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魔女伝  作者: 倉トリック
蒼い鳥編
113/136

秘めた想い

「何が、どうなってるの…これ」


 カフェの前に妙な人だかりが出来ている事に気付き、何事かと様子を見たジャンヌ達は絶句した。外まで漏れている異臭は、店内へ一歩足を踏み入れると、更に濃い臭いとなり、たまらず吐き気がこみ上げてくる。


「エルヴィラ、ドールちゃんをお願い、中の様子を見てくる」


「おお、気ぃつけろよ」


 鼻と口をハンカチで押さえながら、その凄惨な現場を目の当たりにする。


 一面に赤黒いスライムをぶちまけたようになっていた。べちゃりと靴の裏に纏わり付くソレが、溶けた人間の体の一部だったという事に気付くまで、時間はかからなかった。


 部屋の隅で壁に寄り掛かるように息絶えた死体がある。性別の判別はつかない、何故なら、顔や腹部といった、体の正面部分の八割は溶けてしまっていたからだ。ぐずぐずになった腹部からは、ねっとりと内臓らしきものがこぼれ落ち、溶けた骨らしき白い液体があちこちに付着していた。


 店内を覆う赤い液体。それは血液ではなく、人間そのものなのだ。


「酷い…なにを…どうしたら…こんな事に」


「リオの仕業だな」


 混乱するジャンヌの前に、豪華な絢爛な衣装を身に纏った男が現れた。


 ジャンヌは戸惑いながらも、一瞬で戦闘態勢に入る。


「マシュー…!」


「おいおい、我々は一時休戦中じゃなかったのか?」


「この状況、貴方の部下の仕業なの⁉︎」


「…らしいな」


「だったら! 既に約束は破棄されてる! ここにいた人達が例え全員マギアや魔女だったとしても、貴方達は手を出さないと約束したよね⁉︎」


 鞘を握りしめ、今にも斬りかかって来そうなジャンヌに見向きもせず、マシューは近くにあった箒でぶよぶよの肉体を掻き分けて行く。まるで何かを探しているようだった。


「何…してるの」


「確かにこの惨状はリオに持たせていた魔具によるものだが…アイツは臆病かつ慎重すぎる性格をしていてな、よっぽどの事が無い限り、こんな風に周囲をまとめて始末するなんて暴挙には出ない筈だ…」


 何かおかしい、そう言って、マシューは死体を掻き分けて行く。


「何が言いたいの」


「要するに、リオはここで誰かに襲われた…そしてボダンやマルティンに続いてリオとの連絡も途絶えた…となれば…ああ、やっぱりな」


 マシューはやれやれとため息を吐いて、ドロドロの死体の中から何かを引っ張り出す。


 その正体を見て、思わずジャンヌは息を呑んだ。


 それは、千切れた小さな人間の腕だった。


「そ…それは」


「まず間違いなくリオのものだろうな」


「なんで…そう言い切れるの」


「リオの魔具は全てを溶かす…ただし自分とその所有物以外な、この状況で、死体が原型をとどめているなんて、おかしい話だろう。この場で形を保っている人間の部位はリオのものだ。リオはここで誰かと戦い、やむを得ず魔具を使って始末しようとしたが、失敗。周囲の一般人だけが死に、目標は生きていて反撃に合い、四肢を…というか、体を粉々にされて死んだんだろう」


「そ…そんな」


 リオ。確か、まだ九歳の少女だった。どういう経緯で異端狩りに入ったのかは知らないが、彼女なりにいつも仲間の為に真剣だった。怯えた態度の裏に、どうにかしてこちらを負かしてやろうと言う捻くれた強さも見えていた。まだ幼い子供だったのに、必死になって戦って、その結果、こんな無惨な殺され方をして。


「なんだ、敵に同情か?」


 ジャンヌの顔を見ながら、マシューは呆れたように言う。


「そ、そりゃ…だって、あの子はまだ小さな子供だったのにのに…」


「そう思うなら、守ってやれば良かっただろう。何度かお前の元に出したはずだぞ? 何もしなかったのか?」


「それは…」


「お前、我に約束を破棄したみたいな事を言ってきたが、我に言わせればお前の方こそだ、騎士団の団長。お前、確か我々の身も守ってくれるんじゃなかったのか? しかし、結果は、異端狩りは遂に我一人になってしまった。どうしてくれる」


「…悪いけど、それはあくまでも貴方達を襲った襲撃者から守るって約束だよね? まだ犯人の特定も出来ていなかったから、貴方達の方に監視をつけようとしたけど、いつも妨害された…守らせてくれなかったのはそっちもでしょ」


「なんという言いがかりだ、酷いな、いや、人間性を疑うぞ。死んだリオも報われんな。まぁ良い、どのみち我々の関係はここまでだ、ここからは我が勝手にやらせてもらう」


「そうはいかないよ、貴方が勝手にするなら、私達は本来の仕事を全うする。貴方、自分が犯罪者なんだって忘れてない? 大人しくするなら酷い事はしない」


「舐められたものだな…我は『絶滅の異端狩り』と呼ばれていてな、その意味をその身をもって理解させてやっても良いんだが…良いのか?」


 マシューは外を指差しながら言う。そこには、多くの野次馬達が店内を覗き込んでいた。


「我が魔具を使えば、奴らも巻き込んでしまうだろうなぁ」


「…」


 単純だが、ジャンヌは確かに、動けなくなってしまった。そもそもマシューが持つ魔具の能力を知らない。だから、彼の言葉をそのまま飲み込むのは間違いかもしれないが、彼が真実を言っている可能性だって無いわけじゃ無い。


 エイメリコは、一般人を巻き込まないと言っていたのに、そんな彼の組織のボスは平気でそういう事をしそうな人間だ。ここで争うのは得策では無いかもしれない。


 しかし、だからと言って、目の前の彼を放っておくことも出来ない。どちらにせよ、ここで逃せば、マシューは何をするか分からない。


「…迷っているな、だったら、我が助け舟を出してやろう」


「…その手には乗らない、なるほど、それが貴方のやり方って事?」


 人質を取って、主導権を握る。相手に選択の余地を無くさせる。卑怯で卑劣、どこまでいっても最低で最悪だ。


「だったらここでヤろうか、我にとってはどっちにしたって変わらんからな、魔女のいない平和な世界を作る、その大義のためには、多少の犠牲も必要だろう」


「…大義? ただの自己満足でしょ。貴方の好きにはさせない、そして、誰も巻き込ませない!」


 ジャンヌがそう言った瞬間。マシューの周囲を暗闇が包む。その姿は、ジャンヌからも見えなくなってしまった。


「…これは」


「テメェに割いてる時間はねぇんだよ!」


 視界が塞がれたマシューを、その背後から現れたエルヴィラが勢い良く蹴り飛ばす。


 大勢の崩れたマシューを、ジャンヌは素早く、連続で斬り裂いた。


 いや、勿論それは本物の剣ではなく、魔法を奪う魔剣、オーバードーズだ。しかし、人体には無害でも、彼が持っていたであろう魔具には効果がある。


 案の定、マシューの懐から、何か禍々しい魔力が吸い取られた。


「魔女と手を組んでいたのか…まぁ、そんな事だろうとは思っていた。そうでもしなければ、お前のような小娘が、魔法相手に太刀打ち出来るわけないものなぁ」


「ケッ、負け惜しみなら地下牢で気の済むまで吐けや! テメェの仲間の魔物使いが聞いてくれるだろうぜ!」


 完全に無防備状態になったマシューに、トドメを刺すように、エルヴィラはその顔面に拳を叩き込み、顎に膝蹴りをぶつけてから、大量のナイフを投げつけ、豪華絢爛な服を店の壁に貼り付け、その動きを封じた。


「ここまでだね、異端狩りのマシュー」


 闇が解かれ、視界が効くようになったマシューは、取り乱す事も抵抗する事もなく、つまらなさそうにジャンヌ達を見下すような視線を向けていた。


 形はどうあれ、マシューを捕らえた事により、異端狩りは完全に解体、消滅する運びとなるだろう。


 現時点で、騎士団は、異端狩りとの戦いに勝利した。後は要注意人物のマーガレットに気を付けつつ、魔法を集めるだけ、そう、それだけだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「こんにちは」


 ジャンヌ達が不在にしていた間、実は騎士団に訪問者がいた。王からの指示で、ジャンヌを迎えに来た青年。使用人の一人、サッフィである。


「こんにちは、連絡は頂いてます。ただちょっと、今ジャンヌ様は不在でして…少しお待ちいただけますか?」


 サッフィを出迎えたウルは、そう言って、サッフィを客間へと招いた。


「ジャンヌ様は今どちらへ?」


「それが…急に飛び出して行かれたそうで…なんでも喧嘩したとか」


「喧嘩? 誰と」


「それは…」


 言いかけて、ウルは言葉に詰まる。エルヴィラやドール、ゲルダの事は、騎士団の中だけの秘密なのだ。いくら相手が王に使える者とは言え、自分の勝手な判断で喋るわけにはいかない。


 ウルが言葉に困っていると、それよりも更に困ったような、というか、不安そうな顔をしながら、サッフィは恐る恐る尋ねてくる。


「…喧嘩相手は…まさか、その…だ、男性とか…」


「…? いえ、女性同士の他愛の無い言い合いだったと聞きますが」


「そうですか、まぁ、色々あるでしょう。お忙しい身ですからね、ジャンヌ様は」


 誰と喧嘩したか、から、当然次は何者かを聞かれるかと思っていたウルは、そのあまりにも的外れな質問に拍子抜けした。なんで喧嘩相手の性別なんかを気にするのかさっぱり意味が分からなかった。


 まぁ、そんな話の流れで、それ以上の追求はなかったので、ウルは一安心して、サッフィを椅子に座らせる。


「今、お茶を入れますね」


「ああ、ありがとうございます」


 お辞儀をして、部屋から出て行くウル。丁寧な様子を見て、サッフィは正直感心した。


「子供だと聞いていたけど…しっかりしてるなぁ…」


 実は、ジャンヌに気に入られ、側近のようにしているウルの事を、サッフィはあまり快く思っていなかったのだが、その丁寧な対応を見て、少し、いや、かなり見直した。


 そもそも、ジャンヌが一目置くような相手なのだから、性格が歪んでたり、極端にズレた人間なわけが無いだろう、と思い、サッフィは自分の軽率な判断でウルを勝手に敵視していた事を、少し恥じた。


 何より、思ったより子供だったので、ジャンヌが可愛がっている理由もなんとなく分かったから、一安心、いう気持ちが強かった。


 一息ついたサッフィは、ジャンヌに伝えなければならない事を再確認する。


 王からの指示は、一週間以内に、空いた時間でいいから顔を出して欲しいという、かなり大雑把でいい加減なものだった。

 その理由も、現状報告も兼ねた会食らしい。


「…ただでさえ、大変なのに、王も勝手な人だ…」


 ジャンヌはまだ二十三歳。しかし、背負っているものは国の安全という不釣り合いなほどに大きな責任だ。その上、次々に起こる問題が、彼女を苦しめている。


 強くたくましい騎士として、彼女は逃げるわけにはいかないし、逃げるつもりもない。そんな事は分かっているが。


 それでも、きっと辛い事もあるだろう。心無い悪人からは命を狙われ、言葉も通じない化け物に襲われる。


 本当は怖くて仕方ない筈だ。


 彼女はずっと守っている、誰だろうと、命を奪うという判断は極力しないようにして、守り続けている。でも、そんな彼女の事は、誰が守ってくれるのだろう。


 戦闘だけでは無く、その心を支えてくれる存在は、いるのだろうか。


「僕が…なれたら」


 ボソリと呟いた時、バサバサと何かが羽ばたく音がした。


 驚いて音のする方を見ると、鳥籠のようなものが置いてある事に気付いた。しかし、大きな布を被せられていて、中身は見えない。


 しかし、中からは、バサバサと激しく羽ばたく音が聞こえる。


「鳥…? ジャンヌ様のペットか…?」


 勝手に見るべきでは無いか、とも思ったが、ほんの少しの好奇心をくすぐられ、サッフィはその布をこっそりと外した。


 中には、青い鳥がこちらを見てチュンチュンと鳴いていた。


 しかし、その体は泣き声の割には大きく、所々、鳥かどうか疑わしい獣の様な部位もあった。


「なんていう鳥なんだろう…? 君は、ジャンヌ様に飼われているのか?」


 サッフィが言うと、鳥はまるで答えるように羽を大きく羽ばたかせた。


「ははっ、返事してるみたいだ。可愛がられているのか、羨ましいな、ジャンヌ様は優しいだろう? 本当に、女神のような人なんだ。僕のようなただの使用人の事もちゃんと覚えていてくれて…この前なんか、食事にも誘ってもらった…」


 鳥が相手だが、サッフィはなんとなく、自分が思っている事を話してみた。すると、不思議と心が軽くなっていくのを感じた。


 なるほど、誰でもいいし、何でもいいから、声に出して話すと言うのは、精神的に良いのかもしれない。


 アニマルセラピーともいうのだろうか。とにかく、サッフィは独り言のように鳥に話し続ける。


 面白い事に、鳥もまた、返事をするように羽ばたいたり、小さく鳴いたりしてくれるので、サッフィは勝手にそれらを肯定の意味と取って、他愛のない事を話していた。


「僕は…昔から何の取り柄もなくてね…別にそれを馬鹿にされたわけじゃ無い、でも、人に認められるようなモノがないから、褒められる事も無い…肯定も否定もされない…僕は、いてもいなくても変わらない存在なんだって、ずっと思ってたんだ」


 善人でも悪人でもなく、正義感に溢れているわけでもなければ、野望があるわけでも無い。自分自身、自覚していた。


 自分は、つまらない人間なんだと。


 普通である事がどれだけ幸福か、なんて、沢山語られて来たけど、それを言うのは、決まって何か才能がある人間か、もしくは、風上にも置けないようなクズのどちらか。


 どちらでも無いサッフィにとっては、それでも、何か才能が欲しいと思って来た。しかし、その反面、普通に生きる事の素晴らしさも理解出来た彼は、自分の悩みがいかにくだらなくて、小さなものなのかも自覚していた、自覚してしまっていた。


 その結果、仕事でもなんでも、一生懸命取り組んで努力するが、別にそれは誰にでも出来る事、褒められるようなことでは無いと、自己評価がどんどん下がっていった。


 そんな彼を、肯定する者も、否定する者も、居たにはいたが、それらは全て、ただの言葉だった。適当な慰め、適当な激励、どれもこれも、サッフィを更に虚しくさせるだけだった。


「ジャンヌ様だけなんだ…僕の事を認めてくれたのは、あんな風に、心から僕に笑いかけてくれたのは、あの人だけだ…」


 同じ言葉のはずなのに、ジャンヌに言われるだけで、その価値は全然違うものになった。いや、きっと、本当は同じものなのだ。


 価値があるのは、自分の中だけ。その理由はつまり、とてもつまらないもので、でも、自分にとっては、それは一大事で、とどのつまり、サッフィは。


「…あろう事か、僕は多分、ジャンヌ様が好きなんだろうな」


 鳥は大きく羽ばたいた。話に盛り上がってくれているように。


「…でも、それに気付いたら、ますます自分が惨めに思えたよ。凡人の僕が、あんなに多才で素敵な女性と釣り合うわけがないのに、それに加えて、僕は使用人、彼女は騎士団の団長…身分の違いもあると来た…情けないよ、あの人に少しでも恋情を抱いた自分が情けない…つまらない人間だと自覚してた癖に、結局、欲しいものは人一倍贅沢だ」


 鳥は、羽ばたいた。


「…あの人と一緒になりたいとは言わない…でも、せめて、あの人に認められて、あの人を守れるぐらいの力…あの人の側にいても恥ずかしく無いような…」


 そんな力が欲しい。


 鳥は、羽ばたいた。


 嬉しそうに、大きく、羽ばたいた。

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