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第八話 夢前さんの好きなもの

「あの、神社は面白かったですか?」


 犬神神社からの帰り道。またぞろ長い長い石畳の階段を下る僕達。傍らを歩く夢前さんが背丈の都合上上目遣いになりながら尋ねてきた。

僕はそのつぶらな瞳にドキリとしながら、ちょっと考え答える。


「あんまり面白くはなかったかな」


 何かアトラクションがあるわけでもないし、そもそも神社に興味もないし。夢前さんと一緒に居れたこと自体は嬉しかったけどね。


「そう………ですか………」


 ドゥ―――→ン………、と夢前さんが落ち込むのが分かる。その反応を見てだよねと僕は苦笑を浮かべる。


夢前さんが神社大好き人間であることは、一緒に犬神神社を参拝した僕には良く分かっている。それを面白くないと言われれば、彼女が愉快な気持ちにならないことも。


でも僕は嘘を吐きたくないんだ。その場限りの嘘で彼女を喜ばせることが出来たとしても、それは意味の無い事。僕はこれから先も夢前さんと一緒にいたいと思っているのだから。一度嘘を吐いてしまえば僕は夢前さんと一緒に居る限り嘘を吐き続けなければいけなくなる。そして嘘は嘘を呼ぶ。それはどんどん大きく膨れ上がり、いずれ夢前さんと僕の間に取り返しのつかない障害として立ち塞がることになる。


―――僕の父がそうだったように。


 だから僕は嘘をつかない。自分の気持ちを偽らない。例えそれで彼女の好感度が下がることがあっても。

 そもそも本当に神社が好きな夢前さんに対して、興味もない僕が面白いなんていうのは失礼だと思うしね。


 ………それにしても夢前さんショックを受けてるなあ。漫画なら顔に縦線が入ってる感じだ。まああれだけ饒舌に語っていたのに相手が全く感銘を受けていなかったんだから当たり前か。そこは申し訳ないね。


「鉢伏さんは………」

「ん?」


 顔を上げた夢前さんは僕の瞳を奥まで覗き込むような視線で見つめ上げてきた。


「鉢伏さんは正直な方ですね」


 彼女は笑うでも怒るでもなくただ真剣な顔をしていた。


「他の方々は皆さん私に話を合わせようとして下さったり、私の話を熱心に聞いているフリをして下さっていました」


 フリ、ね。分かるんだなそういうの。でも他人事とはいえその言い草は少しカチンと来る。夢前さんと話しているとたまにそういうことがあるね。


「でも鉢伏さんは話を合わせようとしないし、私の話も半分くらい聞き流していました」


 ちょっとというかだいぶ不満げに口を尖らせる夢前さん。あはは。ばれてーら。僕は苦笑い。夢前さんの愚痴めいた主張はさらに続く。


「それにあまりお話もしてくれませんし、優しくもしてくれませんし、たまに私を見てニヤニヤしてますし」


 他のはともかくニヤニヤは勘弁して欲しいね。好きな人と一緒に居てニヤけないほうがどうかしてる、………と僕は思うのだけどどうでしょう。


「ともかく鉢伏さんは他の方々とは少し違う感じがします」

「そうかな?」

「はい」

「何処が違うのかな?」

「そうですね………」


 彼女はしばし視線を上に遣り、


「簡単に言うと無愛想、………でしょうか」

「ええ?!」


 そんなこと言われたの初めてだ。特に愛想が良いつもりもないけれど。


 僕の驚きの声に夢前さんは少し焦った顔になる。


「ちっちがうんです! 愛想無しだといってるわけじゃなくてえーと、マイペースというか、私を特別扱いしないというか………」


 特別扱いしない? うーん? してると思うんだけど。だって僕は彼女の事が好なわけだしね。………なんだろう。違和感がある。彼女と僕の間に認識のずれというか、ディスコミュニケーションが発生しているような。


「えーとえーと、鉢伏さんは貴方は………」


 僕が首をひねるその間も、わたわたと興奮したアヒルを思わせる動作で両手を振り回して言葉を探していた夢前さんだが、やがて彼女は困り顔になってポツリと呟きを落とした。


「………言葉が見つかりません」

「そっか」


 僕は一つ頷く。先ほど感じた違和感はとりあえず心の隅に追いやって彼女に笑いかける。夢前さんにこんな顔をさせてはいけない。


「まだ僕達知り合ったばかりだもんね。僕も君がどんな女の子なのか分からないよ。でも初めはみんなそうでしょ。無理に人物批評なんてしなくていいんじゃないかな」


 これから分かっていけばいい。ただ僕の場合夢前さんを理解するための時間は限られているかもしれないけど。


 夢前さんは僕の言葉に少しホッとしたような顔になった。そしてそんな自分に驚いたような様子を見せる。


 じいっと彼女がまた僕を見つめてくる。不思議な生き物を見つけた生物学者のような視線だと僕は思った。


「やっぱり鉢伏さんは少し違います。この人なら………」

「え?」


 今『この人なら』って言った? もしかしてその後は『私の恋人にふさわしいかも』なんて続いたりするのだろうか。


 まさかまさか。いやでもこのデートで少し仲良くなれた気はするし。だけど夢前さんのさっきの一連の感想からすると僕に対する好感度が高いという感じでもないし。


 たったの一言で僕の気持ちを乱高下させたことも知らず、彼女はその先を口にすることなく「なんでもないです」と石造りの階段を下り出した。危うく置いてけぼりを喰らいそうになった僕は慌てて後を追うが彼女はすぐに立ち止まる。


 まるでドラマのワンシーのようにふわりと黒髪ポニーテールを揺らして振り返る。木漏れ日を浴びて艶やかな唇が動くのが見えた。


「ウッフーン! このあと少し寄りたいところがあるんだけどいいかしらん?」


 まさかのダリアさんだった。何となくシリアスだった空気が砕け散る音を聞きながら僕は図らずも吉本新喜劇風に階段を何段かずり落ちた。


 夢前さん。本当に分からない………。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 夢前さんに従ってまたバスに乗り僕達は駅前に向かった。そして何処に行くのかと思えば、夢前さんは吸い込まれるように本屋に入っていく。この近隣では一番の品揃えを誇る大型書店。僕もよく利用する行きつけと言っていい書店だった。


 夢前さんが足を向けたのはコミックやライトノベルが並ぶコーナー。新刊! というポップが立てられた平積みコミックの一冊に夢前さんは手を伸ばす。


「うわあ! 表紙がラフィーとソロです!」


 弾んだ声。横から覗いてみると、夢前さんの極め付けに整ったお顔に収まった大きな瞳は今まで見たことがないくらいキラキラと輝いていた。


 彼女が嬉しそうに眺めているコミックは漫画に疎い僕も知っている有名作品。というか小さい頃僕も集めていたタイトルだった。


『パズル・ピース』。


 その人気からアニメ化もされている、不思議な力を持つパズルのピースを集める少年とその仲間達の冒険を描いた少年漫画誌掲載作品。


 いわゆる異能力バトルもので、肝はパズル・ピースがその所持者に与えるさまざまな能力。ピースを集めると能力が強化されたり新たな能力を得ることが出来る。奪われると能力を失う。また全てのピースを集めるといかなる願いもかなうという設定で主人公の少年が事あるごとに豪語する「俺は世界の王になる!」は漫画やアニメ好きの間ではもはや定番といっていい決め台詞になっている。


 多分僕がまだ生まれる前からあった作品だけど、


「まだ続いてたんだパズル・ピース………」


 思わず感慨深い声を上げると夢前さんは、


「当然です!」


と劇的に反応した。おおう。何たるテンション。


「今は仲間も増えて、飛空船で『大いなる壁』を越え真世界に入ったところでさらに盛り上がっているところなんですよ! 終わったりしません!!」


「そっそうなんだ。でももう異能力は出尽くした感があったんだけど。マンネリ化してるっていうか」


 僕が読んでいた最後の頃はちょっとダラダラした感じになっていたのだ。別にだから読むのを止めたと言う訳じゃないけどね。


 しかし夢前さんはこれも今まで見たことがない顔で「ちっちっちっ!」と左右に人差し指を振ってみせる。唇を片側だけ吊り上げてちょっと悪そうな顔になっている。誰だあんた。またキャラ変か? 僕はちょっとたじろぐがそうではなかったらしく彼女は素のキャラのままで、


「甘いですよ鉢伏さん!! それすらも作者織田栄次郎先生の思惑だったのです!! マンネリ化したと見せかけて新たな異能力バトルを見せる! それが『多重(ダブル)結合(ジョイント)』です!」


 ビシッと指を突きつけてくる。思わず後ずさる僕。その拍子に周りの状況に気付いた。


 なっなんかギャラリーが集まってきてるような………。


「通常の『結合(ジョイント)』はご存知ですね?」

「うん。まあ………」


 夢前さんの迫力に気圧されつつ頷く。作中で自分が持つパズルを組み合わせて新たな能力を発動させることを『結合(ジョイント)』というのだ。しかしそのてのテクニカルタームを公衆の面前で口にするのは少し恥ずかしい。


「多重結合とはその結合を発展させたもので、仲間が持つパズル・ピースと自らのピースを多層的に重ね合わせることで新たな力『武宝具』を出現させることが出来るのです。つまり仲間との絆が大きな力になるのですよ!」


 フン! フン! と夢前さんは鼻息も荒い。よほどその仲間との絆が大きな力になるという設定がツボに入っているらしい。


 そういえば少し人気を落としていたパズル・ピースが最近また盛り上がっていると聞いたことがある。いつの間にかそんな新設定でテコ入れをしていたんだなあ。週刊連載も大変だ。


「さらに新たな仲間としてラフィーと正々堂々戦い空に散ったはずのソロが加わりその知られざる過去が語られたり、ソロを信じられない他の仲間との間に軋轢が生じたりと、もうもーう!!」


 おおっ!! 夢前さんが牛になった! と思ったがそうではなくて己の感情を言葉で表現し切れなくてじれったいらしい。


「とにかく! 鉢伏さんも今すぐパズル・ピースにハマるべきです!! というわけで、はい!!」


 いや、「はい!」とか最新七十巻を差し出されても。僕二十巻ぐらいで止まってるからね?


 僕は瞳から異様な熱を迸らせた彼女をどうあしらったものか戸惑うが、その時、


 パチパチパチ………!


 周囲から拍手が。さらに、「マジだよ! マジファンきたよこれ!」「パズル・ピース! 私も大好き!!」「飛空船でのタイマンシーン良いよな!」などと集まっていたギャラリーから賞賛の声が飛ぶ。事ここに至って夢前さんは周りの状況に気付いたらしく、


「はっ、はうあ………」


 とか声を漏らしつつ羞恥に激しく赤面している。きょろきょろとギャラリーを見回しどうしていいか分からず眉をハの字にしている彼女は小動物みたいでおもいきり可愛かったが、この状態をこのままにしておくわけにもいくまい。


「………夢前さん。パズル・ピースの素晴らしさは分かったから次は哲学書を見に行こう。今度は僕がアリストテレスとプラトンの哲学論理についてじっくりたっぷりねぶりあげるように語ってあげるから」


 そういうと僕は夢前さんの手………、を引くのはどうかと思われたので服の袖を軽く引っ張って難しげな本が並ぶ重量級ハードカバーゾーンへと誘導していく。「へ? あの?」夢前さんは戸惑いつつも僕に従い、周りのギャラリーは「うわー萎えるわ」みたいな感じで急に熱が冷めたみたいに店内の各所に散って行った。よし想定通り。


「あのー」


 ハードカバーに囲まれた夢前さんは居心地が悪そうに周りのゴツイ装丁の本たちを見回して、


「鉢伏さんは哲学の本がお好きなのですか?」


 これからなにを聞かされるのかと不安そうにしている。僕は苦笑した。


「いや。僕は哲学の本なんて読まないよ」


 夢前さんが大きな瞳を丸くした。


「え? でも………」


 口走りそこで何かに気付いたようにはっと僕を見つめ上げた。


「私が困っていたから?」


 僕は肩をすくめるだけにした。なにか気恥ずかしかったので。さらにその話はお仕舞いとばかり方向転換。


「実はラノベのほうが哲学書より好きなんだよね。一緒に見に行かない?」

「ラノベ!」


 夢前さんの声が弾むのが分かった。彼女は小走りに僕に並んで来てそれはいい笑顔で、


「はい!!」


 そう答えるのだった。





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