魔女の住む森
暗い、陽の光すら届かない森の奥で、サリヴァンはニヤリと笑みをこぼした。
両手に握る大鉈と、背負うマスケット銃。その全てに炎の灯った十字架の紋章が刻まれている。
彼は王都から派遣された一流のウィッチハンター、つまり魔女狩りを生業とする者だった。
元々ただの盗賊だったのだが、盗みに入った家の主が魔女だった事がきっかけで、今の仕事へと転職したのだ。
数人のグループで侵入し、魔女の魔法によりサリヴァンを除いた全員が八つ裂きにされた。しかし彼だけは機転をきかせ、鉈に油を塗り、魔女が唯一苦手とする炎を灯してその身を引き裂いて焼いた。
盗賊が悪しき魔女を聖なる炎で焼き払ったと、街では大騒ぎになり、今までの全ての罪を免罪とし、その代わりにウィッチハンターとして働く事となったのだ。
(別にいくとこもやる事もあんまねぇし……やってやるか)
ほんのそんな軽い気持ちで始めた事だったが、コレがなかなかどうして楽しかった。人の形をしているソレを斬り殺そうが焼き殺そうが誰にも何も文句を言われない、どころか感謝されお礼までされる。
こんな美味しい仕事は他にない。
なにより、女の形をした化け物の悲鳴を聴くのが段々と心地よくなって来たのだ。
(特にちょっと熟れた魔女は助けてもらおうとなんでもするからなぁ、まぁ今回も楽しませてもらうさ)
『森に住む魔女』の討伐を依頼されたサリヴァンは、まだ見ぬ獲物でどう楽しむか考えながら、その歩みを進めていく。
ぬかるんだ地面に不快感を覚えながら、サリヴァンは持って来たランプで辺りを照らす。まだ昼間だと言うのにこんなにも暗いものなのかと正直驚いていた。
盗みを働いていた頃はこんな所まで来なかったし、今まで狩ってきた魔女も意外と人が多いところにいたから、森の最深部なんてまさに未知の世界だった。
「今日狩る奴で何匹目だっけ? 七匹……いや八匹目か」
視界が悪くなり、足がぬかるみに取られながら、サリヴァンは始末した魔女を指折り数える。
たった七人と思うかもしれない、しかし並みのウィッチハンターが平均討伐数が三人なのだ。その辺やはりサリヴァンは凄腕のハンターと言えるだろう。
魔女一人討伐するとその都度報酬が貰える、魔女の危険度によってそれは変わるが、サリヴァンが討伐した魔女の内三人は王都だけでなく近くの小さな村にまで手配書が出回るほどの強者だった。
(あんときゃ死ぬかと思ったぜ……特に『裁縫の魔女』手と銃が縫い付けられるとは思わなかった)
さてさて今回はどんぐらい貰えるのだろう、などと、取らぬ狸の皮算用をしながら、サリヴァンはランプの明かりを調節する、やはり進むにつれてまるで真夜中のように暗くなって来ている。
サリヴァンはここで歩みを止めた。
おかしい、いくらなんでも暗すぎだ、と、不審に思い始めたのだ。
魔女は身を守るため、結界をはってその中に潜む、そもそも侵入できないようにするモノや、目標に辿り着けなくなるモノなど、その効果は様々だが、皆一様に結界ははっている。
もしこの暗闇が、既に魔女の結界なのだとしたら…。
「おお危ない、既に相手の手中だったか」
結界といえば、外敵を寄せ付けない効果が一般的だが、中には外敵を誘き寄せて積極的に始末していこうとするモノだってある。サリヴァンが足を踏み入れたこの結界は感じる禍々しさから明らかに後者だった。
サリヴァンは素早く二つの大鉈に特製の油を塗り、勢い良く鉈同士を擦り付ける様にぶつけた。
すると火打石の様に火花が飛び散り、松明の様に刀身に火がついた。
これぞハンターサリヴァンの自慢の武器、その名も『愛炎鬼炎』である。特殊な技術で作られたそれは、簡単に火がつく様になっている。
「さぁて出て来いや悪い魔女め、この正義のウィッチハンターが成敗してくれる」
声を上げ、辺りを見回すサリヴァン。その声に応える様に、闇の中から人影がゆらゆらと現れた。
出て来たのは妙齢の女性、暗闇の様な結界をはっている割には着ている服は豪華絢爛そのものだった。美しく長く伸びる銀髪、鮮やかに光る金色の瞳、魔女でなければ見惚れていたかもしれないと、サリヴァンは思う。
「出やがったな化け物が、こんな結界はるぐらいだ、相当な手練れと見たぜ」
「『縄張りの魔女』エルヴィラ」
そう名乗るが早いか、エルヴィラと名乗った魔女は短剣を握りしめ、サリヴァンへと飛びかかった。
「おお⁉︎ マジか! 魔女が物理攻撃とかウケるなぁ!」
サリヴァンはサラリとその突撃を回避し、そのまま愛炎鬼炎でエルヴィラの背中を斬りつけた。
「っ! あづっ……!」
怯むエルヴィラに態勢を立て直す暇など与えず、サリヴァンは背中のマスケット銃を素早く装備し、エルヴィラの頭を撃ち抜いた。
エルヴィラの顔面が破裂音と共に爆散し、地面に潰れた目玉や脳漿が飛び散って、ドサリと仰向けにエルヴィラは倒れる。
しかしそれでもエルヴィラの身体はバタバタと動いていた。
「炎で焼き尽くすか魔女同士の呪いでしか死なねえ……ほんとお前らは化け物だよな……結構いい体してたからちょっとぐらい遊ぼうかと思ってたけど……ダメだな、肝心の顔を潰しちまった」
やれやれと言うふうにサリヴァンは暴れるエルヴィラの身体を踏みつけ、その心臓に燃える鉈を突き刺した。
あばよ、とサリヴァンは鉈を引き抜き、魔女の身体が燃えていくのを確認する。
(随分呆気なかったが、こんなもんだろ。弱い犬ほどよく吠えるってな、弱い魔女ほどあえて危険な結界はって寄せ付けなくするんだよな)
と、思ったところでサリヴァンは失態に気付く。顔を潰してしまった、これでは死体を持って帰っても魔女かどうか判別しづらい上に手配書魔女かどうかも分からない(まぁ焼け焦げているので顔を潰さなかったとしても判別が難しい状態な事に変わりは無いが)。
いくら魔女を討伐したと言い張っても証拠が無ければ誰も信用しない。さてどうしよう。
(まぁとりあえず死体だけでも持っていくかな……俺が言えば大抵のやつは信用するだろ)
それに、魔女なんて多分いくらでもいる。コイツ一匹がダメでも全然支障は無い。
サリヴァンは死体の胸ぐらに手を伸ばす。
しかし、その手がエルヴィラの身体に触れる事は無かった。
「……は?」
掴む手が、無くなったから。手首からボトリと、まるでパーツが外れたおもちゃの様に地面に落ちていった。
「獲物をさぁ……狩って……安心するのは分かるけどさぁ……それにしたってちょっと油断しすぎじゃないかなぁ……」
「なっ……⁉︎ あ⁉︎ ああ⁉︎ ……ごふっ⁉︎」
静かに囁く様に発せられた少女の声が聞こえたのと同時に、サリヴァンは背中に鋭い痛みを感じた。
霞む視界で自分の胸を見る、そこには巨大な刃が自分から突き出していた。
つまり、背中から誰かに刺され、貫通しているのだ。
「……だ……誰だ……てめ……!」
刃が引き抜かれ、支えを失ったサリヴァンの身体はその場にドサリと崩れ落ちた。
そんな彼の目の前に、一人の少女が現れる。
十歳ぐらいの幼い少女。キラキラと光る金色の長い髪を双方で結い、つまらなさそうな冷めた目でこちらを見ている。ヒラヒラとレースのついたまるでパジャマの様な姿から、寝起きの様な印象を受けた。
「だれって……さっき名乗ったじゃん……」
「……がはっ……え……エルヴィ……」
「そ、『縄張りの魔女』エルヴィラ……ごめんねぇ、こんなナイスバディなレディじゃなくて……ふわぁあ」
欠伸をしながらエルヴィラ(少女)は先程サリヴァンが殺したはずの死体を指さす。すると、死体はムクリと起き上がり、そのままどこかへ帰っていった。
「使い魔……魔女なら使える当然の魔法だよ……まぁもっとも……私のは特別だけどね……」
サリヴァンはもう喋る事が出来なかった。ただ、ジッと目の前にいる子供の姿をした化け物を睨みつけていた。
「まぁ……残念だったね、結界の事に気付いたのは流石だと思ったけど、それでも詰めが甘いよ……だって、魔女本体を倒したら結界なんて消えるものでしょ」
言われてサリヴァンはハッと気付く、辺りがまだ真夜中の様に真っ暗なままである事に気付く。
まだ、結界は解けていなかったのだ。
「まだ魔女狩り終わらないのか……ああ……めんどくさい……ねぇ、どうして私達魔女を殺そうとするの? 別に私達何もしないよ? 人を食べるわけじゃ無いし……あ、いや、食べる奴もいたけど、少なくとも私は……あれ?」
サリヴァンは既に息絶えていた。カラカラになったその目は、死してなおエルヴィラを睨んでいた。
「ふわぁあ…ああそうか、人間はこれぐらいで死んじゃうんだっけ……これどうしよ? ……まぁ……動物が食べるか……ふわぁあ……もう一眠りしよ」
まるで、小うるさいハエを潰しただけの様な、なんて事ないという感じでエルヴィラは背伸びをしながらそんな事を呟く。
森に住む、『縄張りの魔女』エルヴィラ。彼女は目の前の死体に既に興味を無くして、今日のお茶にはどんなお菓子を食べよう、など、そんなどうでもいいような事を考えていた。