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魔女伝  作者: 倉トリック
番外編
109/136

秘事

 それは、ドールのほんの些細な疑問から始まった。


 ある日の事、ドールとゲルダが一緒に買い物をしている時、ジャンヌとエルヴィラの話になったのがキッカケだった。


「エルヴィラって…チンピラみたいなのに…なんでジャンヌの言う事はちゃんときくのかな…」


「そういえばそうだね。この間も、いちゃもん付けてきたガラの悪い男をエルヴィラが半殺しにしかけたけど、慌ててジャンヌちゃんが止めたら、ちゃんとすぐにやめてたもんね」


 エルヴィラといえば、ぶっきらぼうで粗暴で、おまけに無愛想というお世辞にも女の子らしいとは言えない性格だ。そんな彼女が、誰かの指示に大人しく従うというイメージはあまり無い。むしろ、指図しようものなら、物凄い罵詈雑言が飛んできそうなものだ。


 しかし、実際のところは、割と従順である。


 特に、ジャンヌに言われれば、めんどくさそうにしながらも、それに従っている。戦闘時は勿論のこと、普段の私生活でもだ。


「何か…秘密とか…あるのかな?」


「弱みを握られてるとか?」


「ジャンヌはそんな悪い人じゃないよっ!」


「だったら、他に何があると思う? お金じゃエルヴィラは動かないだろうし、お菓子はペリーヌちゃんが用意してくれてるし、あ、ちなみに私はお給料貰ってるからね」


「うー…でもでも、ジャンヌは絶対人の弱みを握って無理矢理言うこと聞かせるような、悪い人じゃないよっ!」


 ぷくっと膨れながらドールに抗議され、ゲルダはうーんと頭を捻る。信じてあげたいが、自分の貧困な発想じゃこれぐらいしか思い浮かばない。


 それに、別にエルヴィラの弱みを握ってるからと言って、ジャンヌが悪い人かと言えば、多分そうじゃないだろう。扱いにくい人を扱う為の、人の上に立つ者としての当然の手段とも言える。


(とは言え、今の先輩にそんな事言っても、納得してくれないだろうなぁ)


 はてさてどうしたものか。


「あ、そうだ、じゃあ先輩、こういうのはどう?」


 ゲルダはこっそりと耳打ちする。


「なるほど…ジャンヌが悪い人じゃないって証明できるね」


「でしょ? その上、上手くいけば、私達に対しても、エルヴィラを従順な魔女ちゃんに出来るかも」


 ゲルダ的にはそっちが本命だった。


「そうと決まれば、作戦開始!」


「おーっ!」


 二人は早足で騎士団本部へと向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ゲルダが考えた作戦はこうだ。


 まずドールの特異魔法で透明化する。そしてバレないようにエルヴィラを追跡する。ただそれだけ。作戦と呼ぶには欠陥だらけの気もするが、ドールを満足させるだけならこれぐらいで十分だろう。


 …ちなみに、同じ作戦をジャンヌに対しても実行したが、彼女の勘が良すぎたのか、僅か五分でバレてしまい「こういう悪戯は良くないよ」と、叱られてしまった。


 そんなわけで、今現在、透明化した二人は、食堂で朝食のパンを漁っているエルヴィラを発見し、その後を追っている。


(行儀悪い、またジャンヌに怒られるよ)


(早速チャンスだね、ジャンヌちゃんに怒られてくれれば、秘密が分かるかも)


 ヒソヒソと小声で話しながら、二人は一定の距離を保ちつつ後を追う。


 エルヴィラはパンを齧りながら、別の場所へと向かうようだった。歩きながら食べるのはダメだと、ジャンヌに注意されていたはずだが、どうも改める気は無いらしい。


 つまり、態度を改めるのはジャンヌの前だけ、という事か。


(やっぱりジャンヌちゃんには頭が上がらないと見た、その理由を探り当てて、私にも従順なしもべにしてやる)


(ゲルダ、趣旨変わってない?)


 ふっふっふ、と、邪悪な笑みを浮かべるゲルダを横目で見ていると、エルヴィラの方に動きがあった。


 廊下で偶然出会った団員の一人と、何か話をしているようだった。


(へぇ、他の人とも交流あるんだ)


(意外と仲良いんだよね…)


 会話の内容までは聞こえないが、別に不機嫌になる事も無く、むしろ楽しげに話している。随分と親しい仲なのだろうか、団員の方も笑っているようだった。


 ほんの一、二分の事だったが、会話が終わると、エルヴィラは再びどこかに向かい歩き出した。


「なんの話してたんだろ」


 ほんの少し興味が湧いたゲルダは、団員に駆け寄った。


「おはようございます」


「ん、ああ、『凍結の魔女』か。おはよ、どうした」


「さっきエルヴィラと話してたけど、なんの話してたの?」


「ああ、実はな、ウチには五歳になる娘がいるんだが、この間、街で迷子になったらしくて、泣いてた所を『縄張りの魔女』が助けてくれたんだ。その時に、娘をあやす為に色んな魔法を見せたらしいんだが、娘がそれを随分気に入ってしまってな、また会いたがってるって話をしたら『機会があればな』ってさ、見かけによらず良いやつなんだよな」


 ゲルダは唖然とした、あの魔女にそんな一面があったとは。泣いてる子供なんか放っておきそうなイメージなのに、ましてや泣き止ませる方法とか、絶対知らなさそうなのに。


 団員に礼を言って、再びエルヴィラの追跡を再開する。


 エルヴィラは、既に外に出ていた。まだ午前中、普段なら寝ていそうなものだが、彼女は特に用事がありそうなわけでも無く、ブラブラと街を歩いている。


(何してるんだろう)


(普通に散歩じゃない?)


 すると、エルヴィラの前に、一匹の白い子猫が近寄って来た。赤い首輪を付けており、どうやら飼い猫のようだ。


 エルヴィラは、足元にすり寄ってくる子猫をおもむろに抱き上げると、そのまま再び歩き出した。


 後を追うと、公園に辿り着いた。そこでエルヴィラは、転移魔法で取り出した猫じゃらしで、子猫と戯れていた。


 微笑ましく可愛らしい光景のはずなのだが、何故か肝心のエルヴィラは顔色一つ変えていない。まるで己の果たすべき使命だと言わんばかりの無表情だった。


(あれ遊んでるの? それとも何か特別な訓練を施してるの? あんな顔で猫じゃらし振ってる奴初めて見たんだけど)


(いいなぁ、可愛いなぁ、私も触りたいなぁ)


 十分ほど経った頃、慌てた様子の女性が現れ、エルヴィラに声をかけた。そして、何やら紙を見せて、エルヴィラに頭を下げている。


 エルヴィラは猫じゃらしを振ったまま、何度か黙って頷いて、子猫をその女性に渡して、そのまま再びどこかへ歩き出してしまった。


「なんだったんだろ」


 再び好奇心を刺激されたゲルダは、その女性に声をかける。


「この子、行方不明だったのよ、ほら」


 女性は、持っていた紙をこちらに見せて来た。そこには、迷い猫探してますと書かれ、彼女の腕の中にいる子猫の特徴と顔写真が記されていた。


「偶然とは言え、あの子が見つけてくれて助かったの、いずれお礼をしなきゃ」


 そう言って、女性は去っていった。


「あれぇ…? エルヴィラって…そんなキャラ…?」


「ちょっと見直しちゃった、無冠城に侵入して来た時とは別人みたい」


 次にエルヴィラが訪れたのは、孤児院だった。


 騎士団が援助しており、ジャンヌも定期的に顔を出す場所である。


 エルヴィラが扉をノックすると、院長らしき穏やかな雰囲気の中年の女性が現れた。そして同時に、大勢の子供達が飛び出して、エルヴィラを囲んで我先にと取り合いを初めてしまった。


 最早ゾンビの群れに襲われる犠牲者にも見える構図になっていたが、それに対してエルヴィラがキレる様子は無く、揉みくちゃにされながらも、ちゃんと遊び相手になっているようだった。


「えぇ…」


「すごい人気者だね…」


 こっそり近付いて、院長らしき女性に話を聞く。


「団長さんとエルヴィラさんには、いつもお世話になっているんですよ。特に、エルヴィラさんは、ほら、見た目はここにいる子達と変わらない女の子だし、皆も接しやすいのか、良く懐いてくれて、ウチは万年人手不足だから、あんな風に遊んでくれるだけで、すごく助かってるんですよ」


 院長に礼を言って、その場を後にした。


 もうお昼。ドールとゲルダは、近くの喫茶店に入り、サンドイッチを食べながら、状況を整理していた。


 特にゲルダは頭を抱えていた。


「…なんで、どうして…違うじゃん、こんなほのぼのした日常編になるわけないじゃん、なんの面白味があるのさ、実はエルヴィラは良い子でしたとか、クソつまんないってコレ」


「ゲルダ、本格的に趣旨変わってる上に、ゲルダのイメージが落雷の速度で落ちてるけど」


「なんでっ⁉︎」


「だって、エルヴィラが悪い奴って決め付けて、弱みを握ろうとしてるし…」


「え、いや、違う違う、別に弱みを握ろうなんて、そんなゲスい事は考えて無いよ? ってか、そういう秘密があるかもって最初に言い出したのは先輩じゃん」


「そうだけど…もうなんかどうでも良くなって来たなぁ…多分アレだよ、エルヴィラもジャンヌの事が好きなんだよ…うん、多分そうだよ、納得納得」


 既に飽きて、つまらなさそうにストローを咥えるドールだったが、ゲルダはまだ諦めきれないという顔をしていた。


 三年前の『最後の魔女狩り』。あの時のエルヴィラはこんな平和ボケしているような魔女じゃなかったはずだ。もっとこう、ギラギラして、殺意に満ち溢れて、他人なんか自分が生き残る為に利用してやるという、なんというか、勢いがある魔女だった。


 ゲルダ自身、自分が一体何に対してこんなに必死になっているのか、よく分かっていない。でも何故か、人々と平和に過ごしているエルヴィラを見ると、よく分からない不満が湧いてくる。


 ため息を吐いて、ぼんやりと眺めた窓の外に、再びエルヴィラの姿があった。


「おっしゃ、今度こそエルヴィラの化けの皮を剥がす!」


「言っちゃったね、化けの皮を剥がすって本音漏れちゃったね、本格的に目的変わってるよね」


 急いで会計を済ませると、透明化して、再びエルヴィラの後を追う。


 流石に昼となると、人通りが多くなる。ただでさえ小さいエルヴィラは、どんどん人混みに紛れて見えなくなってしまう。


 しかし、あの金髪。エルヴィラの金髪は、どれだけ人が多くてもかなり目立つ。日の光に反射して、キラリと光る髪を辿れば、すぐに追いつけるはずだ。


 人混みを潜り抜け、ドールとゲルダは、大きな噴水のある、中央広場へと出た。


 人々が散り、広いスペースでようやく息苦しさから解放された。


 しかし。


「あれ? いない…」


 ここに来て、エルヴィラを見失ってしまった。ほんの少し目を離しただけだというのに、すばしっこい魔女だ。


「ねぇゲルダ、もう帰ろうよ」


「いや、待って、絶対近くにいるはず! なんかすごく近くに魔力を感じる気が」


「探し人は見つかったか」


 ゲルダの背後から、よく知る威圧的な声が聞こえた。


「『縄張りの魔女』エルヴィラ」


「『凍結の魔女』ゲルダ…あっれー? おかしいな? 魔女同士の名乗り合いなんて、殺し合う時か、友人同士の軽い挨拶ぐらいにしか…あー、なるほど! 私とエルヴィラは友達なんだ! だからわざわざ」


 笑顔で振り返ったゲルダの顔面に、小さな拳がクリティカルヒットする。


 追跡は最初からバレていたようで、あえなく御用となった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おいドール、お前も共犯だろ、ジュース買ってこい。な?か今流行りのタピオカなんちゃらってやつが良い」


「パシられた…ジャンヌに言いつけてやる…あともうタピオカはそんな流行ってないよ」


「お前らが私をストーキングしてた事暴露すれば、怒られるのはどっちだろうな。良いからタピオカなんちゃら買って来い、流行ってねぇならなんであんなに行列できてんだよ意味分かんねぇ」


 ドールをその場から退出させ、エルヴィラはゲルダに向く。


「で、何がしたかったんだ」


「いや…タピオカ飲もうかなって」


「直接キャッサバを喉に突っ込まれたくなきゃ、正直に話せ」


「なんでエルヴィラはジャンヌにだけ従順なのかなって思いました」


 目の前にキャッサバを突き出されたゲルダは、すんなりと事の経緯を話した。


「くだらねぇな、んな事で一々付け回すんじゃねぇよ」


「じゃあ、正直に聞いたら教えてくれたの?」


「…深い理由なんかねぇよ、ただ、アイツには魔法集めを手伝ってもらってるっていう恩があるから、なるべくそれ以上の負荷をかけないようにしてるだけだ」


「…それだけ?」


「当たり前だろうが、そうじゃなきゃ、私が誰かの言いなりになんてなるわけ無いだろうが」


 確かに、とゲルダは思う。じゃあ、この妙な、焦りにも似た感情はなんなのだろう。


「じゃあ、あの人助けの数々は、なんだったの?」


「あん? 別に、アレにも大した意味はねぇよ。ただそうだな…強いて言うなら、師匠のせいなのかもな」


「師匠?」


「私の中の師匠の記憶が、人間の世話をしてやりたいって思ってるのかもしれん。周りの連中曰く、私は既に本物のエルヴィラじゃ無いらしいからな、無意識に何かしてたって不思議じゃねぇよ」


「…嫌じゃないの?」


「ああ? キモいに決まってんだろ、私にとっちゃ私は私なのに、周りがめっちゃ否定してくるんだぞ? その上行動まで似合わないとか言われたら、どうしようもねぇだろ」


 後半は完全に今日の事を咎められているようで、ゲルダは素直に謝った。謝ったのは、やっぱり罪悪感が湧いて来たのもある。エルヴィラはエルヴィラなりに色々苦労している。


 乱暴な口調だったり、粗暴だったりするのは、その反動なのかもしれない。


「お前さ、まだ何か思うところあるんだろ」


 エルヴィラはゲルダの顔を覗き込んで、言う。


「あるけど、なんなのか分からない、モヤモヤするんだよね、カイの事は、もう大丈夫なはずなんだけど…それとは別に、なんか、変」


「…あっそ、相談に乗ってやりたいところだが、生憎私はそんなに器用な奴じゃない」


 自分から聞いておいて、なんて無責任なんだ。まぁ、今日は私が全面的に悪いから、何も言わないけど。と、ゲルダは不服そうに頬を膨らませる。


「焦っても仕方ねぇぞ」


 しかし、エルヴィラは意にも介さず続けた。


「…焦る?」


 不意に言われたその言葉に、ゲルダは自分の中にある感情を再確認させられたようで、思わず暗い顔をする。


「…上手く言えんけど、お前さ、自分だけ取り残されてるような、変な焦りがあるんだろ。三年前に死んだ奴が、今になって生き返って、半ばタイムスリップした気分になって、目の前に広がってる世界は滅茶苦茶変わってて、付いていくのに精一杯…唯一の同士だと思ってた私も、当時に比べると挙動が変、頼れる弟もいない、自分だけ置いてけぼり、そんなネガティブな気持ちに支配された。だから、三年前と変わってない私の一面を見つけ出して、安心しようとした…こんなところか?」


 驚くほど、納得できた。


 私には、そういう焦りがあったのか。


 自分だけが、当時から何も変わってない、何も成長出来ていない。その事実を、受け入れたくなかったのか。


「…ごめん、ちょっとエルヴィラの事舐めてたみたいだね、最低だなぁ、私…何にも成長してない。私だけが、何にも変わってない」


「…お前、なんか勘違いしてないか?」


 エルヴィラは気怠そうに言う。


「お前、自分がどう感じてるか知らねぇけどな、私から見りゃ今のお前はまるで別人みたいだからな」


「え、どういうこと?」


「三年前のあの少しの期間しかお前の事は見てねぇけど、少なくとも私の知るお前は、弟がいない世界で、自分から魔女の仲間作れたり、辛い過去から立ち直ろうと踏ん張れたり出来る奴じゃ無いと思ってた。でも、お前はここまで一人で来たんだろうが、それがまず、何よりの変化じゃねぇか」


「…そう、かな」


「今だって、今の自分の姿に悩みまくってるだろ、悩んでるって事は、考えてるって事だ、それまでの事とこれからを想定して、考えて、変わっていこうと脳を動かしてる証拠だろうが、お前は別に取り残されてねぇし、なんなら進み続けてる。生き返ったのがついこの間なんだから、スタートが遅れてるのは仕方ねぇだろ。だから、焦っても仕方ねぇんだ」


 ったく、と、エルヴィラは不機嫌そうに近くにあったベンチに腰掛けて、大きなあくびを一つする。


「それにな、この世界自体も、そんなに大きくは変わってねぇぞ、見た目より、中身はなんも変わってねぇ、お前がそうやって進み続けてりゃ、そのうちすぐに追いつけるレベルだ…ったく、そんな事で一々私に迷惑かけんじゃねぇよ」


 ふと、ゲルダを見ると。さっきまでの思い詰めた表情から一転して、肩の荷が降りたような、スッキリとした顔でこちらを見ていた。


「そっか…そうなんだ。なんか、ありがとね、エルヴィラ…すごい心が軽くなった、エルヴィラにこんな事言われるなんて、思ってなかったな」


「おお、感謝しろよ」


「あーあ、変な事で一日使っちゃったなー、結局エルヴィラに弱みなんて無かったわけか」


「あるわけねぇだろ、特に忘れ形見に有利になるような弱みなんか、私が見せるわけ」


 そんな二人の前に、タピオカを持ったドールが駆けてきた。


 しかし、その隣に、もう一人別の影があった。


 白い髪の少年騎士。ウルも、タピオカを持っていた。


「おまたせ、そこでウルに会ったんだー」


「奇遇ですね、こんな所で魔女が三人も集まって…サバトでも開くつもりだったんですか?」


 ウルが言うと、ゲルダが苦笑いを浮かべながら事の顛末を話す。


 すると、ウルは思い出したようにエルヴィラに向いて言った。


「弱みって…魔女さん、貴女ジャンヌ様の大事にしてた木彫りの人形壊してたでしょう。確か、今日全く新しいのを買ってバレないようにするって、目撃者の僕に言ってましたよね。出来なければジャンヌ様に報告するって、僕言いましたよね、一日だけ猶予を与えたはずですけど、目的の物はあったんですか?」


「ああ? …ああっ⁉︎」


 エルヴィラの顔が青ざめていく。


「エルヴィラ?」


「忘れてたんですね、じゃあ約束通り、あの事は報告させて貰いますから。あれ、ジャンヌ様が子供の頃からお世話になった方からの贈り物だったらしいですから、きっとすごく怒られますよ。壊した事よりも、隠蔽しようとした事で」


「まておい白髪! もう一日待て! 明日には絶対だ!」


 とても猶予を与えて欲しいという態度では無かった。怒声を浴びせられたウルだったが、全く怯む事なく、まるでチベットスナギツネのような冷めた目でエルヴィラを見つめていた。


 そして、何故かゲルダとドールも青ざめた顔になり、ゆっくりとエルヴィラから離れていく。


「あん、なんだよお前ら、ふざけてないで、お前らもぶっ壊した人形と同じやつ探すの手伝ってくれよ」


「誰の何を壊したって?」


 聞き覚えのある、優しい声が、エルヴィラの背後から聞こえた。


 声色は優しかったが、彼女の額には、怒りマークが浮かんでいた。


「…忘れ形見、私とお前は一蓮托生、一心同体、運命共同体だと、思っている」


「うん、だから?」


「お前とは、もうずいぶん親しい仲になったよな? 私もお前には、他の人間とは違う特別な感情を持ってるぞ」


「うん、だから?」


「私はお前の事を他の誰よりも信頼して、信じている、だからな」


「だから?」


 エルヴィラは、今まだ見せた事もないような、とびきりの笑顔を見せて言った。


「だから些細な事は水に流して、許してくれると信じてる」


「信じてる…か…あはは!」


「は、ははは!」


「あはははははっ!」


「はははははははっ!」


「「あははははははははははははははははっ!」」





「ダメだよ」






 その日は、エルヴィラはジャンヌの個室から出て来る事は無かった。


 その次の日の朝には、騎士団の施設内をせっせと掃除するエルヴィラが各所で目撃された。


 目撃者の証言によると、エルヴィラはこの世の終わりみたいな顔をしながら掃除していたようで、逆に、ジャンヌは清々しい笑顔を浮かべながら彼女を見張っていたようだ。


 あの日、ジャンヌの個室に連れ込まれたエルヴィラが何をされたのかは、誰も知らない。


 でもそれ以来、騎士団内で、隠し事は禁止という暗黙のルールが出来た。


 エルヴィラは、今でもたまに、施設内の掃除を朝早くから行なっている。

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