が居なくなるぞ」


 能力が未知数の相手に、たった三人で挑む。明らかに無茶だ。しかもまだなんの作戦も立てられていない。


「ヒハハハッ! 馬鹿じゃねぇのかお前ら! どうしたって勝ち目なんかあるわけないのに! 事もあろうか三人だぁ⁉︎ 頭大丈夫かよぉ!」


 爆笑するエイメリコ、それに便乗するように、呆然としていた王が口を開く。


「そ、そうだ…犯罪者だが、コイツの言う通りだ、ジャンヌ一人でも怪しいのに…事もあろうか…こんな子供に何が」


「今までのやりとり見てねぇのかオッサン、私らは魔女だよ…色々起こってパニクるのは分かるが、国のトップならさっさと切り替えて状況把握ぐらいしろ」


「コラ! エルヴィラ! 王様になんて口の利き方してるの!」


「王とか貴族とか私らにとっては関係ねぇんだよ、どう見たってただの人間にしか見えん。それよりも、だ、じゃあ王様、お前、なんか他に良い案あんのか? あの化け物を素早く安全に処理できる方法とか」


 エルヴィラがつまらなさそうに見ながら言うと、グッと歯を食いしばって答える。


「わ、分かるかそんな事…だが、今すぐに考え無しに動いて良い事も無いだろう? せめて、住民の救助が終わるまで待って、万全の態勢を整えてからの方が戦略の幅も広がる、その間に、西支部から救援を呼ぶのもアリだ、とにかく、今すべき事は他にもあるはずだ!」


「…なぁるほど、何にも考えて無いわけじゃないようだが…それで? それまであの化け物が大人しく待っててくれる保証があんのか? アレが飛び回って、口から火炎放射でも吐き出すような能力持ってたらどうする? 国ごと火の海だぞ? そうなりゃ、魔女だけじゃなく、国民ももれなく焼死だろうな」


「だったらどうするっ⁉︎」


「だからさっきから言ってるだろうが、無茶でも無謀でも、誰かが戦えるうちに、そしてまだ最悪の事態が起こってないうちに、あの鳥を止めるしかねぇんだよ、今すべき事は、今出来ることを精一杯する事だ、救助然り、戦闘然りな」


 エルヴィラは、チラリと心配そうに、怪鳥とは逆方向を見た。それは、ペリーヌのお菓子の家がある方向だった。


 そこでジャンヌは気付く。一刻も早くこの事態を解決したいのは、他でもない、エルヴィラだったのだ。


 魔獣は魔女にとって天敵。アレが大暴れすれば、ペリーヌもタダでは済まないと考えているのだろう。


「…まぁでも、王様、お前の言う事にも一理ある…私達だって脳死丸出しで突っ込んで死ぬなんて、マヌケな真似はしたくない…とりあえず今必要なのは、アレの能力的な正体を把握する事だ」


「…エルヴィラ? 何か考えがあるの?」


 エルヴィラは「大した事じゃねぇよ」と言って、にっこりと笑った。


「三人が無茶なら、数を増やせば良い。コイツら全員に手伝ってもらおう」


 エルヴィラがパチンと指を鳴らすと、ゲルダやジョーン、エルヴィラにジャンヌの分身が現れた。しかも大量に。


 ざっと見ただけでも、千人は軽く超えているのだろうか。彼らは現れた瞬間、一瞬その場にいる者に見境なく襲いかかりそうになったが、エルヴィラがパンっと手を鳴らすと、動きを止め、大人しくエルヴィラの元に集まった。


「よぉし、良い子だ…お前ら、敵は、あのでっかい鳥だ、分かるか? 見えるな? アレはこの街を一瞬にしてぶっ壊した超危険で超悪い奴だ、ぶっ殺して構わねぇ…ただ、しかし、そうだな…出来ればあの鳥の能力を探りたい、そこら辺、各自考えて行動してくれ、じゃあ、行け」


 エルヴィラが言うと、分身達は一斉に走り出し、怪鳥へと向かっていった。


「さて、私達も行くか」


 その後を、小走りでエルヴィラも追っていく。


「…なぁジャンヌ、もしかして、今までの魔法って、あの魔女の協力の元集めてたのか?」


 呆然としながら、王が尋ねる。


「…はい、あの、すごく頼りになるんです、ただ、その、ちょっと世間ズレしてるというか、すごくガラが悪いっていうか、チンピラっていうか」


「…お前も大変だな」


「…ご理解いただき、感謝いたします」


 ジャンヌもエルヴィラの後を追った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 マシューの意識は、意外にもはっきりしていた。


 自分の視線がいつもより遥か高い所にある事を確認し、自分の体が人間ではなくなっている事も確認した。


 そして、その体は、自分の意思で動かせない、という事も分かった。


(…ふむ…我は鳥に取り込まれた、といったところか)


 別につまらない洒落を言ったわけではないが、事実、彼はただ、青い鳥に取り込まれてしまっただけなのだ。


 合体というよりも、吸収された、という方が表現としては正しいのかもしれない。


(ふぅむ、しかし、それにしては妙だな。我には我としての意識がはっきりと残っている、恐怖や痛みがあるわけでもない、我は今、何をされているのだ?)


 自分からは動けない、しかし、だからと言って、この巨大な鳥が動こうとする様子も無い。


 ただジッと、何かを待っているようだった。


(なんだ、我に何を求めている)


 そもそも、鳥の目的も分からない状況では、何が正解なのかすら分からない。ただジッと、孵化を待つサナギのようにここでジッとしてれば良いのか。


(何がしたいのだお前は…我を選んだ理由はなんだ)


 エイメリコは、頑なにエルヴィラやジャンヌに状況を話そうとしなかったが、実は、それは意図して隠しているわけではなく、彼自身、本当は何が起こったのか理解していないのだ。


 そして、ここに意識だけあるマシューも、実際のところ、詳しい事は分かっていない。


 地下牢で、ジャンヌ達が去った後、今後の事を考えながら、エイメリコと話していた。


 脱獄出来ないか、とか、使える魔具を持っていないか、とか、とにかく、現状を打破出来る策を練っていた。


 しかし、都合良く魔具は持っていなかったし、脱獄出来る手段も何も思い付かず、二人は肩を竦めて半ば諦めていた。


 そして、そうなってくると、理性的な考えが無くなった脳を、感情的な思想が支配した。


 仲間を次々と葬った謎の敵への恨み、自分達を捕らえ得意げになっている騎士団の若き団長への苛立ち。どいつもこいつもイライラする、全てぶっ殺してやりたいという、シンプルな怒りから来る負の感情が湧き上がった。


 マシューは、我慢する事が嫌いだった。それはもう徹底して、やりたい事はやりたい時にやる、そういう性格だった。


 だから、人を嫌う事も、我慢しなかった。嫌いな人間と我慢して付き合う事など絶対にしなかった。恨んだ相手を、我慢して許す事もしなかった。


 一度怨めば、相手が死ぬまで自分の中で恨み続ける。それが意外と、マシューを理性的にさせていた。自分の感情に正直になるというのは、精神衛生的にも良かったのだと思った。


 マシューの中は、悪意でいっぱいだった。人への、そして魔女への、殺意と悪意で渦巻いていた。


 そして、こうなると、嫌な事を思い出す。


 それは、自分が異端狩りという組織を作るきっかけとなった出来事。


 あの日の事を思い出しただけで、決して消えない怨みの炎が燃え上がる。


 ああ、全て消してしまいたい。自分達の不都合になる邪魔者も、蔓延る魔女も。


 忌々しい過去も。


 全て焼き尽くしてやりたい。我の気に入らないものは、全部。


 いつの間にか、見張りが自分の牢の前に立っていた。


「なんだ、何か文句があるのか」


 睨み付けながら言うが、見張りは何も喋らない。


 ただ、様子が少しおかしかった。


「なんだ、お前」


 虚な目をして、半分寝ているような雰囲気をした彼は、手に何か鳥籠のようなものを持っていた。


 その中では、バサバサと、何かが羽ばたいていた。


 見張りはそれを牢の前に置くと、何事もなかったかのように、定位置に戻っていった。


「なんだ、アイツ」


「リーダー? それなんすか?」


 エイメリコも不思議そうに見ていた。気になったマシューは、牢の隙間から指を出し、鳥籠にかけられていた布をめくってみた。


 そこには、見た事も無い不思議な青い鳥がいた。


 鳥は羽ばたき、チュンチュンと鳴きながら、こちらをジッと見ていた。


「フッ…幸せの青い鳥か、こんなものに何の意味が…鳥?」


 マシューは、ふと思い出した。リオの最期の言葉を。


 六つ目の魔法の回収。鳥はもう手に入らない。


 六つ目の、魔法。鳥。


「まさか…これか?」


 鳥は、それに応えるようにバサリと羽ばたいた。


「く、くくく…リオ…お前の情報が、初めて間違っていたな」


 マシューは、感覚的に全てを理解した。


 この鳥は、今、自分を試している。鳥の方から、マシューの所へ来たのだ。その意図はよく分からないが、とにかく、今自分は、値踏みされているのだ。


 鳥にとっての何かに、自分が相応しいかどうか。


「…リーダー?」


「エイメリコ、お前にとって、我はどう見える?」


「…は?」


「正直に、素直に答えろ。我は怒ったりしない。お前は仲間だ、我は仲間に感情的になって敵意や殺意を向けたり、ましてやそれを実行したりしない」


 マシューに言われ、廊下を挟んだ牢の向こうから、エイメリコはうーんと唸って、短く答えた。


「悪意の擬人化っすね」


「くくく、そうかそうか、鳥よ、我は悪意に満ちているらしい、そんな奴が正義の味方は名乗れん。しかし、我の悪意は、他者から受けたものでしか無い、この世には、我にとって不都合が多すぎる」


 マシューは、鳥籠を掴み上げて言った。


「我の悪意を発散させろ、我の悪意の源となったものを全て破壊させろ、絶滅だ、これ以上我が悪に染まらなくても良いように、正しき道を歩めるように、我の邪魔をするものを根絶やしにさせろ! その為に、協力しろ」


 その、瞬間だった。


 いきなり青い鳥が、赤と青の炎に包まれたかと思うと、籠を破壊し、マシューの目の前で羽ばたいた。


 そして、もう可愛らしいヒヨコような鳴き声ではなく、甲高いトンビのような声を一声上げると、その炎で、マシューを包んだ。


 その後の事は、エイメリコもマシューもよく分かっていない。


 異常な魔力に反応したジョーンがエイメリコも含めた全員を外へ瞬間移動で避難させたからだ。


(そうだ…我はこの鳥に、全てを破壊させろと願った…それで…なるほど、この惨状という事か)


 眼前に広がる破壊された街。多くの人間や、魔女が、押し潰された事だろう。


 そして、自分を捕らえた忌々しい騎士団の女は、絶望している事だろう。


(愉快だ…愉快だぞ! もっとだ! もっと破壊させろ! あの女が絶望するように…いや、待てよ…違うな、それもそうだが、それは後回しだ…我には先に、やらねばならん事がある)


 マシューにとっては、最重要で最優先の目的があった。


(…過去と…決別せねばな、せっかくだ、向こうから来てもらおうではないか)


 マシューは、再び願った。


(奴をここに呼べ、奴を消せば、我は一つ、過去を清算できる)


 意思がはっきりした瞬間、自分の内側から凄まじい力が湧き上がってくるのを感じた。それと同時に、怪物となった鳥が咆哮を上げ、大きく羽を広げた。


 すると、真下に、人影が現れた。


 フラフラと気味の悪い足取りだが、何か損傷を受けているわけでは無いようだ。


 マシューは知っている。足元にある女は、元々そういう気持ちの悪い行動を常に取っている事を。


(…フ、フハハ! フハハハハハハハハッ! 本当に便利な能力だ! 我の望みが全て叶う!)


 女はニヤリと、耳まで裂けそうなほど口を歪ませながら、鳥を見上げて笑っていた。


(我が誰か分かっていないのが癪だな、我を認識させ、より一層絶望させたい)


 願えば、叶う。


 巨大な鳥は、マシューの内側へと姿を消し、マシューは、元の人間の姿に戻り、女の前に現れた。


「よぉ…久しぶりだなぁ…()()のアレックスゥゥ?」


「お久しぶりですねぇぇ…下賤な私の愚かな()()()()?」


 マシュー・マーガレット。


 アレックス・マーガレット。


 邪悪と狂気の、全く感動の無い兄妹の再会が果たされた。

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