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魔女伝  作者: 倉トリック
蒼い鳥編
111/136

青い鳥

 先にその正体に辿り着いたのは、エルヴィラ達だった。しかしそれは、当然と言うか、必然的な事だったと思う。


 お互いがお互いの魔力を追っていたのだから、至極当然の結果。


 騎士団本部へと引き返していく道中で、彼女はいきなり二人の前に現れた。おろおろした様子は当時と全く変わっておらず、安心というか、呆れというか、微妙な気持ちになった。


「よお、久しぶりだな」


「元気にしてた?」


 二人が声をかけると、彼女は一瞬目を丸くして驚いてから、安心したのか、その場にぺたりと座り込んでしまった。


「あー、良かった…良かったぁ…ようやく辿り着けましたぁ…」


 巨大な檻を背負った小柄な少女。


『幽閉の魔女』ジョーンはそう言いながら、大きな安堵のため息を吐いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はじめまして。『幽閉の魔女』ジョーンです」


 エルヴィラとゲルダに連れられて、ジョーンは騎士団へと招かれた。そこで警戒していたジャンヌとドールに紹介し、なんとか面倒ごとになるのは回避した。


「はじめまして、騎士団団長のジャンヌです」


「『不可視の魔女』ドール…」


 ジョーンの丁寧な挨拶に対し、丁寧な対応をするジャンヌはいつも通りだが、ドールの方はまだ警戒しているようで、ずっとジャンヌの背後に隠れている。


「エルヴィラさぁん、なんか滅茶苦茶警戒されてるんですけどぉ?」


「そりゃ檻背負った変な奴がいきなり来たんだから、警戒ぐらいするだろ」


「私から何言っても空回りしそうなんですから、助けてくださいよぉ…!」


 ジョーンから懇願され、エルヴィラは渋々説明する。


「…警戒しなくてもコイツは敵じゃない、むしろ味方だ。いくつかの例外や私なんかを除いて、歴史上『最後の魔女狩り』の正規の生き残りだ」


「ジョーンちゃんだけしか生き残ってない事になってるもんね」


 エルヴィラに相槌を打つように言うゲルダを、ジョーンは不思議そうに見ているが、気にせずエルヴィラは続ける。


「お前がビビってるのは、コイツの気配がいきなり現れたり消えたりしたからだろ? それはコイツの特異魔法で、そのままそのまんま、『ワープ』っていう瞬間移動の魔法のせいだ。自分は勿論、人や物も一瞬で別の場所へ移動させられる。ただし、コイツ自身が知らない場所で使うと、飛ばされる先はランダムになっちまう」


 ジョーンは、エルヴィラが今どこにいるのか知らなかった。だから手当たり次第にワープして、探し回っていたのだ。それが正体不明の魔法が近付いて来るという不気味な現象の正体だった。


「んで、このワープって魔法は、元々コイツの師匠、つまりは『反乱の魔女』が持ってた魔法だからな。どうしたって危険な感じが染み付いてる、でもそれはコイツ自身が危険ってわけじゃないから、安心しろ」


 エルヴィラの大雑把で適当な説明とフォローを受け、ジョーンは不安そうな顔を浮かべたが、それでもドールの警戒は少し解けたようで、ようやく隠れのだけはやめてくれた。


 ただしまだ距離は取っている。同じ魔女に気味悪がられた挙句、距離まで取られて、ジョーンは少し傷付いた。


「あの、それで」


 ジャンヌはドールをなだめながら、ジョーンに尋ねる。


「ジョーンさんは何しにここへ?」


「え、エルヴィラさんから聞いてませんか?」


「…エルヴィラ、何の事?」


 ジャンヌがエルヴィラに視線を移すと、エルヴィラはしばらく考えてから「忘れてたな」とボソリと呟いた。


「コイツにも七つの魔法集めを手伝って貰ってたんだ」


「そういう重要な事は早く言ってよ!」


 ジャンヌは少し身を乗り出して言う。心のこもっていないエルヴィラの謝罪は、この際無視する。


「と、という事は、ここに来た理由は、七つの魔法関係って事ですか⁉︎」


「ああ、そうですね、それが本題ですね…ちょっと待っててくださいね、すぐ取って来ます」


 そう言って、ジョーンは再びどこかへ移動して、一瞬でまた戻ってきた。しかし、その手には、さっきまで持っていなかった小さな籠を抱えていた。布で覆われていて中身は見えないが、何かバサバサと羽ばたいているような音がする。


「エルヴィラさん、()()()()()()()()()()()()


「ほお、マジか、もしかして、今手に持ってるそれか?」


「その通りです…でも、あんまりこの子の前で変な事を言わないでくださいね…具体的には、アレが欲しいコレが欲しいとか、何か物を欲する事はしないでください」


 意味不明な忠告をしてから、ジョーンは籠から布を外す。


 籠の中身が姿を現すと、さっきまで一歩離れていたドールが、目を輝かせて籠のそばまで近寄って来た。


 そこには、小さな青い小鳥が入っていた。


「可愛いっ」


 はしゃぐドール。しかし、エルヴィラは怪訝な顔を浮かべている。


「コレが七つの魔法ってのか? 魔法の気配なんかしないが?」


「私も最初はそう思いましたよ…でもこの子は普通の鳥じゃないんです。こうみえて、実は魔獣だったりします」


「はぁ⁉︎」


 そう言われて、鳥籠の中の鳥をよく見ると、確かに、爪が異常に鋭く、鶏冠だと思っていた部分は何本も連なった角だった。チュンチュンと小さな声で鳴いているが、クチバシも鋭いし、よく見ると牙らしき物も見えた。


 つまり、確かに、魔獣だった。


「ちょ、ドールちゃん! 危ないから離れて!」


 慌ててジャンヌはドールを籠から引き離す。


「なんてもん持って来てんだこの野郎、つか、こんな小型の魔獣なんか見た事も聞いた事もねぇぞ」


「まぁ、七つの魔法で魔獣化してますからね、そりゃ普通では無いでしょう…」


「それで? どんな能力なの?」


 周りがビビるまくる中、ゲルダは冷静に小鳥、もとい、小魔獣の分析を始めていた。


「えっと…口で説明するより、実際に見てもらった方が早いんですけど」


「おいおい、突然ビームとか出すんじゃねぇだろうな」


「そんな危険な魔獣ならこんな簡単な鳥籠に入れませんて…そうですね、まぁ、少しだけなら…ジャンヌさん、何か欲しい物はありませんか?」


 突然そう言われて、ジャンヌは少々戸惑ったが、すぐに思い出したように、エルヴィラに言う。


「あ、そうだ! エルヴィラ、木刀は?」


「んなもんまだ買ってねぇわ、ジョーンの気配を感じたから急いで帰って来たんだっつーの」


「だよね…じゃあ、木刀が十本ほど欲しいかな」


 言った瞬間だった。目の前に木刀の束が現れた。


「…え」


 小鳥は相変わらずチュンチュンと鳴いている。しかし、その一瞬だけ、物凄く強い魔力を感じた。全身に鳥肌が立つほどの強力な魔力。それは確かに、今まで相手にして来た七つの魔法と似た気配だった。


「幸せの青い鳥って、知ってますよね? この子はまさにそれなんです…幸せっていうか、物欲を満たすだけなんですけどね…」


「…要するに、何か? コイツの能力っていうのは」


 エルヴィラがジョーンを見ると、彼女は頷いて答えた。


「そうです、分かりやすく言えば、この子の能力は()()()()()()()()だと思って貰えれば結構です」


 何というか、相変わらずハチャメチャな能力だと思った。いや、今までも大概だったが、もうここまでくるとなんでもアリな様な気がして来た。


 そのうち『殺したいと思えば殺せる能力』とか出てきてもなんら不思議じゃない。いや、そんな奴の相手をするのはごめんだが。


「最初に言ってた、この子の前では何かを欲しがったりしないでくださいっていうのは、こういう事か。つまりは誰かが何かを欲しがる度に、片っ端からそれを叶えちまうって事か」


 エルヴィラが言うと、ジョーンは黙って頷いた。


「こんな調子ですから、街に連れ出す事も出来なくて…チラッと聞こえた子供のおねだりにも反応しちゃいますからね、だからあまり変な事は」


「あー、なんか甘いケーキが食べたいわ」


 わざとらしく呟いたエルヴィラの前に、たっぷりの生クリームでコーティングしてある、大きなホールケーキが現れた。


「うっへー、こりゃすげぇや」


「ちょ! エルヴィラさん!」


「あ、エルヴィラだけズルイ、私コーヒーとサンドイッチが欲しい」


 当然の如くゲルダの前に熱々のコーヒーと、出来たてのサンドイッチが現れた。


「ゲルダさんまで⁉︎」


「可愛いぬいぐるみが欲しい、クマのやつ」


 ドールの目の前に、大きなクマのぬいぐるみが現れる。


「ちくしょう! この人達物欲が強過ぎる!」


 それぞれの望みを叶えて、満足げな表情を浮かべる魔女三人に、ジョーンは心の底からガッカリする。自分は何処か勘違いしていたのだと思い知った。


 この人達、別に正義の味方じゃないんだ。当たり前の様に欲望はある。いや、欲望はあって当然なのだが、こんなになんの躊躇いもなく、正体不明の魔獣の能力を使いまくって満たすのは、普通に危機感が無さ過ぎると思う。


「三人とも何やってるの!」


 そんなジョーンの気持ちを察したのか、ジャンヌが声を上げる。


「世の中そんなに都合のいい事ばかりじゃないって! ドールちゃんの時の無冠城然り、ランスロットさんの形代の案山子然り、便利で強力な能力には、なにかしら代償があるはずだよ! もしそれが、身体の一部を破壊される、とかだったらどうするの! 迂闊すぎるよ!」


「良かった…! 団長さんがまともな人で…!」


 涙ぐみながら、ジョーンがジャンヌの手を取って礼を言う。


「そりゃ確かにな、で、ジョーン、実際どうなんだ、こんだけ願い叶えさせちまったけど、なんかデメリットあんのか?」


 ケーキを頬張るエルヴィラに、ジョーンは申し訳なさそうに答える。


「いや実は…分からないんですよね」


「あん?」


 その答えに、エルヴィラだけでなく、ジャンヌも不安そうな顔をする。


「それってどういう事だよ」


「私も自分なりに調べてみたんです。色々欲しい物を言って叶えてもらったり、時には物じゃなくて、身体的な事も頼んでみました、ちょっと胸大きくなってるでしょう?」


「どうせならもっとバランス良くしてもらえや。ロリ巨乳とか実際見たら普通に引くわ」


「良いんですよその事は! まぁ、それで、周りで何か変化は無いかとか色々調べたんですけど…特に誰かに何か起きたとか、物が不自然に壊れたとか、そういうのは無かったんですよね」


 他にも、作物がダメになったとか、異常気象が起きたとか、色々調べてみたが、別段変わった事は起きていなかった。


「じゃあ、ノーリスクで願いを叶えられるって事じゃねぇか?」


「今のところはそう見えますが…私、どうも嫌な予感がするんですよね…」


 目を輝かせるエルヴィラとは逆に、ジョーンは表情を暗くする。


「何か良く無い事がその内起こりそう…そんな変な予感がするんです」


「なんだそりゃ、そんなもん、お前が勝手にビビってるだけじゃねぇのか? 都合の良い魔法だって中にはあるって、使わなきゃ損だろ」


「私もやめた方がいいと思う」


 現れた木刀の束を見つめながら、ジャンヌが言う。


「なんでだよ」


「だっておかしいよ、何か変だよ、あまりに都合が良すぎる。…もっと具体的に言えば、その鳥何か怪しいっていうか、まるで()()()()()()()()()()様な気がする」


 些細な事から大きな事まで、片っ端から。それはまるで、鳥自身がそれを望んでいるかの様に、他人の欲望に忠実だ。


「他人の為って動ける人が良い人、とは限らないでしょ? 私が言えた事じゃないけど、誰かの為っていうのを盾にして行動する人は信用出来ない。この鳥も、私達の願いを叶えている様に見えて、実はもっと違うところに違う意図があるのかもしれない」


「ビビりすぎだってよ、朝言ったこと思い出せよ。何もしなくてもこうやって七つの魔法の方から来てくれた、私達は早くも六つ目を回収しちまった事になる。世の中辛い事ばっかじゃねぇって、楽に事が進む事だってあるんだよ。前回と今回と、私達の日頃の行いが良かったんだろ」


 ケーキを食べ終わり、そんな事を言いながら呑気に欠伸するエルヴィラの様子に、ジャンヌは少し苛立ちを覚えた。


「エルヴィラ、やっぱり、いくらなんでも気を抜きすぎだよ。前のエルヴィラはもっと慎重だった。確かに回収した事になるかもしれないけど、だからって油断して良いわけじゃ無いよね? しっかりしてよ」


「お前こそ一々私に指図し過ぎなんだよ、いつの間にか私を従えてる気になってんのか? 別に私はお前の部下じゃねぇけど? 勝手に見下して偉そうにしてんなよな」


「そんな事言ってないでしょ、なんなのエルヴィラ、私はただ心配してるだけなのに」


「だから、そういう母親面みたいなのが一々うぜぇっつってんだよ」


 張り詰めた様な空気が部屋全体を包む。気まずい空気の中、ジョーンはどうして良いか分からず、ドールとゲルダに目配せするが、二人も突然の事に動揺している様だった。


「ま、まぁまぁ、喧嘩しないでくださいよ。ジャンヌさんと私の意見は一致しましたけど、エルヴィラさんの言い分も分からなくは無いですし…確かに、私も神経質になっていたかもしれませんしね」


「私は神経質になってるぐらいが、丁度良いと思います。今まで散々な目に遭ってきてるんだから、七つの魔法に平和な能力なんて無いと思う」


 ジャンヌが言うと、エルヴィラがフンッと鼻で笑う。


「だから、そこからお前はどうして欲しいんだよ。危険な能力『かもしれない』から、さっさとこの鳥処分したいってか? なんのリスクもなく願いが叶うなら、お前の大好きな人助けにも役立つんじゃねぇのか? 結局自分の意見を押し通したいだけかよ、お前はそういう馬鹿な人間とは違うと思ってたんだがな」


「こんな時だけ人助けとか、エルヴィラの方こそ都合の良い事ばっかり言わないでよ。普段そんな素振り微塵も見せない癖に…私だって、エルヴィラがここまで人の気持ちを考えない自己中だとは思わなかった。結局自分の欲を満たしたいだけじゃない」


「それの何が悪りぃんだよ? ああ? つーかなんで私ばっかり悪者扱いされなきゃいけないんだ? お前らの考えが正しいんだったら、ゲルダとドールだって同罪だろうが」


「エルヴィラが最初に突っ掛かってきたんでしょ? 威圧的高圧的な態度ばっかりとって、私がそれで怯むって思ってたんだとしたら、見下して馬鹿にしてたのはエルヴィラの方じゃない、自分の事棚に上げないでよ」


 いつもとは違う、本気で怒りをぶつけて言い合う二人。その空気に耐えきれず、ついにドールが泣き出してしまった。


「や…やめようよぉ…怖いよ二人ともぉ…ぐすっ」


「あ…」


「チッ」


 すぐにジャンヌはドールを抱き寄せて、ごめんねと謝りながらなだめる。


「…ごめん、ちょっとドールちゃんと外出てくる…その鳥は、ジョーンさんが待っててください。今の私達には、まだ扱いきれない」


 そう言って、ジャンヌはドールを連れて出て行ってしまった。


「なんだアイツいきなり」


「…いや、今のはエルヴィラが悪いよ、私が言えた事じゃないけど、一々余計な一言が多過ぎるよ。あんなの誰だって怒るって」


 そういうゲルダの目は、酷く冷めていた。


「んだよ、お前まで私を悪者扱いか」


「別に悪者にするつもりは無い、でも、あんな言い方は無いって言ってるだけ、言っとくけど私は喧嘩するつもり無いからね。エルヴィラも頭冷やしたら? 氷ならいくらでも出せるよ」


「チッ…いらねぇよ」


 そう言って、エルヴィラも席を立つ。


「どこ行くの」


「関係ねぇだろ、外だよ」


 そう言って、エルヴィラも出て行ってしまった。


 気まずい沈黙が続く。


 チュンチュンと、無邪気に小鳥が鳴いた。


「…ど、どうしよう…私のせいかなぁ…こんな事になるなんて…」


 不安そうにいうジョーンに、ゲルダが首を横に振って言う。


「いや、なんか今回は、お互いがおかしかったから、ジョーンちゃんのせいじゃないよ…でも、二人とも…なんであんなにいきなり火が付いたんだろ」


「いや、おかしいと言えば、ゲルダさん、貴女の方こそですよ。確か死んでませんでしたっけ?」


「なんか生き返った」


「左様ですか…」


 再び沈黙が続く。小鳥が無邪気に鳴く。


 最初にその変化に気付いたのはゲルダだった。


「ジョーンちゃん、その鳥さ、複数人の前に連れてきたのは今日が初めて?」


「え、ええ、そうですよ、今まで私一人でしたので、こんなに沢山人がいる場所に連れてきたのは、初めてですが…それが何か」


「まずいかもしれない」


「え、何が…」


「鳥を見れば良いよ」


 言われて、ジョーンは鳥籠を見て、思わず「あ⁉︎」と、声を出して驚いた。


 鳥の体が、さっきより一回りほど大きくなっていたのだ。


 魔獣らしい部位も含めて、どこか凶暴そうな雰囲気に変わっている。


「これは…まさか」


「願いを叶える、なんて、そんな都合の良い事あるわけないよね」


 二人は顔を見合わせて、頷いて、急いでエルヴィラとジャンヌを追った。


 誰かの幸せは誰かの不幸の元に成り立っている。


 それはつまり、幸せとは、誰かの悪意を食べて成長する、という事だ。


 幸せな形が、平和だとは限らない。


 幸せを運ぶはずの青い鳥は、バサバサと籠の中で羽ばたいた。


 それは、何かに喜んでいる様だった。

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