日記
扉の先は、やはり廊下になっていた。二人はがむしゃらに走り、すぐに別室へと飛び込んだ。
扉の先は、再び書斎だった。
「ここが基本的なスタート地点なのかな」
「いや、普通にランダムなんじゃないですか? 偶然また書斎スタートになったというだけで…さて、ぐずぐずしてる暇は無いですし、何か正解への手がかりなどは無いでしょうか」
いつまたゴーレムが襲ってくるか分からない、更にジャンヌ一行がここに来るのも時間の問題という状況だ。無駄に出来る時間は一秒だって無い。
「例えば本棚の本を入れ替えたら正解の扉が出てくるとか」
そう言ってジュリアは辺りの本を取り出しては並べ替えてみる。しかし、これといって反応は無い。
「本自体に何か仕掛けがある、と言うわけでは無さそうですね、やはり純粋に、この不自然に大量に設置されている扉のどれかが本物なのでしょう」
ややこしい仕掛けが無いだけマシ、と思いたいが、この後何部屋突破しないといけないのか分からない上に、一度でも失敗すればまた振り出しに戻され、更にゴーレムが召喚されるというペナルティ付き。虱潰しに探すという方法が使えないと言うことは、一発で正解の扉を当て続けなければならないと言う事である。
更に言えば、ゴーレム自体もこちらを探し回っているので、間違えなくても鉢合わせする可能性もあるわけだ。彼は魔力を探知してこちらを追ってくるので、必然、魔法は使えない。
「クソゲー?」
「紛うことなきクソゲーです」
二人は同時にため息を吐く。今回は流石にジュリアも疲れたような表情を浮かべていた。
目の前にある無数の扉、この中からたった一つ正解を見つけなくてはならない。
「何かヒントは無いの」
「あるはずなんですけどね…ここに住んでいるという事は、本人だってこの仕掛けを突破しないといけないはずですから」
「自分まで引っかかるような仕掛けにするかな?」
「仕掛けた本人じゃなくても、仲間が使うかもしれないじゃ無いですか、忘れた時用に、何か残しているかも…」
ペリーヌはズラリと並ぶ本を指でなぞりながら、何か手がかりは無いかと探し始める。
ジュリアはいくつかの本を取り出し、ページを適当にめくっては何もない事を確認してから本棚に戻していく。
こんなにのんびりしている場合では無いが、しかしやり方がこれぐらいしか思い付かないのだ。
「おや?」
しかし意外にも、それらしいものはすぐに見つかった。
「ジュリアさん、これを」
ペリーヌは、綺麗に整理された本の中で、たった一冊、横向きになって、本棚の隅に無理矢理押し込められたようにぐしゃぐしゃになった本を見つけた。
「んー? えー…なにこれ…でぃ…だいあ、だいり…diary? 誰かの日記帳? 名前は書いてないみたいだね」
「他にそれらしいものはありませんし、読んでみましょうか」
本当は他人の日記を勝手に読むなんてデリカシーの欠けた非常識な行為だが、この際そうも言ってられない。ペリーヌはサッサと埃を払ってページをめくる。
すると、見開きに早速手がかりらしい謎のメモ書きを見つけた。
基礎は二十四。
本は朝には読まない。
右に七。左にニ。
「はぁ?」
ジュリアの間抜けな声が響く。
しかし、そう言いたくなる気持ちも分かる。これだけではさっぱり何の事か分からない。
「…なんとなくですけど、数字は多分、扉の上に付けられているものじゃないですか?」
ペリーヌの言う通り、あちこちにある扉の上には、それぞれ一から二十四までの数字が書かれていた。
「…じゃあ、七番か二番がこの部屋の正解扉って事か!」
「…だったら左右に分ける必要無いでしょう、多分違いますよ…基礎が二十四、というのも気になりますね…何の話なんでしょう」
「んー、悩んでても仕方ない、他に何か書いてないか見てみようよ」
そう言ってジュリアはページをめくる。
しばらく空白が続いたが、突然文字が書かれたページが現れた。
「うお、なにこれ」
一月七日。
今日、私は魔女に同情した。
私は元より魔女を嫌ったりなどしていない。彼女達の力は、確かに脅威にもなるが、上手に使えば人々を更に幸せに出来る、文字通り奇跡を起こす素晴らしい力だ。
しかし、人は未知を恐れる。彼女達の力の源がなんなのか、知ろうともせずに、無知な人間どもは恐怖心だけで脅威と決めつけ、差別し、淘汰し、排除しようとしている。
その行為こそが、魔女達の心を傷つけ、歪め、そして本当の脅威にしている事も分からないのか。
今日私は、一人の魔女を保護した。まだ幼い、五、六歳ほどの少女の姿をしている。酷く疲れきった、まるで死人のような目をした魔女は、私を見るなり両手に付けた巨大な鉤爪で私を殺そうとした。
仕方ない事だと私は思った、我々人間は、無条件に殺されても仕方ない、愚かな存在だからだ。
だから、私は抵抗しなかった。
しかし、そんな私を不思議そうに見て、彼女は攻撃をやめた。そして、舌足らずだが、ゆっくりと、たすけてほしいと私に言った。
私は、神が私に与えた使命だと思った。
私はこの子を救い、いつか必ず魔女が胸を張って生きていける世界を作ると決めた。
今日はその初日だ、これからこの子と共に未来を作っていく。その日々を、日記として綴っていこう。
「…え、終わり?」
その先のページにはなにも書かれていない、というか、ページそのものが存在していなかった。
千切られたような痕がある事から、意図的に切り離されたのだろう。この先のページはどこか別の場所にあるか、もしくはもう存在しないのか分からないが、それよりも、結局この部屋の謎解きのヒントは見つからなかった。
「なんだよもおー! マジでただの日記じゃん! そんな事してる場合じゃないんだってば!」
「私は個人的に気になる箇所がいくつかあったんですが…確かに今はそれどころじゃ無いですね」
「だー、もう、萎えるわー、もっと狂気じみた日記の方がまだ面白かったのに」
そう言ってジュリアは日記を掴んでぶらぶらと揺らす。
なんとなく、その様子を見ていたペリーヌは、ある事に気が付いた。
「…ん、ジュリアさん、ちょっと貸してください」
貸してくださいと言いながら、ペリーヌはジュリアから日記を強奪し、その裏面を見る。
そこにはうっすらと何か書いてあった。
「どしたのペリーヌ…そういえば、裏面は見てなかったね、もしかしてがっつりヒントが⁉︎」
「ええ、書いてありました」
「おお! 見せて見せて!」
そこには薄い字で
時間はある。
と書かれていた。
ジュリアは激怒した。必ずこの迷路を作り、日記の裏面でわざわざ煽ってきた主を除かねばと決意した。
「時間無いって言ってんのに、ヒントに見せかけて煽ってくるとかマジで許さん、ぶっ殺してやる」
「メロスですか貴女は、違いますよ、煽ってるわけ無いでしょう、これはヒントです、しかもほとんど答えを言ってくれてるようなものですね」
怒りで血管を額に浮かべるジュリアとは裏腹に、ペリーヌは満足そうにニコニコと笑いながら扉を指差す。
「行きますよ」
「行くって…まさか正解の扉が分かったのかい⁉︎」
「ええ、多分これです」
ペリーヌはジュリアの手を引き、十七と数字が書かれた扉を開けた。
ハズレならその先は廊下になっているはず。
扉の先に広がっていた空間は、廊下では無かった。
暖炉があり、その前に低いテーブルが設置され、ロッキングチェアがゆらゆらと揺れている、随分とオシャレな空間になっていた。
「おお…これはまた…なんというか、いいセンスだね」
「ロッキングチェアとか、実物初めて見ましたよ」
二人は一瞬、その雰囲気に癒されかけたが、すぐに奇妙な感覚を覚え、辺りに気を張り巡らせた。
暖炉には薪が焚べられ、ゆらゆらと火が揺れている。
自然に火が付くわけがない、誰かがここに居たという事だ。
「なんか気配する?」
「いえ…もう誰も居ないようですね…ん、それよりジュリアさん、もう一つ気になりませんか? この部屋の違和感」
「…んー…別に…あ、いや、あれ? どういうこったい」
ジュリアは部屋をあちこち見ながら首を傾げた。
「この部屋、他に扉が無いじゃないか」
「私達が入ってきた扉以外に無いですね、どころか、数字が書かれたものさえありませんよ」
「おいおーい! 謎解きは統一してくれよー!」
ジュリアはがっくりと肩を落とす。
自分達が入ってきた扉には十七という数字があるが、本当にそれ以外には見当たらない。
流石のペリーヌも首を傾げた。
「というかペリーヌ、さっきのやつさ、結局どういう意味なの?」
「…え、ああ、要するに時計ですよ。時間はあるって書いてあったでしょう?」
「時計?」
「ええ、一日って、二十四時間じゃないですか、基礎は二十四って、多分その事だと思うんですよね。だから普通に時計を思い浮かべて、右に七回、左にニ回針を回せば、五時になりますよね? で、本は朝には読まないって書いてあったじゃないですか、朝じゃない、つまり午前じゃなくて午後、午後の五時といえば、十七時、だから、十七番の扉なのかなって思いました」
「おっけ、ギブ」
ジュリアはロッキングチェアに座って揺れながら言った。
「さて、私は引き続き頭を使いますか…と、その前に、ジュリアさん、これを」
ペリーヌは、テーブルの上にある一枚の紙切れを見つけ、それをジュリアに見せた。
それは、先ほどの日記の続きだった。
「何かヒントがあるかもしれませんよ」
「さっきの流れでそれは無いわ」
念の為と、二人は日記に目を通す。
一月十日。
少し日が開いてしまった。日記は毎日つけるつもりだったが、仕事が忙しくてうっかり忘れてしまう。これからは、可能な限り書く事にしよう。
さて、保護した魔女には名前が無かった、だから私は彼女に『マリ』という名前をつけた。頭の良い子で、『マリ』が、すぐに自分の名前なのだと理解したようだ。
マリはとても好奇心旺盛な子で、私の仕事にも非常に強い興味を示す。私にくっついてこちらを見つめる姿は実に可愛らしいが、私は危険が付き物な機械仕事をしている。マリがうっかり触って怪我でもしたら大変だ。マリの小さな腕ぐらいなら簡単に落としてしまうような危ない機械がいくつもあるのだから。
私は仕事中はあまりこちらに来ないようにマリに言った。しかし、一人で退屈だというので、私はゼンマイで動く小さなおもちゃを作ってやった。こう見えて私は手先が器用で、この程度なら朝飯前だ。
マリは最初こそ不思議そうに見ていたが、試しに私がゼンマイを巻いて動かしてやると、大喜びしてくれた。しかしはしゃぎ過ぎたせいで、オモチャはその日のうちに壊れてしまったようだが…。
今度はもっと音の鳴るような、ちゃんとしたおもちゃを買ってやろう。
「いいおとうさんだなー、だからこっちにもヒントちょうだい」
「思考力落ちてますよ、というかこれ、書いてある事が本当なら、これを書いた人は、あの『皮剥の魔女』の育て親という事になりますよね…」
普通にびっくりなんですけど、と、ペリーヌは目を丸くする。
「そりゃ確かに衝撃の事実だけどさー、謎解きの手がかりが無いんじゃ意味ないじゃん!」
ロッキングチェアをブランコの如く揺らしながら、ジュリアは不平不満を漏らす。
迷路や双六のような遊びみたいだと言った時は子供並みにはしゃいでいた癖に、仕掛けにぶつかった途端もう飽きたようだ。
「子供ですねぇ…そんなジュリアさんに朗報です、手がかりありますよ、テーブル見てください」
「おほーっ! そうこなくては!」
日記の切れ端が置かれていたテーブルに、それは彫られていた。部屋自体が薄暗いので見えにくかったが、先ほど同じ、恐らくは時計関係の事が書かれていた。
無いものを作るのが私の仕事だ。
仕事は日が沈むまでに終わらせたい。
ゼンマイ人形は壊れる寸前で止めなければ。
「ゼンマイ人形は壊れる寸前…? さっきの日記に出てきた、マリさんにあげたゼンマイ人形の事でしょうか?」
しかし、日記の中に、壊れたおもちゃという単語は出てきたものの、具体的な数字など出てきた覚えはない。
それとも自分達が知らないだけで、ゼンマイの限界値というものがあるのだろうか。
それに、無いものを作る、という点も気になるが、これはおおよその判断はつく。
この部屋に無いもの、そしていま自分達が一番必要なもの。
「部屋につける番号、ということはもしや」
ペリーヌは扉の十七という数字に触れようとする、が、残念ながら身長が足りず、あと一歩というところで届かない。
「何か足場になりそうなもの…」
ふと、ペリーヌの視線がジュリアに止まる。
「なんだい?」
「いえ、足場が欲しいんです」
「ロッキングチェアを? やめときなよー、グラグラして危ないよ」
「あ、いえいえ、ロッキングチェアでは無くてですね、ジュリアさん、ちょっと、こっちにきてしゃがんでもらえます?」
「お、マジで言ってんの?」
「はりーあっぷ」
靴を脱いで、ジュリアを足場にし、ペリーヌは数字を改めて観察する。
よく見ると、一つ一つが細かいブロックのようになっており、組み替えられるようになっていた。
「無いものは作る…こういう事ですか…」
となれば、やはり正解の数字を導き出すしか無い。
「とはいえ…ゼンマイ…壊れる数字…うーん、これは困りましたね、ゼンマイ式のおもちゃなんて持った事ないですし…ゼンマイを壊れるまで回した事なんて無いですし」
日記の切れ端を改めて読んでも、それらしい数字は書いてない。縦読みや斜め読みなども試してみたが、特に意味は無かった。
「…もしかして、私考える方向がズレてるんでしょうか?」
ゼンマイ人形は壊れる寸前で止めなければならない。
この一文で、自分は何か惑わされているんだろうか。
「んん…いや、あ、なるほど、そっかそっか、私引っ掛けられてたんですね」
ペリーヌは再び日記を読み直し、はっきりと書かれた数字を発見した。
「その寸前という事は…」
数字のブロックを全て取り外し、並べ替えて再びはめ込む。
怪しい魔力は流れない、ゴーレムに居場所を知らされていないという事は。
「やった、正解ですね」
ペリーヌは小さくガッツポーズしてから、やっとジュリアの上から降りた。
「いてて…おめっと…んで、何が正解だったわけ?」
「正解の数字は九ですよ」
「ふぅん? なんで?」
ペリーヌは日記の切れ端を見せながら説明する。
「ゼンマイ人形は壊れる寸前で止める…私はてっきり、ゼンマイを回し過ぎて壊れる寸前、と勘違いしたんですよね。でも、どこにも回し過ぎ、なんて書いてない、重要なのは、人形が壊れる、という部分だったわけです」
ペリーヌは文章の一部を指でなぞりながら続ける。
「日記の内容によれば、マリさんははしゃぎ過ぎて人形を貰ったその日のうちに壊してしまったそうです、人形を壊したその日、つまり日記をつけた日」
日付けは一月十日になっていた。
「なるほど、壊した日の寸前、つまり前日、十日の前日は九日だね?」
「そういう事です」
ペリーヌは珍しく嬉しそうに頷いた。
「なーるほど、頭いいね」
「それほどでも、さぁ、行きましょうか」
「おっけ、いこいこ」
ジュリアが背伸びをしてからドアノブに手をかける。
その時、暖炉の火がフッと消え、辺りを暗闇が包んだ。
「びっくりした、まるでボク達が出て行くのがわかったかのようなタイミングだね」
「…火が…消えた…火…」
ゾワゾワと、ペリーヌの思考に何か気持ちの悪いものがまとわりつく。
違う、何か違う、何か見落としている。
しかし、ジュリアにその思考が伝わるような都合の良い展開は起こらない。
彼女はなんの躊躇いも無く、ドアを開けた。
それと同時に、ペリーヌは自分のミスに気付いてしまう。
「ジュリアさん! ダメです!」
しかし、もう遅かった。
扉を開けた途端、現れたのは振り上げた拳だった。
それは容赦無くジュリアの顔面に振り下ろされ、彼女の頭部は叩きつけた水風船のように破裂してしまった。
『魔女ヲ発見、駆逐シマス』
問題文は、三つに分けられていた。
ペリーヌがクリアしたのは、最初と最後の二つだけ。
間にあった、日が沈むまでに終わらせたい、という部分を、完全に見落としていたのだ。
日が沈むまで、というのは、つまり、火が沈むまでに。
暖炉の火が、消えるまでに。
午前や午後という意味では無く、この問題には、制限時間があったのだ。
扉の数字の組み替えや、数字そのもの謎が解けても、それが定められた制限時間内で無ければアウトである。
無情にも扉の先は廊下に変化し、そして、この狭い室内に、ゴーレムは頭の潰れたジュリアを投げ捨てながら、次の標的を無感情な目で見つめていた。




