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第五話 超絶美少女とデートすることになりましたー事前準備2-

 兄。


 僕には兄がいる。イケメンで身長高くてスタイルも良くて学生時代からモテていた兄が。


 そんな兄は僕が見る限りファッションセンスもいいように思われる。まさに初めての女の子とのデートできていく服のアドバイザーとして適任と思われた。


 しかしながら僕がそんな兄に相談せずに友人達を頼ろうとしたのには、肉親に話すのは恥ずかしいという以上に訳があった。しかしこの際背に腹は代えられない。


「兄さんちょっといい?」


 家に帰った僕はさっそく兄の部屋のドアを叩く。今は社会人でありながら仕事の性質もあり、部屋に引き篭もりがちの兄は、今日も室内で何か作業をしているようだった。


「いいよっ」


 中から機嫌の良さそうな声が聞こえてくる。ドアを開くとヘッドフォンを首まで下ろしながらこちらに振り返る回転椅子に腰掛けた兄の姿があった。このひとがやるとそんな動作もなんだか様になっている。


「珍しいな三色が俺の部屋に来るなんて」


 なんだか嬉しそうに言いながら目を細める兄。その顔には細くて赤いフレームの眼鏡がかかっている。癖のないストレートヘアは明るい茶色。こざっぱりしたシャツの上に羽織ったカーディガンもさりげなくおしゃれな感じだ。


 どんくさい僕とは比べ物にならないぐらい垢抜けたイケメン兄。しかし僕が兄に相談するのを躊躇ったのはそんな兄に劣等感を覚えているからではない。


「もしかして仕事中だった? 後でまた来ようか?」


 兄はいわゆる音楽クリエイター、もっと正確に言うとニコ動アーティストというやつだった。それもPVめいた動画に己の素顔を晒して自ら作詞作曲した曲を歌う歌い手さんというやつ。


 極めてイケメンで歌唱力もある兄の動画は百万ビューを超え、その人気に目をつけたインディーズ音楽会社から声が掛かり、今ではオリコンにも名を連ねるほどだった。


 そんな兄の背後には音楽ソフトを立ち上げたままのパソコンのディスプレイがあった。部屋にもキーボードだのシンセサイザーだのエレキギターだのが所狭しと置かれている。そして今は明らかに仕事中の体だった。僕は気を遣って仕事が一段落するまで待っていようと思っていたが、


「はっはっは! 何を言っているんだ三色」


 兄の答えはこうだった。




「仕事よりお前のほうが大事に決まっているだろう!!」




「………」

 と沈黙する僕。


 兄の一言でお分かりいただけただろうか? そう。そうなのだ。僕の兄鉢伏(はちぶせ)一夜(いちや)は僕を溺愛しているのだ。いわゆるブラコンなのだ。そしてこれこそが僕が兄への相談を躊躇った理由だった。………別に兄をうっとうしく思っているとかそういうわけではない。そうではなくて………、えーと、どう言えばいいのかな。とりあえず実例を挙げてみようか。


 それは僕が小学生の頃。学校で父兄参観があった。普通は父親がくるものだろうけど父はその時丁度忙しくて参観日に学校に来ることは不可能だった。そこで兄が来てくれた。まあこれは別に構わない。父兄参観というくらいだし、兄が来ても問題はない。しかしこれにはバックボーンが有った。


 兄はこのとき本当に引き篭もっていたのだ。それも部屋から二年ほども全く外に出ないという気合の入った引き篭もりっぷりだった。父親と訳あって揉めに揉め、反抗として、そして抗議として始めた引き篭もりだった。


 しかし兄はその信条を曲げてまで僕の参観に来てくれたのだ。学校からの帰り道「どうして来てくれたの?」と尋ねた僕に兄は当たり前のように答えた。


『誰も来てくれなかったらお前が寂しい思いをするだろう?』


 僕に寂しい思いをさせないため。そのためだけに兄は何年間も篭っていた部屋から出てきてくれたのだった。


 ちなみにこれをきっかけに兄が社会復帰を果たしたということはなく、家に帰るとまた当然のように引き篭もった。本当に参観日のためだけに陽の下にその身を晒した兄だった。


 これはほんの一例だが、このように兄は僕のためならどんな犠牲もいとわないみたいなところがある。だから僕としては逆に相談や頼み事をし難い。ものすごくし難い。現に今も仕事より僕を優先しようとしているしね。


「で、どうしたんだ? 何か用があるんだろう? いや、もちろんお兄ちゃんとしては『ちょっと兄さんの顔が見たくなって(はあと)』とかでも全然構わないぞ。いやむしろその方が良い!!」


「いやちゃんと用ならあるから………」

 うーん、愛が重い。ちょっと引いてしまう位に。


「そうかあ………」


 そしてなんでそんなに残念そうなの? 小さい頃ならまだしも、高校生にもなって兄の顔を見たいだけがために部屋を覗きに来る弟とか普通に気持ち悪いからね?


「あのね聞いてよ。兄さんに相談があるんだけど………」




「ちょっと待ったああ!!」




 懐かしの恋愛バラエティーみたいな声を上げて小柄な人影が部屋に飛び込んできた。


「その相談五月(いつき)が聞きます!!」


 僕の服の袖を気を引くように握り締めつつ決然と叫んだのは、薄い水色のワンピースを着た、おかっぱに近い髪型の艶々した黒髪と、金融会社のCMに登場して多くの人を借金地獄に叩き落した某チワワの如くつぶらな、うるうるアイを持つ美少女だった。見た目は。


 彼女(見た目)は鉢伏(はちぶせ)五月(いつき)。今年で中学二年生になる僕の血の繋がったキョウダイである。


 普段は温厚なカーブを描いている眉をキッ! と吊り上げて自分を睨みつけてくる五月の姿に、


「フッ。いきなり飛び込んで来て何をいうかと思えば………」


 兄の一夜は余裕たっぷり、椅子の上で長い足を組み替えてみせる。そしてにやあと偽悪的な笑みを浮かべ五月を面罵した。


「残念だが相談を受けたのはこの俺だ。お前なんか全くお呼びではないんだよこの座敷童もどきめ! さっさとその手を離して自分の巣に帰るが良い!!」


 キョウダイに対して散々ないいようだった。しかし五月も負けてはいない。


「座敷童じゃないもん!! 五月だもん!! 一夜お兄ちゃんこそまた引き篭もっちゃえばいいんだよ!! 今度はずっと出て来なくていいからね!!」


 うん。五月も兄のウィークポイントをえぐりにきてるね。容赦というものが一切無いよ。


「何だと貴様!! それが兄に対する言い草か!!」

「一夜お兄ちゃんのことを お兄ちゃんだと思った事なんて一度もありません~!! 五月のお兄ちゃんは三色お兄ちゃんだけですう~!」


 べー! と舌を出す五月だけども、一夜お兄ちゃんと呼んでしまっている時点で君のその言葉は矛盾しているんじゃなかろうか。


「それに………」


 五月は僕の腕を取るとその細い体をぴったりと寄せて言い募る。


「三色お兄ちゃんと五月は運命の赤い糸で結ばれてるんだもん!! 五月が大きくなったらお兄ちゃんと結婚するんだもん!! だから相談は未来の妻である五月を通してもらわないと困ります!!」


 はい。ブラコン入りましたあー。より重度のブラコン入りましたあー。


 五月のいろいろ問題のある宣言に兄は口元を引き攣らせて眉間の辺りを揉み解す。ため息を吐きながら『兄貴』の顔で諭すように言葉を連ねた。


「あのな五月。何度も言ってるがキョウダイで結婚は出来ないんだ。法律的にも、倫理的にも、さらには生物学的見地から鑑みてもそれはよろしくないことなんだ。そもそもだな………」


 そこでクワッ! と両目を見開き、




「五月お前は男だろう!!」




 ズビッ!! 人差し指よ奴を貫け! とばかり五月を指弾する。


 そう。今まで引っ張ってまいりましたが見た目は極めて麗しい清純派美少女に見えるこの僕のキョウダイ、その実性別は紛う事なき男、中二男子でありました。


 男性の体に女性の心を持つ五月は、いわゆる性同一性障害。小さい頃はそれでも男の子として生活していたのだが、あることをきっかけに自分の本来の姿に目覚め女の子として日々を過ごすようになった。


 もちろんその際少なからず周囲との軋轢などもあり、僕は戸惑いながらも五月の兄としてそれなりに必死に彼女を支えたのだけど………、どうもその時らしいんだよね。五月は女の子として僕に好意を抱くようになったらしいのだ。


 申し訳ないけれど僕としては五月は未だに妹というよりやっぱり弟。しかも血の繋がった兄弟で恋愛なんてありえないのだけど、大事な、そして愛する家族であることには変わりなく、無下に扱うことも、ましてや五月のことを男として扱うことも憚られ、さりとてその好意を受け入れるわけにもいかず、という非常にややこしい兄弟事情を抱える羽目になっていた。


 もちろん何度か「五月を恋愛対象として見れない」とはっきり告げているんだけどね。


 五月の耳には『都合の悪い話は聞こえません絶対に!』機能が備わっているらしく彼女がそのお兄ちゃん好き好き言動を改める素振りは全くない。あんまり言うと大泣きするしね。難しいお年頃なんだなこれが。


 そんなわけで僕が最終的にこの件に対して講じた手段はスルーと曖昧な笑みであった。この二つでこの六年間兄弟滞りなく過ごしてきたのである。誰か褒めてくれないだろうか。


「関係ないもん!!」


 兄の指摘を受けた五月は頭から湯気を噴出しそうな様子で憤然と反論。


「五月は将来性転換手術を受けて本当に女の子になる予定だもん!!」

 そんな予定だったんだ………。


「それにアメリカには男同士で結婚していい州もあるんだよ?! そのうち兄妹で結婚していい国だって出てくるよ!!」

 う~ん。それはどうだろう。


「この馬鹿者め! そこまで世界はリベラルにできとらんわ!!」

「そんなのわかりません~!! 兄妹の結婚は生まれる子供に遺伝子的欠陥が生じる可能性があるから駄目なんでしょ?! そんなの現代医学の進歩を以ってすればすぐに解決されるよ!!」

「そんな問題じゃないんだよ!! そもそも倫理的に―――」

「そんなのお兄ちゃんと五月の愛を以ってすれば―――」


 ………。


 あのおー、そもそも僕の意思はどうなっているんでしょうか? なんか完全に無視されている気がするんだけど。人権とかいろいろ大事なものが。


 それに僕が兄の部屋に来たのはこんな論議を聞くためではなく、ただ夢前さんとのデートで着る服をどうすればいいか尋ねたかっただけなんだけどな。でも僕が女の子とデートするなんて知れたらまた五月が大騒ぎしそうだ。


 しょうがない。ファッション相談はこの喧嘩が収まってからにしよう。


 僕は溜息を吐くと兄と弟二人の六年間続いている口喧嘩に背を向けそっと部屋を出るのだった。


 苦労? いいえこれはただの日常です。




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