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魔女伝  作者: 倉トリック
第1章 魔女狩り
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誠実の魔女

 腰まで伸びた美しい黄金の髪を揺らしながら、アリスは困った顔を浮かべてトボトボとこの反転世界を彷徨っていた。


(まさに不思議の国のアリスね…あの子どこに行ったのかしら?)


 弟子であり相棒でもある『堅実の魔女』ペトロと共にこの『最後の魔女狩り』に参加し、あの王宮に集まったのだが、奇襲の際にはぐれてしまったのだ。


(あの子の事だし上手く隠れているとは思うけれど…それでもやっぱり心配だわ)


 出来れば彼女と早く再開したい、普段なら真っ先にペトロの捜索を優先するだろう。

 しかし今は状況が変わった、というか世界そのものが変わってしまった。


 この状況を作り出したのは十中八九『鏡の魔女』ジュリアだとアリスは確信していた。


 何故なら、集められた中で数少ないジュリアと接点がある魔女の一人だったからだ。

 この世界とジュリアそのものの危険さをよく知っている。だからこそ、一刻も早く自分と同じ『防衛の魔女』と合流したいのだ。


(この世界に『反乱の魔女』が全員いるとは思えない…必ず直接戦闘が担当の魔女がいるはず)


 恐らく、分断して一人になったところを狙おうという作戦なんだろう。そして万が一にも戦闘を避けこの世界から抜け出した魔女を仕留めるために、外の世界には待ち伏せがいるはず。


 なんだか事が『反乱の魔女』に有利に働き過ぎている気がする。


(私達は既に敵の術中の中、あまり好ましく無いけど殺し合いは避けられない…だとすれば何よりも率先すべきなのはチームを作る事…よね)


 その為にはいち早く誰かと合流しなければならない。なにより自分の特異魔法はチームを組んでこそ真の力を発揮する。


 アリスは現在参加している自分を除いた十一人を指折り数える。


(ん、いや正しくは九人ね…最初に運悪く八つ当たりのように殺された彼女…それから『凍結の魔女』の弟は数に入れない方がいいかしら)


 改めて、参加している魔女九人をまとめる。


 とりあえず自分の弟子である『堅実の魔女』ペトロ、それから少しだけ面識のある『皮剥の魔女』マリ・ド・サンスと『餓狼の魔女』シェイネ。後は面識はないが誰もが知っているであろう有名人の『鎧の魔女』ジャンヌ。


(うーん…私の顔見知りの中でチームを組むとしたらやっぱりペトロが一番よね…マリちゃんはそういうの一番苦手そうだし)


 後の五人は今日が初対面だ。


『残虐の魔女』フランチェスコ。

『幽閉の魔女』ジョーン。

『凍結の魔女』ゲルダ。

『偽りの魔女』クエット。

『縄張りの魔女』エルヴィラ。


 アリスは顔と名前を頭の中で照らし合わせなから一人一人確認していく。

 しかし確認したところで、正直全員パッとしない。もちろん彼女達の能力は未知数ではあるのだが、それでも長年共に過ごしてきた弟子や交流のあった魔女達の方が安心して信頼できる気がする。


「って…これは失礼よね…でも最初に合流出来たのがもしこの中の五人だったとしたら」


 というかその確率の方が人数的に高い。ましてこの中にあのカイという男がいるんだから、知り合いと、ましてやペトロと合流出来る可能性はかなり低くなる。

 顔見知りの魔法は大体把握している、ばったり合流出来てもなんとかなるはずだ。

 つまり、今はこの状況において最も重要な事は、初対面の五人と組んだ時の事を軸に考える事である。


(第一印象だけで言えばフランチェスコかクエットかな…特にクエットの落ち着き方は完全に余裕からくるソレだっただろうし…)


 しかしあくまでそれは第一印象の話、中身の伴ってない上っ面だけの事だ。期待して、もしハズレだった場合、自分の特異魔法は不発に終わる。


 最悪殺してしまうかもしれない。


(だったらゲルダ、あの子はどうかしら? いやダメね…申し訳ないけど、あの子あまり頭が良さそうには見えなかったし)


 そもそも人間の弟がいるあたり、魔女化して間もないのだろう。そんな未熟な魔女と組んでしまっては足を引っ張られるだけだ。仲間同士助け合いは必要だが、どちらかに力が偏るのは好ましくない。


(エルヴィラはやる気無さそう…協調性の無い魔女は信用できない…)


 それに彼女にはいくつかの疑問もある。今はそれどころではないので保留にしておくが、この戦いが終わったら問いただしてみよう。


 もっとも、その時までエルヴィラが生きていればの話だが。


(『幽閉の魔女』ジョーン…あの子はあの子で自信無さすぎな気もするし…そもそもあの檻は二人で行動するには目立つだろうし…)


 と、ここでアリスは自分が否定的な意見しか考えていない事に気付く。

 これじゃあ誰とも組めない、どころか、自分から孤立状態を作りに行っているようなものだ。


 どうも無意識に、この状況に動揺して偏った思考しかできなくなっているようだ。冷静を装ってはいたが、どうも自分は強い魔女ではないらしい。


(強い魔女…と言えば、『反乱の魔女』の中に一人知ってる顔がいたわね…あれは確か)


『芸術の魔女』ロザリーン。だったか。


 実のところ、『反乱の魔女』の中で見知った顔がほとんどいないと言うのがアリスの中でかなり不気味だった。

 数百年前の大戦争で大暴れした十二人。それは魔女が起こした最悪の事件として記録されている。しかし、今回現れた『反乱の魔女』の中には記録されている顔と名前が一致しないものがほとんどのなのだ。


 アリスとて新米魔女ではない。多くの事を経験し、かなりの魔女と触れ合って来た。直接の関係は無いにせよ、『反乱の魔女』の話を聞いた事がない訳じゃない。


(どう考えても不自然なのよね…全員顔を変える魔法でも持ってたのかしら? まぁそれはともかく、そう、ロザリーン…確か彼女の魔法は描いた絵を具現化出来る魔法だったかしら)


 記録にもあった『芸術の魔女』の恐ろしい特異魔法。彼女が紙に百人の兵士を描けばその場に本当に百人の兵士が現れたと言う。しかも彼らは首を切ろうが体を貫こうが死ぬ事は無く、血気盛んに進撃して来たのだとか。


 特異魔法『イラストレーター・イノベーション』。話が本当なのだとすると、かなり凶悪な魔法だろう。


 描いたものが全て『本物』として具現化される。もし仮に『反乱の魔女』十二人を描かれたりすれば同じ力を持った存在がもう一組生まれる事になる。『反乱の魔女』二十四人など、とてもじゃないが勝てるわけがない。


 一人では、まず勝てない。どうであれまずは誰とでもチームを組む事が最優先だろう。

 そして同じく最優先で倒すべき魔女は『芸術の魔女』。


 勿論、アリスのこの心配は杞憂に終わる。既にロザリーンはフランチェスコが道連れにし、落命している。

 しかしそんな事を知る由もない彼女は、存在しない敵への案を必死に練っていた。


 あれがダメならこれはどうだろう。魔法を上手く組み合わせれば隙がつけるのではないか。


 黙々と考えていたが故に、気付かなかった。

 自分以外の影が、すぐそばまでせまっていることに、寸前まで気付かなかった。


「あ! 師匠!」


 聞き覚えのある声にアリスが振り返ると、そこには一番会いたかった愛弟子が立っていた。

 額に浮かぶ汗と、荒い呼吸から察するに、あちこち走り回っていたのだろう。


「ペトロ、無事だったのね…ふぅ…良かった」


 本当は駆け寄って抱きしめたいほどだったが、今はそんな場合ではない。どこに敵が潜んでいるかもわからない状況で呑気な事はしていられない。とにかく落ち着かなくては。


 しかし、それにしたって幸運だとアリスは思う。敵味方合わせて二十一分の一という低い確率で、弟子に会えたのだから。


「師匠…再会の喜びを噛み締めたいのは私も同じなのですが…どうもそういうわけにはいかないようですよ」


「ええ、そうみたいね…そこに隠れている貴女、出て来たら?」


 アリスの落ち着きの理由はもう一つあった。ペトロが声をかけて来たのとほぼ同時に、隠れている魔女の気配を感じ取ったからである。


 それも含めて、アリスにとっては幸運だった。

 あくまでもアリスにとっては。


 アリスの声に反応して、建物の陰から出て来たら彼女は緊張した面持ちで二人を見つめている。


「あ、あの…す、素直に降参してもらえないのね? あ、いや、それだとルール違反になっちゃうのね…て、訂正するのね! 素直に死んでほしいのね!」


 言葉に詰まりながら、彼女は警告ならぬ宣告をする。

 要するに大人しく死ねと。


「こんな戦いに意味があるとは思えないけれど…私とペトロが共に過ごしたこの国を壊されるわけにはいかないのよ」


 アリスが言うと、後ろでペトロが力強くうんうんと頷く。


 魔女に目覚めてから、その不老不死を父親に利用されて何度も違う男と結婚させられた。そして夫が不自然に死ぬたびに、財産を増やしていった。


 ろくな思い出が無いアリスに、共に楽しい思い出を作りましょうと提案してくれた愛弟子。


 ここで終わらせるわけにはいかない。もっともっと思い出が欲しい。


「ペトロ、いつもので行くわよ」


「承知してます!」


 アリスは得意そうに笑うペトロに特異魔法をかける。

 いたってシンプルな、何の毒気もない誠実な特異魔法。


強化慈愛きょうかじあい』をペトロに発動させる。


(何の変哲も無いステータスアップの魔法に見えるけど、私の『強化慈愛』は魔力保護の効果も持っている…いくら使っても魔力が減らないわ…それに)


「アッハァ! いつもの事ですが気持ちいいですね! 私も発動させますよ! 特異魔法『研削欠陥けんさくけっか』を!」


 それにペトロの魔法は、相手がダメージと共に魔力や体力を倍失う魔法。アリスの魔法で魔力の消費が無い状態なら、ほぼ無敵の能力。


 初戦で相棒と再会でき、なおかつ相手はたった一人。負ける事はもうなくなった。


 倒したこの魔女の首を持っていれば、他のメンバーだって信用してくれるだろう。

 この一戦でアリスにとっての今後が決まる。しかしそんな緊張感など微塵も感じない。


「チ…チームかぁ…やっぱりいいのね…チームって…うんうん…頑張るのね…」


「そうね、せいぜい頑張りなさい、貴女一人に何か出来るとは思えないけど」


 アリスが言うと、彼女は慌てて首を横に振る。


「と、とんでもないのね! 私は大した事しないのね! どころか多分…何もしないと思うのね…はい、この一戦に限ってはね」


 彼女の含みのある言い方に、アリスは増援を予想した。もしかして、すぐ近くに味方が隠れているのかもしれない。


 アリスは黙って自分とペトロの周りに探知結界を張り巡らせた。どこから奇襲されても対応できるように。


 では、と『反乱の魔女』の彼女はスカートの端をつまむ。


「『愛情の魔女』パシパエ」


「『誠実の魔女』アリス」


「『写し身の魔女』モーガン」


 え?


 しかし気付いた時には、アリスの視界は普段より数メートル上がっていた。


 うっすらと、頭部のない自分の体が見える。噴水のように首から鮮血を吹き出して、力無く倒れた。


 何が起こったのか理解する間も無く、アリスの命は蝋燭の炎と共に消えてしまった。


「わっはー! ほんとすっごいよ! この強化魔法! こんなか弱いレディーの蹴り一発で頭飛んでったもん!」


 ペトロは、いや、ペトロの姿をした魔女は、まるで子供のようにその場でピョンピョンと飛び跳ねながらはしゃいでいた。


 飛び跳ねたついでに飛び上がり、落下する前にアリスの頭部を空中で掴んで大事そうに抱えた。


「上手くいったのねモーガン、最初にそのペトロとか言う魔女を殺したのは正解だったのね」


「普段からチーム組んでるくせに中身が違うって分かんないのかな? もっと相手の事よく見ないとねぇ」


 もっとも、『写し身の魔女』モーガンの特異魔法である『ドレスアップ・デスドール』は相手の死体を使って変装する魔法なので、ほぼ誰も気付かないのだが、それでもモーガン本人はよく見れば分かると言い張る。


「もうこの変装は必要ないな、可愛くないし」


 そう言って、蛹から蝶が孵化するように、ペトロの死体を突き破って、モーガン本体が外に飛び出した。


 その様子を少し引き気味で見ながら、パシパエは「早く次に行こうね」と促す。


 残された師弟の死体には見向きもせず、彼女達は次の目標へと歩みを進めた。


 一人だったことにすら気付かず、弟子の死にすら気付かなかった哀れな魔女は、後悔する事も出来ないまま、わけのわからないうちに死んでしまった。


 弟子が最期に敵に吐いた「師匠ほどの魔女はいない」「師匠に会いたい」という悲鳴がなければ、アリスとペトロが師弟である事はバレる事はなく、その関係を利用される事も無かったのだが。


 味方が死因となり、全く救われない展開となったまま、二人の魔女が脱落した事により、『反乱の魔女が』二歩リードする形となった。


『反乱の魔女』残り蝋燭十本

『防衛の魔女』残り蝋燭八本

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