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第二話 第一の試練

「というわけなんだ」


 再び喫茶風見鶏。告白の顛末を語って僕は友人達の顔を見回す。


「第一の試練は彼女の好物を持っていくって事らしいんだけど。何を持っていけばいいかな?」

「ちょっと待て」


 眉間に皺を寄せた邪田さんが待ったをかける。彼女は不可解な生き物を見る目で僕を見つめる。


「お前はなんとも思わないのか?」

「何がだい?」

「第一の試練とやらを課されてだ。理不尽だと思わないのか?」

「だよねえー」


 邪田さんの横から御手洗さんが合いの手を入れる。


「あんまり言いたくないけど、夢前さん男に貢がせるためにその試練とかを出してるって噂があるんだよ。実際誰一人夢前さんと付き合えてないわけだし、貰うモンだけ貰ってポイ! みたいな? 男子はそれこそお姫様みたいに持て囃してるけど、女子の間では評判悪いよおー。まあ多分僻みも妬みも嫉みもあると思うけど! まあでも、ある意味仕方ないよねえ。あんなに綺麗なんだもん。そりゃ女の子なら誰でも羨ましいよ。あっところで評判悪いといえばライチのことなんだけど」

「?! なんかとばっちりキタっ!」


 継ぎ目の無いマシンガントークを完全に他人事の風情で欠伸をしながら聞いていた若桜君が僕の横でびっくりして仰け反っている。そのまま『若桜君の日ごろの態度が悪い件について』さらにマシンガンを連射する御手洗さんを横目に僕は邪田さんとの会話を再開する。


「理不尽だとは思うよ。なんのかんのいっても僕らと同じ高校生なわけだし」

「………じゃあなんでだ?」

「好きだから」


『――――――』


 僕の簡素な答えに三人が一斉に沈黙する。おや? 僕は何か変なことを口にしたろうか? 


 邪田さんが苦虫を噛み潰したような顔になりつつさらに尋ねる。


「………そもそもお前はあの女の何処が好きなんだ? ほとんど面識も無いだろうに」


 僕の答えは今度も簡潔極まりなかった。


「え? 顔だけど」

『顔かよっ!!』


 うわあ?! 全員から総ツッコミが入ったよ?! 


 僕はほとんど夢前さんの事を知らないんだから、見た目ぐらいしか好き嫌いの判断基準が無いと思うんだけどなあ。一目惚れって多分そういうことだと思うし。それとも他の一目惚れ経験者は一目見て相手の中身まで分かっちゃったんだろうか。それはもはや超能力の範疇ではなかろうか。


「相変わらず正直というか言葉を選ばないやつだなお前は」


 邪田さんが呆れている。その横でパンケーキを刺したフォークを持ったまま御手洗さんがケタケタとウケていた。若桜君はというと、頭の悪い奴を見るような目で僕を一瞥すると「へっ!」と吐き捨てていた。人これを『馬鹿にする』という。


「まあみっきーが本気なのは分かったよ」


 笑いながら御手洗さんが言う。


「そうなるともちろん協力しないわけにはいかないよね友達として!! うはあ?! あたしワクワクしてきたよ!! テンション上がってきちゃった!! もう全力で応援しちゃうよお!! みっきーの恋を応援し隊ここに結成だよ!! いっくぞお! やっるぞお!! エイエイおおおおお!!!」


 ………。御手洗さん、僕の恋をダシにして楽しんでるね?


 結局この後店員さんに「あの、他のお客様のご迷惑になりますので………」とやんわり注意されるまで御手洗さんのハイテンションは続いたのだった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 さて数日後。何故か進路指導室で僕は夢前さんとテーブルを挟んで向かい合っていた。


「はいどうぞ」


 進路指導の女性教諭が僕達に紅茶を出してくれる。


「あっどうも」

「ありがとうございます先生」


 僕達が礼を言うと先生は「いいのよ」と朗らかな様子で答え「じゃあわたしは職員室に戻ってるから帰るときにはちゃんと施錠して鍵を戻しておいてね」といい置いて進路指導室を出て行く。がらがらぴしゃと閉まる扉。


 そして放課後の人気の無い密室で僕と夢前さんは二人っきりになった。うあ。なんか緊張する。


―――事の顛末はこうである。


 友人三人を交えた夢前さん対策会議の結果、まず夢前さんの友人に彼女の好きなものを尋ねてみることになった。


 しかし御手洗さんの調査によりすぐに彼女には特に親しい友人は居ないことが分かった。彼女のクラスメイトも夢前さんの好物など知りはしなかった。一体ほかに誰に聞けばいいんだ? いきなり手詰まりになった僕がその時思いついたのは起死回生の名案だったと思う。それはこんな方法だ。


 彼女の家族に聞く!


 友人達には「お前は本当に馬鹿なんだな」「脳が腐ってやがる」「残念脳だねえ」などと散々な言われようだったが、どっこい事態はこの後思いのほかスムーズに進展することになる。試しに夢前さんにこの方法を提案してみたところ、


「なるほど、ありですね。じゃあ私が母に電話を取り次ぎましょうか?」


 と手ずから母親に携帯を掛けてくれ、僕は夢前さんのお母さんだという女性から電話越しに好物を聞きだすことに成功したのである。後に事後報告したところ、これには友人達も目を丸くしていたね。


 そして今日お昼も食べずに学校から抜け出した僕は夢前さんの好物だというブツをゲット。夢前さんにその旨連絡すると「放課後に進路指導室に来てください」と仰せ使い今に至るというわけだ。


「でもなんで進路指導室なの?」


 ドキドキと胸を高鳴らせながら目の前の彼女に聞いてみる。


 今日の夢前さんは前髪を髪留めで横に流していて可愛らしい丸い額が丸出しになっている。この間は前髪で目立たなかった形のいい眉も良く見えた。こういうのを柳眉というのだろうね。顔は薄化粧しているみたいだけど眉もお手入れしてるんだろうか。


「ここなら落ち着いてお話できますし、水崎先生が紅茶を出して下さいますから。」


 そういうものだろうか。夢前さんはさっきの進路指導の先生………、水崎先生と仲がいいんだな。どういう繋がりなんだろう。少なくともちょくちょくここでお茶してる感じだ。………うーん。まあいいか。それより僕には目下の試練が重要だ。


「………これでいいかな」


 緊張に手を震わせつつ、僕はその箱を机の上に出す。左右に開き、中身を開帳する。瞬間夢前さんの表情が輝くのが分かった。


 僕が持ってきたのは、ムーラン・ア・ヴァンという洋菓子店のイチゴショートケーキだった。夢前さんのお母さんに聞いたので間違いないとは思っていたけど、もしかしたら食べ物ではないのかもとも考えていたので不安だったんだ。でも彼女の表情を見る限り正解のようだね。


 キラキラと瞳を輝かせていきなりケーキに手を伸ばそうとした夢前さんは、じっと彼女の答えを待っている僕に気付くと、はっとした様子で頬を赤らめ、「こほん………」と小さく空咳をした。そしてしかつめらしい顔を作ると、


「うむ。正解だ。良くぞ姫の好物を探し当てた」


 と『エリシア』さんモードで僕を褒めて下さった。


 ありがたき幸せ、―――とか言えばいいのだろうか。まだ僕は彼女のキャラ変についていけない。言葉を捜していると、偉そうにふんぞり返っていた彼女は急におどおどした様子で顔の下あたりで両手の指をコチョコチョしだした。そして上目遣いでこんなことを言い出す。


「あの高かったでしょうこのケーキ」


 うん高かった。僕の小遣いの三分の一がこの二切れで吹き飛んだ。


 ムーラン・ア・ヴァンは高級洋菓子店だったのだ。なんだかフランスの有名洋菓子職人の下で修行したパティシエールのお店なんだとか。


 というか、もしかして夢前さんは高級志向なのだろうか。だとしたらこの先付き合うことになってもちょっと不安だよね。お財布的な意味で。

 などと内心思っている僕の心を読んだわけではないだろうが、夢前さんは言葉を続ける。


「良かったら割り勘にしませんか?」

「うん」


 思わず躊躇なく頷いていた。


「えっ? 割り勘にしてくれるんですか?!」


 夢前さんは自分で提案したくせに驚いている。僕は再び首肯して「そうしてもらえると助かるよ」と加えた。世の中には女子に男子がおごるという習慣があるそうだが僕はそういうのあんまり気にしないしね。二人で出し合えばよりおいしいものを安い値段で食べられるし、デート代だって半分で済む。とっても経済的じゃないか。


 僕の答えに夢前さんは目を丸くし、そして僕をじっと見つめてきた。今初めて僕という人間を認識したみたいな、初めて僕と本当に向き合ったみたいな視線で。


 それから、………ああ、なんてことだ。


 彼女は笑ったんだ。


 それは僕が見た初めての微笑みだった。


 その瞬間本当に心臓を射抜かれたような気がした。鋭い衝撃が胸の中を突き抜けた。くわあああと顔が、次いで全身が火照っていくのを感じる。


 なんだこれ? まただ。またも新感覚だ。彼女と一緒にいるだけで僕は自分が知らない自分を幾つも知っていく。知らない世界の扉がどんどん開いていく。


 これが恋か。


 だとしたら恋は革命だ。自分革命。だって夢前さんに恋する前と今ではきっと僕は違う人間になっている。


 ………変わっていく自分が怖い。


 でも、もっともっと夢前さんを知りたいと思う。もっといろんな表情を見てみたいと思う。そして新たな自分を発見していくんだ。


 僕がまたも惚けている間に夢前さんはかいがいしくケーキを皿に移してくれていた。


 おや? 僕のお皿もあるぞ。少し小さめのケーキだったので二つくらい食べるかなあと思って二切れ買ったのだけど、夢前さんは僕にも分けてくれるつもりらしい。


 さらに彼女は先に言ったとおり丁度一切れ分の硬貨を差し出してきた。僕が「ありがとう」と受け取るとまた嬉しそうな顔をする。僕はもうレンジでチンしたクリームみたいに溶けてしまいそう。


「いただきます」

「いただきます」


 二人で手を合わせてこれも夢前さんが用意してくれたフォークでケーキをつつく。


………うむ。お高いだけあっておいしいな! 最近は甘さ控えめのものが多いけどムーラン・ア・ヴァンのショートケーキはかなり甘めで僕好みだった。でもしつこくは無くて上品な甘さという感じ。とくに優しい口解けの生クリームが絶品だった。夢前さんも「ん~~♪」と蕩けそうな表情でほっぺたを押さえている。実に幸せそうだ。


「おいしいですね」


 キラキラした瞳を細めて夢前さんが同意を求めてくる。


「うん。夢前さんが好物だって言うのもわかるよ」


 僕も笑顔で答えた。幸せだ。今僕は幸せだ。


 しかしそんな幸福な時間もケーキを食べ終わるまでだった。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


 もう一度手を合わせてそれを膝に戻したときには、もう夢前さんの表情は――彼女の笑顔を見た後だから分かる――何処か硬いよそよそしいものに変わっていた。


「………貴様の名はなんと言う?」


 唐突にまたエリシアさん口調になった夢前さんが問う。


「は、鉢伏(はちぶせ)三色(みしき)………です」


 なんとなく丁寧語で返す僕。エリシアモードの夢前さんはなんか妙な威圧感があるのだ。


「そうか」


 夢前さんは重々しく頷き、きりっとした表情で宣言する。


「鉢伏三色。第一の試練合格だ」

「おお!!」


 思わず声が漏れた。やった。やったぞ! 御手洗さんが集めてくれた情報によるとこの第一試練を突破できた人はほとんどいないらしいんだけど、僕はやったぞ!! 


 浮き立つような感覚が全身を包み込んでいく。合格自体ももちろん嬉しいけど、夢前さんが僕を認めてくれたと思えることが本当に嬉しい。


 だけど―――、と僕の冷静な部分が疑問を覚えている。疑問は単純だ。


 僕の一体何処がよかったんだ?


 この試練で夢前さんは僕の何かを測ろうとしたはず。それは僕が自分の恋人に値するかどうか判断するためのものだったはずだ。そして、話によれば夢前さんに告白した人の中には運動部で活躍する先輩や、マイナー誌で読者モデルを務めているようなイケメンもいたらしい。でもその人たちはどうも第一の試練で不合格だったようなのだ。


 女子達がこぞって憧れる彼らより僕が勝っている部分がはたしてあるだろうか? 


………ないな。残念ながら、僕が人に自慢できることなど一つもない極めて平凡な男であることは、僕自身が一番よく知っている。


………それとも判断基準が違うのだろうか? 単に気が合いそうだからとかそういうことなんだろうか? 


 そもそも試練の内容も意味不明だ。好物を買って来させて一体何が分かるんだろう?


 好物を推察する頭の良さを知りたかった? でも僕は彼女自身の母親から答えを聞いた訳だし、そして彼女自身がそれを『あり』だと言っていた。


 経済力を測りたかったという線も彼女が割り勘を提案したことで薄いように思える。


 分からないな。全然彼女の意図が読めない。


 喜びと少しの困惑を覚える僕に構わず夢前さんは言葉を続ける。


「引き続き第二の試練を言い渡す。それは………」


 ―――その内容は驚くべきものだった。





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