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第六話 デート、デートです! 

 日曜日がやってきた。


 燦燦と煌く太陽の下待ち合わせのバス停で一人佇む僕は、当たり前のように昨日の夜一睡も出来なかった。


依然として詳細の知れない夢前さんとのお出かけに胸を高鳴らせ空想し妄想し煩悶しベッドの上をごろごろ転がり意味もなく窓を開けて月を見上げ何度もトイレに起き宵っ張りの兄と遭遇し一緒にラーメンを啜りまたベッドに戻るもやはり眠れず空想し妄想し………、なんてことをやっているうちにいつの間にか朝になっていたのだ。


 しかし眠気は全く感じない。目はギンギンに冴え渡り全身をねずみ花火の如く火花が駆け巡っているかのようだ。徹夜明けのハイテンションと初恋の人を待つドキドキシュチュエーションが相まって、今なら周囲十メートル以内のどんな事象も把握できそうだった。気持ちは達人だった。まあもちろん気のせいなのだが。


「まだ十分前か………」


 腕時計を見下ろして呟く。ごついスポーツ用の高級ウォッチは兄からの借り物だ。携帯があるので時間の確認はそれで十分事足りるのだが、兄曰く「彼女の前でいちいち携帯引っ張り出してたらかっこ悪いだろ」ということらしい。


他にも兄に勧められるまま、近隣のショッピングモールまで出かけて購入した、シャツやTシャツ八部丈のロールアップジーンズを僕は着用していた。


下ろし立て感バリバリなのはしょうがないとして、全身鉢伏一夜プロデュースなのは正直どうなのだろう。でも自分流アレンジなど恐ろしすぎて加える気にもならない。財布まで兄が貸してくれた長財布なのだ。ともかく気分的には偽一夜でも、少しはましな姿になっている………と信じたい。


 それにしても女の子を待つ時間がこんなに長く感じるなんて知らなかった。


僕は約束の一時間前にここに到着していたのだが、その間ずっと彼女は来ないんじゃないかという不安が頭から離れなかった。―――別に夢前さんを信用してないんじゃないよ? そうじゃなくて………、僕との約束なんか夢前さんにとっては取るに足らない些事なのではないか、だから約束自体を忘れてしまうんじゃないか、とそんな疑念が頭をもたげて来て抑えることができなかったのだ。要するに夢前さんにとって僕はどうでもいい存在なのではないかと。


 いや分かっている。そんなことを考える資格自体今の僕にはないということは。僕は夢前さんの試練の途中。知り合いと名乗るのさえ憚られる関係だということは。


 でも考えてみて欲しい。相手は近隣に名前が轟くほどの美貌の持ち主、あの『傾学の美少女』夢前美跳なのだ。誰から見てもぱっとしない僕なんかとこうして待ち合わせしていること自体奇跡的。本当に彼女が来るのか不安になってしまっても仕方がないではないか。


「………ぶせ………ん!」


 そうだやっぱりこれは何かの間違いなんじゃないか? 僕の聞き違いとか。


「はち………さーん!」


 そもそもいきなりデートなんてやっぱりおかし

「はちぶせみしきさーん!!」

「はいっ!!」


 いきなり呼ばれたフルネームに僕は思わず挙手して元気よく答えていた。反射的に声がしたほうを振り向くと、


「!!」

 夢前さんだ!! 来てくれた!! 


 安心のあまり脱力感すら覚えながらしかし僕は首を傾げる。何故彼女は道路の反対側のバス停にいるのだろう。答えはすぐに分かった。


「はちぶせさーん!! そっちじゃないですよー!! バス停こっちです!!」

「!!」

 なんと! 登り大路のバス停だと聞いていたからてっきりこっち側だと思っていたのだが、向こうが正解であったか!! うーむ? だけどそっちだと町外れに向かうことになるのだが。まっまあいいか。とにかく夢前さんの元へGO!




「すいません。ちゃんと待ち合わせ場所を伝えてなくて」

 夢前さんがぺこぺこというよりべっこんべっこんという勢いで頭を下げまくるのに僕は苦笑しながら手を振った。


「いやいいんだよ。ちゃんと確認しなかった僕も悪いんだし。だから顔を上げてよ夢前さん」


 僕の言葉にやっと謝るのをやめて姿勢を正した彼女は、おお! おおおおうう!! 当然の如く私服姿だ!


 頭に被ったつばの広い麦藁帽。目に眩しい白の清楚なワンピース………、というのを僕は何となく予想していたのだけど現実はかなり違った。


上はちょっと少女趣味(まさしく少女だけど)な感じの白いキャミソールとクリームイエローの薄いニット、肩には皮素材の小さな薄桃色の肩掛け鞄、そしてご注目。彼女はなんとショーパンを穿いている。勝負パンツ略してショーパンではないよ。ショートパンツだ。といっても僕が夏場に部屋で穿いているようなモサいやつではなく、赤い小花柄の可愛らしい代物だけどね。


しかし僕にはかなり衝撃的な彼女のお姿だった。昨夜も彼女が着てくる服についてもやもやと空想を巡らしていた僕にしても、すべからくスカートのイメージしかなかったのに、いきなりショーパンときたもんだ。白い足が丸出しじゃないか!!


 さらに今日の夢前さんは長い黒髪をポニーテールにしているのだ。そのおかげで普段は見えない鎖骨から首筋にかけての華奢なラインと白いうなじが露わになっていて、これはこれは………




「いいじゃないか!!」




「あ、ありがとうございま………す?」

 はっ?! 私服ポニーテール姿の夢前さんに見惚れるあまり思わず内心の叫びを口に出してしまった。引いている。夢前さんが引いているぞ!!


「………」

「………」


 さらにブッツリと途切れる会話。訪れる沈黙。うああ?! どうすればいいんだ?! なっなにか気の利いた話題は?! 会って一分で早くもテンパり始める僕。焦れば焦るほどさらに頭の回転は鈍り沈黙は長引いていく。とっとりあえず天気の話題でも、と僕がじいちゃんのような会話セレクトをしようとしたその時だった。


「まあ三色ちゃんなかなか素敵な服を着てるじゃない。ウッフーン」


 みっ三色ちゃん?! うっ、ウッフーン? いきなり聞こえてきた言葉に僕は目を白黒させる。えーと。今のは夢前さんの口から出た台詞だよね? ほとんど呆然と見つめる僕の視線に頬を赤くしつつ何やらくねくねと体を揺らしながら彼女はさらに言葉を続ける。


「そっ、それにお肌スベスベじゃないの。すっ、(すね)とか。う、ウッフーン」


 剃ったんや! なんかロールアップジーンズから覗く脛毛が気になって除毛クリームで昨日の夜に剃ったんや!! って違う!! 脛って! 一体どんな角度から攻めてきてるの?! いやいやそうじゃなくてウッフーンって!


 たったの数秒で僕を混乱の局地に叩き込んだ夢前さんは素の表情で「えーと、あ、あとは………」と人差し指を艶々と光る桜色の唇に当てて、さらに褒めるところを探しているようだが、ちょっと待って欲しい。僕にも考える時間を与えて下さい。


 い、今のは夢前さんの口から出た言葉で間違いない。とするとこれはきっとあれだ。


 キャラ変。


 夢前さんの多重人格設定が発動したのだ。しかもこの前出てきた『エリシア』さんとはまた違うキャラのようだ。多分だけどいわゆるお姉さん系のお色気キャラなんじゃないかな。しかしまた奇妙な、なんて言ったら悪いけど、奇妙な。


「どっどうしたのかしら? 急に黙っちゃって。お姉さんとお話しするのが恥ずかしいのかしら? う、ウッフーン」


 恥ずかしいのは君だよ!! いやもう恥ずかしいを通り越してイタいよ! ウッフーンって! いまどきアニメでもそんな台詞を口にするキャラいないよ! そして腰をくねくねさせるのも止めてください! 不思議な踊りにしか見えないから!! 君は僕のMPを減らしてどうするつもりなのっ?! 


―――と、彼女が血反吐を吐くまでツッコミ倒してやりたかったが、僕は寸前で思いとどまった。何故なら、


 涙目だ。彼女はすでに涙目だった。恥ずかしいのだ彼女も。とくにウッフーン部分に別格の羞恥を感じている雰囲気がある。顔どころか耳まで真っ赤だし。じゃあ止めればいいのにと思うが何か彼女なりのこだわりが有るのだろう。僕には全く理解できないけども。


ともかく夢前さんは気詰まりな沈黙を破ろうと必死に言葉を繋ごうとしている。それだけは感じ取ることが出来た。ならば僕がすることはツッコミではなく、


「えーと、お姉さんのお名前は?」


 キャラ変を受け入れてお話をすることだろう。


「………」


 問いかけた僕に対して夢前さんは一時停止した。信じられないというように僕の顔を数瞬見返した後慌てて答える。


「あ、あたしの名前は『ダリア』よ」


 こほんと咳払いを一つ。もう一度やり直し。


「あたしは姫の第二の騎士ダリアよ。よろしくねえん三色ちゃん。ウッフーン!」


 先ほどより力強いウッフーンだった。くねくねと動く腰のキレも心なしか増している気がする。全く必要ないパワーアップではあるが、僕は何となく笑顔になりながらこう返すことが出来た。


「うん。こちらこそよろしく」






 程なくやってきたバスに乗りこむ。(いぬ)(がみ)神社前行きのバスだ。僕はあまり乗ったことがない路線。スカスカの車内の席には小さな子供を連れたおばあさんとイヤホンを耳に突っ込んだ若い男性が座っているだけ。日曜日だというのに閑散とした様子で、これで採算が取れるのだろうかと要らぬ心配をしてしまうほどだった。だけど都合が良かったかもしれない、


「後ろの席に座るわよん。ウッフーン」


 僕は現在このイタい女の子と同乗している訳だから。


ぷりぷりと小さなお尻を振りつつ最後尾の座席に向かう夢前さんをゆっくりと追いながら、僕は溜息を禁じえない。もしかしてこのデートの間中彼女はこのキャラで通すつもりなのだろうか。だとしたらいろいろな意味で残念極まりないのだが。


最後部の横長の座席に微妙な間隔を空けて座ると、


「………」

「………」


 二人の間にまたも沈黙が訪れた。何を話していいか分からない。共通の話題がない。こんな時話し上手な人なら、例えば御手洗さんならいろいろな話題を提供して提供しまくって一人でしゃべりつくして最終的には相手に引かれるだろうに。いや引かれたら駄目か。


 それにしても、と僕は夢前さんの横顔を盗み見る。睫毛長いなあ。上も下も。パチリと時折瞬きするたびに光の粒が散っているような気さえする。それにあの鼻梁のライン。頬の曲線。何だあれは。完璧すぎる。美しすぎる。絵心のある人ならこの場ですぐデッサンせずにはいられなくなりそうな、そんな求心力のある横顔だ。少しは慣れてきたとはいえ僕はやはり陶然と見惚れずにはいられない。


 思わずガン見していると、ちらりと窺うような視線を向けてきた夢前さんと目が合った。それだけでドキリと鼓動が跳ね上がる。彼女の甘やかな唇が開く。


「あっあのー」

「なっなに?」


 ちょっと焦る。ガン見していた事がバレたのだろうか。あまりにも不躾だったか?

 しかしそんな僕の思考を裏切り、夢前さんはびっくりするぐらいの正攻法で攻めてきた。


「ごっ、ご趣味は?」


 お見合いかいっ!! と僕が内心突っ込んだのも無理からぬことだろう。ここまでくるとベタ過ぎて逆に新鮮だった。


 問われて僕は考えてみる。趣味………、趣味ねえ。


音楽を聴くのも、ゲームをするのも、本を読むのも好きだけど、それが趣味かと問われるとそこまでではない気がする。音楽は兄に勧められて聴く程度だし、ゲームも昔から一時間くらいプレイすると飽きちゃうし。ラノベを読んだりもするけど一冊を一週間くらいかけて少しずつ読む感じだし。


なんというか趣味ってもっとガーッ! と勢いというか情熱というかそういうのがあるんじゃないかと思うんだよね。


というわけで僕は夢前さんにこう答えた。


「無いかな」

「無いんですかっ?!」


 夢前さんが大げさに驚く。驚きすぎて座席をずり落ちかけ「あわわ」とかいって慌てている。変な踊りを踊っているようにも見えるそのちょっと愉快な姿を眺めながら、そんなに驚くことかなあと僕は思う。世の中には無趣味な人も結構いると思うんだけど。


 ちなみに僕が休みの日なんかに一番長い時間を費やす行為はテレビ観賞である、ということを友人達に話したら『じいちゃんかっ!!』と総ツッコミを受けた。遺憾だ。


「無趣味な人ってほんとにいるんですね………」


 夢前さんは感心したように呟いている。そんなに僕はレアケースなのだろうか。ちょっと不安になる。


「そういう夢前さんはどんな趣味を持ってるの?」

「わたしですか?」

 そう君です。


「あたしの趣味はダンスよっ!! ほとばしるほど情熱的なやつを毎晩踊っているわ!! ウッフーン!!」

「あんたには聞いてない」

「ひうっ」


 おっといきなりダリアモードで答えられたから思わず一刀両断してしまったではないか。常に無い僕のクールなツッコミに夢前さんが涙目になっているぞ。


だが許してやらん。


「僕は夢前さんに聞いてるんだよ。ダリアさんじゃなくてね」


 しっかと夢前さんを見つめて断言する。僕はちゃんと答えたんだから夢前さんだってちゃんと答えなきゃいけないと思うんだ。それが会話のルールだろう。本当に彼女の趣味がダンスならそれでいいけどね。


「わっわたしは………」


 僕に見つめられた夢前さんはおどおどキョドキョドと視線を彷徨わせ最終的に少し俯いてポショリと呟きの様な言葉を自分の膝あたりに落とした。


「読書………です」


 ほほう。僕は頷く。何となく夢前さんらしい趣味だ。見た目深窓の令嬢って感じだもんね。よしさらに突っ込んで聞いてみよう。趣味の話が嫌いな人は居ないからね。これをきっかけに楽しいトークを展開できればいいんだけど。


「どんな本を読むの?」


 何気ない質問にちらりと彼女が僕の顔を窺った。答えるまでになにやら妙な間が空く。


「いろいろ………です」

「そっか。いろいろかあ」

「はい。いろいろです」

「そっかあ」


『………』


 はい、会話終了! 全然話題が広がらなかったよ! 


しかも夢前さんはもう話したくないとばかりに窓際にずれ、流れる外の風景を眺める風情。僕はそれ以上話しかけることも出来ずに気まずく自分の爪の先を見つめる。あーちょっと伸びてきたなあ、切らないと、などと逃避している場合ではない。そんな場合ではないことは十分分かっているのだが、僕は夢前さんにそれ以上踏み込むことが出来ない。夢前さんがわざと本の内容という主題をボカしたからだ。


確かに自分が読んでいる本の種類なんかは結構個人的な情報だと思うし、人柄や普段の生活なんかも窺い知る事が出来る場合もある。彼女が話したくないのも分かる気はする。ようはこれ以上立ち入ってくれるなということなのだ。


そんな態度の彼女に対して、ほとんど面識もないのに、嫌がっている話題を続けるのも気が引ける。結局僕には沈黙するしか選択がなかった。


―――にしてもだ。夢前さんは不思議な女の子だ。今みたいなガードの固さを見せるかと思えば、こうして僕なんかと二人でお出かけしたりもするのだから。


それとも今僕の踏み込みから一歩引いて見せたのは、その前にちょっと強引にダリアさんを黙らせたことで怒りを買ってしまったから………、なのだろうか? でも僕が知りたいのはダリアさんのことではなくあくまで夢前さんのことだし………。


 ああん!! と僕は思わずバスの後部座席で気持ち悪く悶えずにはいられない。髪を乱していいなら頭をかきむしりたい気分。


 こんなとき恋愛経験豊富な人ならどうするのだろう? 誰か教えてよ!





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