平和的終幕
「なんだったんだろうな、今回」
エルヴィラは壊れたゼンマイ人形を見つめながら呟く。
「まぁ…何事も無く済んで良かったよ…いや、正確には、何事かはあったみたいだけど」
ジャンヌ達が到着してすぐに、目的の魔法は見つかった。
わざわざペリーヌにもらった魔法の探知地図を使うまでも無く、エルヴィラとゲルダがその気配を感じて、急いでその方向へ走ったのだ。
その先で広がっていた光景は、なんとも凄まじいものだった。
血塗れで異端狩りの男が倒れており、その側では、見た事もない化け物がぐちゃぐちゃになって死んでいたのだから。
化け物の方は恐らく魔獣だったのだろう。真相は不明だが、とりあえず、七つの魔法を魔獣が守っていて、回収しにきた異端狩りと交戦し、そして相討ちになったというパターンだと推測した。
そのまま、ゼンマイ人形をオーバードーズで突き、魔法を回収。ついでに大量に散乱していた魔具も回収し、その過程を王に報告、そして今に至る。
「そうなると、異端狩りの連中、約束を反故しやがったって事だよな。私達はまだ回収に向かってる途中だったんだからな」
「確かにね…でも、そういう意味で言うなら、彼らのメンバーを守るって言う約束も、私達は守れなかったわけだけど」
ジャンヌが言うと、エルヴィラは呆れた表情を浮かべる。
「お前、お人好しを通り越してバカだぞ。そもそも私達と会ってもいないのに守れるわけねぇだろうが。先に約束を破ったのはあっちなんだから、私達に非はねぇよ」
何にせよ、と、エルヴィラはジャンヌの膝の上に座り、帰り道で偶然出会ったペリーヌに貰ったビスケットを齧りながら続ける。
「これで五つ目だ、残る魔法はあと二つ…楽勝だな」
「もう…油断しちゃダメだよ…それよりさ…エルヴィラ、最近…というか、帰ってから、ウルの様子が変じゃない?」
「ああ? んなもん注意深く見てるわけねぇだろ、アイツとは気が合わないんだよ…まぁ最近は私を見ても悪態つかなくなって、ちょっとは年上を敬う気持ちが出てきたみたいだけどな」
「つまり、様子が変なんだよね」
なんというか、少し落ち込んでいるような。
「本人に直接聞けばいいじゃねぇか、お前に隠し事する様な奴じゃねぇだろ」
「ん、いや、ウルには物凄く沢山の隠し事あるみたいだよ? 私が聞いてないだけで」
「指導者としてそれどうなん」
「エルヴィラにだって隠し事あるんじゃないの?」
「隠したい内容すら覚えてねぇから分からん」
呑気なエルヴィラに、今度はジャンヌが呆れていると、扉がノックされ、ウルが入ってきた。
「失礼します」
「あ、ウル、どうしたの?」
「今回の報告書です。南支部から送られてきた分も一緒に」
そう言って、ウルは両手に持った資料をテーブルの上に置く。
「ありがとう、目を通しておくよ」
「はい、それではこれで」
「おい、待てよ」
軽くお辞儀をして、そそくさと出て行こうとするウルを、エルヴィラが気怠そうに呼び止める。
「今お前の話してたんだよ、ちょっと座れ」
「もうちょっとマシな物言いは出来ないんですか、貴女は…それより、僕の話ですか? 何かやらかしてしまったでしょうか」
不安そうに見つめられ、ジャンヌは慌てて否定する。
「違うよ! ただ、最近元気無いなーって思って」
「え、そうですか?」
どうやら、自覚は無かったようだ。
「うん、何か落ち込んでるというか、思いつめてるみたいで…あの工場みたいな所で、何かあった?」
「…いえ…何も、無かったんです…何かあると思ったんですけれど」
ウルは、少し俯いて言う。
「…実は、僕はあそこで暮らしていたんです。魔女のマリと、もう一人、男の人と」
「家族…かな?」
ジャンヌが言うと、ウルは力無く首を横に振る。
「そんな良いものじゃありませんでした…魔獣化したマリと戦闘の訓練をさせられて…本当に、何度も死にかけましたし…でもそれは、ほんの短い間だったと思います、僕は、いつからあそこにいたのか、覚えてないんです」
「昔の記憶が、無いの?」
「いえ、子供の頃の記憶は確かにあります…でもそれが本当の記憶なのかと言われれば、完全に肯定できない、そのぐらいの曖昧さと言いますか…僕は、僕自身の正体を知らないんです」
だから、と、ウルはボロボロのゼンマイ人形を指でなぞりながら続ける。
「あそこにいけば、何か分かると思ったんです。確か、一緒に暮らしていた男の人は、日記のようなものをつけていたはずですから…でも」
「何も見つからなかったと、まぁ、あの瓦礫の山から紙束見つけるのは至難の技だろうな」
ウルは表情を暗くして言う。
「僕は…ジャンヌ様に感謝しています。突然一人になって、あてもなく彷徨っていた僕を拾って、騎士にしてもらえて…本当に感謝しています…でも、こんな正体不明の僕が、ずっとジャンヌ様の側にいて大丈夫なのかって、不安になるんです…ジャンヌ様だけじゃない、他の騎士の方にだって、不安を与えてるんじゃ無いかって…」
自分の正体が分からない、その事に誰よりも傷付いていたのは、他ならぬ、ウル本人だったのだ。
「本当は、僕は人間じゃないかもしれない…だって、あんなイカれた魔女に育てられてたんですから…いつかみんなを危険な目に合わせてしまうかもしれない…だったらいっそ離れるべきなのかって」
「その答えが知りたかったんだ、でも、何も見つからなかった」
「結局、僕は謎のまま…自分でもこの気持ち悪さをどう消化すれば良いか分からないんです」
そっか、と、ジャンヌは頷いた。そして、おいで、とウルに手招きする。
言われるがままにウルはジャンヌに近寄った。
「ちょっと降りて」
ジャンヌは膝からエルヴィラを降ろすと、ぎゅっとウルを抱きしめた。
「ずーっと怖かったんだね。自分の正体が分からない恐怖なんて、私じゃ想像もできないや…それを、ずっと一人で頑張って耐えてきたんだね…嫌われるかもしれないって、気付いてあげられなくてごめんね」
子供を諭すように、ジャンヌはウルの頭を撫でながら言う。
今にして思えば、彼の人を突っぱねるような態度は、素性の分からない自分に、迂闊に近寄らせないようにしていたのだろう。
わざと嫌われなければならない、そんなの、悲し過ぎる。
「大丈夫だよ」
ニコリと笑って、ジャンヌは言う。
「ウルが何者でも、私はウルを嫌ったりしない。絶対だよ。例えマリっていう魔女に何かされてて、実は人の形をした兵器だって言われても、私はウルを嫌いになったりしない。だって、ウルは何度も私を助けてくれてるもの、人の命を助ける事に、あんなに一生懸命になれるウルが、悪い子なわけ無いし、そんな貴方を嫌う理由なんて、どこにも無いでしょ?」
もしも貴方を嫌う人がいたら、私が許さない、と、ジャンヌは胸を張っていう。
「コイツが正体不明ってだけで、身内を嫌わねぇ事ぐらい、私より付き合い長いお前の方がよく知ってるだろ」
エルヴィラが言うと、ジャンヌは更に力強く頷いた。
「そうだよ、私は仲間を信じてる…だから、ウルも信じて欲しいな、私達は、絶対貴方を見捨てたりしないって」
「あの…僕…」
ジャンヌの抱擁が解かれたウルは、しどろもどろ、言葉を選ぶように口をパクパクと動かしてから、静かに頭を下げた。
「ありがとう…ございます」
「コミュ症かお前」
「うるさいですね、貴女への感謝が薄れていきますよ」
「ケッ、ウゼェ悪態つけるなら、もういいだろ。お前の正体が何であれ、コイツらがお前を嫌う事はない…それでも自分が何者かって身分が知りてぇなら、私が教えてやるよ」
エルヴィラはウルを指差して、得意げに言った。
「お前は、騎士団の、ウル・アルテミスだ。過去がねぇなら、今はそれ以上でもそれ以下でもねぇよ、それでも何か文句があるなら、忘れ形見に言う事だな」
ウルは、しばらく自分の剣と鎧を見つめて、それからジャンヌに向く。
ジャンヌは笑顔のまま、黙って頷いた。
「騎士団の…ウル・アルテミス…」
口を動かして声に出し、何度もその意味を反芻する。
そして、キリッと姿勢を正してエルヴィラに言う。
「この身に余る幸福この上ない身分です。それに文句があるとか、失礼極まりない発言はやめていただきたいですねエルヴィラさん。不敬罪で斬り刻みますよ」
「忘れ形見、コイツがなんであれ、いつか私はコイツを殺してしまうかもしれないけど、そん時は許せ」
「殺せますかね。僕貴女の魔法何度も見てますし、間合いは掴んでますけど?」
「面白えじゃねぇか、テメェ如きに掴み切れるほど特異魔法は甘くねぇって事を教えてやるよ、ああ、理解する頃には死んでるから、どっちにしろ無理か」
「あんまり自信過剰な発言ばかりしない方がいいですよ。負けた時のみっともなさが増し増しになっていくので」
「もう! 折角良い感じだったんだから、喧嘩しない!」
ジャンヌに制され、やっと二人は大人しくなる。
もうっ、と、怒りながらも、ジャンヌは久しぶりに、日常を感じる事が出来た。
残る魔法はあと二つ。
エルヴィラは、楽勝だと言っていたが、油断してはならない。
でも、みんなとなら、本当になんとかなる気がしてきた。
とにもかくにも、謎はのこりつつも。
七つの魔法。
五つ、回収完了。




