第二十一話 僕の答え
「私はずっと一人でした。小学校でも、中学校でも、そして高校でも。理由は私が人見知りで内気で他人とのコミュニケーションが苦手だから。そして多分この容姿のせいなのでしょう」
小さな頃から夢前さんは超絶的な美少女だった。彼女の周りにはいつも讃辞と、嫉妬と、羨望が溢れていた。それは彼女と他人の間に明らかな壁として最初から立ちはだかっていた。
それでも彼女と友達になろうとした者はいた。しかし彼女は自分で言ったとおり内気で、話しかけられてもうまく答えることが出来なかった。返事をしようと焦っているうちに話しかけた相手が他所に行ってしまうこともしばしば。何人もの人間に立て続けに話しかけられたりするともう駄目で、そんなときは黙り込んで俯くことしか出来なかった。
そんな彼女は誤解されやすかった。
「無視された」「お高くとまっている」「馬鹿にしている」。
彼女の態度をそんな風に受け取る者も多かった。同性ではそれはさらに顕著でどんなにクラス替えがあっても夢前さんはあっという間に女子の輪から排除されることになった。
一方男子は小学校高学年ぐらいになり性を意識する年齢になると、誰もが熱烈に夢前さんを想うようになった。このころから夢前さんへの男子たちの告白の嵐が始まった。
しかし夢前さんは戸惑うばかりだった。恋というものがよく分からなかったのだ。好きだと言われてもどうすればいいのか分からない。
夢前さんには彼らの告白を断ることしか出来なかった。
しかし断られた者は多かれ少なかれ彼女に悪感情を抱く。その中でも悪意を持った者は周りの人間に「あいつ顔は綺麗だけど性格は最悪」などと悪口を吹き込んだ。
結果夢前さんの孤立はさらに深まっていった。
学校でおしゃべりするクラスメイトもいなければ、放課後一緒に過ごす友達もいない。話しかけてくるのは自分を好きだという男子ばかり。それも告白を断れば自分を敬遠するようになる。
彼女はいつも一人だった。
やがて日々の寂しさを紛らわすために彼女は本を読むようになる。ページをめくり物語にのめりこんでいる間だけはひと時孤独を忘れることができた。
そんなある日夢前さんは一冊の本と出会う。
それこそが『孤島の王女と賢者の石』だった。
「それは素晴らしい物語でした。青い鳥がもたらした賢者の石は私が欲しくて欲しくてたまらなかったものをあっさりと王女に与えましたから」
それが三騎士だった。当時の夢前さんには家来というものやその忠義というものがよく分からず、三騎士はそれぞれ、頼りになり、陽気で、教養ある、最高の『友達』に思えたのだ。
「でも物語は私が予想もしなかった不本意な結末を迎えました」
僕がインターネット通販で手に入れた『孤島の王女と賢者の石』。その最終ページに書かれていた本当の結末。三日三晩悩んだ末王女はついに結論を出せず、
「三騎士は自ら剣を喉に突き立てその命を賢者の石に捧げた。そしてその代償に王女は王子の愛を得たんだね」
「はい」
夢前さんは苦味の混じった表情でうなずく。
「今ならこの物語が三騎士の自己犠牲を『泣き所』に置いた物語だと理解できます。でも今でも納得できません。どうして王女は友達の命を永遠に失うことと王子の愛を得ることを天秤にかけたりしたんでしょう。私だったら迷ったりしません。友達を犠牲にして恋人を得るなんて有り得ない選択だと思います。だって王子様の愛なんかより友達のほうがずっと大切でしょう?」
問いかけられて僕は答えることが出来なかった。僕はこう考えていたからだ。
もともと居なかったはずの三騎士と、恋する人の愛どっちが大事だろうと。
フォーカスがずれている。僕と夢前さんでは決定的に。
それは多分今まさに彼女に恋している僕と、ただ友達を求め続けている彼女の違いなのかもしれない。
「当時の私にとっては今よりももっと不可解で理不尽な最後に感じられました」
二人の間にある受け取り方の差異に今更のように隔たりを感じている僕に気づかず、夢前さんは語り続ける。
「だから私は三騎士を犠牲にして王女と王子が結ばれるページを破り、私が望む物語の未来を書くことにしたんです」
それが最終ページに貼り付けられた切れ端であり、そして大学ノートに書かれた夢前さんオリジナルの『続きの物語』だったのだろう。
「物語の続きを書くことはとても楽しいことでした。そこではすべてが私の思い通りになるのですから。私は自分がまるで本当に王女になったような気持ちで三騎士と一緒に冒険の旅を続けました。ドラゴンを退治し、海賊と宝物を取り合い、飛空挺で空を駆け、時に喧嘩し、時に笑い合い。私たちは他の誰よりも多くの時間を一緒に過ごしました」
少しずつ夢前さんが自分の話に没入していくのが分かる。夢前さんは自分が書く王女に感情移入しそして同化していったのだ。
きっと三騎士と現実の友人のように会話していたんじゃないかと僕は思う。それ程の思い入れが短い言葉から感じ取れた。僕には夢前さんが妄想の中に埋没していく過程を今ここで見せられているように感じられた。
しかし唐突に夢見るようだった夢前さんは現実の僕を見据えた。
「そのうち私はこう思うようになったんです」
僕とはガラス一枚を隔てた先にあるかのようなどこか無機質に見える瞳。人形めいた桜色の唇が言葉を紡ぐ。
「現実でも私は三騎士に助けてもらえばいいのではないか、そうすれば内気な自分も他人とコミュニケーションが取れるんじゃないかと」
そうして夢前さんは三騎士を学校や日々の生活でも演じるようになったのだ。
それは彼女の言うとおり主に彼女が他人とのコミュニケーションに困ったときに現れる。
思えば僕と二人きりで黙り込んでしまった時や、話の接ぎ穂に困ったときなどに三騎士は現れることが多かった。………まあそれだけじゃないけどね。どうも彼女には三騎士をチャレンジャーに知って欲しいという気持ちもあったみたいだから。
三騎士になりきることで夢前さんは以前よりずいぶんと他人とコミュニケーションをとることが出来るようになった。一種の自己暗示的な効果があったのかもしれない。しかし、そのことは彼女の孤立を解消することには繋がらなかった。
なにしろ彼女に入れ込んでいる僕にとってすら三騎士の人格を演じる彼女は奇妙に映るのだ、他の人間にとってどうかはもはや言うまでもないだろう。コミュニケーション能力が上がったところで相手に敬遠されてしまっては意味がない。
こうして彼女は敬遠や羨望や嫉妬や恋慕、人間のプリミティブな感情に独り晒され続けながら成長していく。
当然のように唯一の『友達』である三騎士への依存は深まっていった。
「でもやっぱり独りで過ごす学校生活は寂しかったんです。一人で食べる昼食も、一人で帰る家路もとても寂しかったんです」
「だから水崎先生に相談していたんだね」
「はい」
彼女が唯一内心を打ち明けていたのが水崎先生だった。先生は生活指導の担当でもあって学校生活における生徒の悩みの相談役だった。
事前に夢前さんの悩みを聞いていた水崎先生は、だから第一の試練のときわざわざ紅茶を手ずから入れ部屋を空けて二人きりにしてくれたんだ。もっとも先生は試練のことを詳しく知っていたわけではないみたいだけど。
僕が先生に尋ねたのはそのことではなく夢前さんの学校での様子だった。
昼休みに教室を覗いたときに見た机に伏せて寝た振りをしていた夢前さん。クラスメイトの女子の彼女に対する態度。先生が明かした夢前さんの現状は僕が予想したより厳しいものだった。
御手洗さんが最初に調べてくれた夢前さんの人間関係。その情報は少し違っていたのだ。『特に親しい友人はいない』とのことだったが正しくは、
『全く友人がいない。それどころかクラスメイトと話すことすら希』だったのだ。
昼食時に一人で居なくなるというのも寂しさや野次馬の好奇の視線に耐え切れなくなったとき水崎先生のところに退避していたということらしい。
………そういえば夢前さんは喫茶店でグレゴリアス・スペシャルを食べたとき「この店は私には敷居が高い」と言ってたっけ。それは仲良し女の子グループばかりの店内に一人で入る勇気がなかったということだったんだね。
―――ここまで調べれば頭の回転が鈍い僕でも夢前さんが本当は何を欲しがっているのか推察することは難しいことではなかった。
夢前さんは声を震わせる。
「私はどうしても友達が欲しかったんです。どうしても! だから………」
言葉に詰まる。その先を続けられない彼女に代わって僕は冷徹に彼女が僕等にしたことを告げた。
「自分に言い寄る男を友達にしようとしたんだね」
「………」
これまでと違って夢前さんは「はい」とは答えなかった。俯いて硬い表情でわずかに口元を震わせただけだった。彼女の喉を塞いでいるのは罪悪感か、それとも別の感情なのだろうか。知る術もない僕はただ淡々と事実を告げていく。
「三つの試練は全て僕達チャレンジャーが友達になってくれそうな人間か試すためのものだったんだ。そして友達になるために夢前さん自身を知ってもらうためのものでもあった」
だから夢前さんは自身の情報を提供することに協力的だったんだ。僕をいきなり母親と話させてくれたのもそのため。本来なら守秘義務があるはずの水崎先生が僕に夢前さんのことを易々と話してくれたのも彼女が事前に話を通しておいてくれたから。
僕はほとんど夢前さんの手のひらの上で踊っていたような気分になる。愉快な気持ちにはなれないね。
………もっとも最近は少し焦っていたんじゃないかな。二十人以上もこんな方法で試して最終試練までたどり着いたのは僕と若桜君ぐらいだったみたいだから。だから夢前さん的に見込みがあると思った僕を今まで誰も通さなかった自室にまで上げてくれたんだろう。今から思えば当たり前だけど、腕に覚えがあることだけが理由じゃなかったんだね。
「少し試練について聞いてもいいかな?」
ずっと疑問だったことを僕は口にする。それは最終結論を出すために気持ちを整理するためでもあった。
「それぞれの試練はいったい何を試していたの? いや友達としての適正だということは分かってるんだけど、どんな基準で合否を決めていたのかが気になってさ」
「そうですね。第一の試練の基準は単純で私と割り勘してくれるかどうかでした」
「そこかあ………。でもどうして?」
「友達同士は支払いを割り勘にするものでしょう? だからです」
うーん。そうとも限らないと思うけど。まあ若桜君たちとは割り勘にすることが多いし、そうなのかもという気もする。
でもじゃあ好物を献上する部分は割とどうでもよかったんだな。だとしたらかなり意地悪な試練だったといえるんじゃないだろうか。僕は抵抗がないタイプだけどあの場合普通割り勘にはしないだろうから。ちなみに若桜君はそういう場合『女に奢らせるか割り勘』と決めているそうだ。なにかと俺様な彼らしい信条だといえよう。
「第二の試練は主に私のことを知ってもらうために用意しました。その………趣味とか、性格とか。あと鉢伏さんが先程おっしゃったとおり一緒に居て私の友達になってくれそうな方か判断するためでもありました」
「なるほどね」
要するに合否の明確な基準はなかったということなんだろう。あえて言うならば夢前さんとのフィーリングということになるか。ある意味第一の試練よりさらに難易度の高い試練だといえるだろう。
まったく。夢前さんが『この人なら………』なんて思わせぶりなことを呟いていたけど、その後に続くのは『私の友達にふさわしいかもしれない』とかそんな言葉だったんだ。舞い上がっていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。
同時に若桜君が第二の試練を通過したのもうなずける。彼は誰に対しても横柄な態度をとるタイプ。たぶんそれは好きな女性に対した時も変わらない。だから逆に夢前さんに友達になれそう認定されたんだろう。
だとすれば僕が合格したのも同様の理由だろうな。僕のことを『私を特別扱いしない』『無愛想』などと評していたのはそういう意味だったんだ。
そして第三の試練は、
「………第三の試練は君が示した答えを汲み取り、君の恋人になることを諦めて友達になってくれるか、僕達チャレンジャーに最終判断をさせるためのものだったんだね。賢者の石を持って来いというのは石自体を望んでいるんじゃなくあくまでその暗喩だ」
僕にとっての残酷な事実を口にする。賢者の石は願いを叶える。夢前さんは第三の試練でただこう言いたかったんだ。
『私の願いを叶えてください』
「そうです………」
夢前さんは呟くように肯定して僕の糾弾の視線に身を硬くし唇を引き結ぶ。
そして一気に弾けた。
「分かってます! 無茶苦茶だって!! 私がしたことがとても酷い事だという事も!! でも! それでも私は友達が欲しかったんです!! どうしても欲しかった!! もう独りは! 独りはいやっ!!」
激情のあまり夢前さんはその大きな瞳にうっすらと涙を浮かべていた。
―――泣きたいのはこっちだ。
君は自分が酷いことをしたと分かっている、そう言ったね?
でも君はぜんぜん分かってないよ。本当には。
だってこの胸の痛みが君に分かるなんて思えない。僕が今どんな気持ちでいるか絶対に君には分からない。
痛いんだよ。苦しいんだよ。悲しいんだよ。情けなくて、虚しくて、泣いてしまいそうなんだよ。
だってこれじゃあ僕の今までの時間はなんだったんだ? 君のことだけを考えて、君のことだけを思って過ごした日々は。
君に告白したときのあの胸の高鳴りは?
君が待ち合わせ場所に来てくれたとき感じたあの安堵は?
君の私服姿に舞い上がったり、カロリーメイトの昼食にがっかりしたり、自室に上がらせてもらってドキドキしたのは、全て、全部、ぜんぶぜんぶ。
僕の空回りだったってことじゃないか。
君は分かってない。全然分かってない。
僕は君の友達になりたいんじゃない。
君の恋人になりたいんだ!
全てはそのためだったって言うのに。
確かに僕たちは勝手に君を好きになって自分の意思で試練に挑んだ。その結果がどうであろうと受け止めなければならない。でも君は試練の目的を偽っていた。それは恋愛どうこうより人と人との約束を破る裏切り行為だ。してはいけないことなんだよ。
今なら若桜君の気持ちが分かる。
『くだらねえんだよ! そんなもんは最初からくだらねえんだ! 意味がないんだよ!! お前らのやってることは全部な!!』
『邪田のいう通りさ。あいつは遊んでいるんだ。ちょっと綺麗な顔をしているからって他人の心を弄んで楽しんでやがるんだよ!!』
もう今の僕は若桜君に反論できない。夢前さんを庇ってあげることが出来ない。それはきっと少なからず僕もそう思っているから。そして、
若桜君にもきっと察しがついていたんだ。夢前さんが何を求めているか。だって彼は僕なんかよりずっと頭の回転が早いんだから。僕でも到達できた答えに彼が至らない訳がない。
だから彼は僕に『お前はあの女のことを好きになれない』と言ったんだ。
それはこういう意味だったんだ。
『お前はあの女を最終的に嫌いになる』と。
それにきっと彼は分かっていながらあのルビーの指輪を渡したんだ。
自分の意思を示すために。夢前さんが好きだと伝えるために。
でも彼女は弁償するなんて言葉でその思いを踏みにじってしまったんだ。
夢前さん。
君は酷薄だ。
どんなに言い繕っても君の行動がどうしようもなくそれを示している。
君は傲慢だ。
生まれついての美貌が君をまるでそれが当たり前かのように驕り高ぶらせている。内気であることには関係なく、君がこの上なく傲慢であることは動かしがたい事実だ。
そして君はどうしようもなく自己中心的だ。
周りが見えていない。君に思いを告げた者達がどんな気持ちだったのか。君を見守る人達がどんな思いでいるのか考えようともしていないんだ。
それに君の妄想のことだ。
君はきっと三騎士は自分とは違う個性だと思っているんじゃないかな。違う人格だと思っているんじゃないか。
違うんだよ夢前さん。三騎士は君だ。
彼らがどんなに意見を口にしているように君が思っても、それは君自身なんだ。
最後の最後で君の致命的な間違いを正すことは三騎士には絶対出来ない。結局のところ君がどうしてもしたいことを止めることは三騎士には出来ないんだ。君は分かっているようでそれが分かっていない。
「………」
理科室に重い沈黙が続いていた。
思いを吐き出した夢前さんは口を開かないまま祈るような表情で僕を見ている。
待っているんだ僕の答えを。でもその表情には諦めの色が濃く浮かんでいるようだった。それも当然だろう。告白した女の子に恋人ではなくただの友達になって欲しいと言われて、頷く男がいるだろうか?
僕は決めたよ夢前さん。傲慢で残酷で酷薄な君に僕が出す答えは、
「分かった。その願い僕が叶えるよ」
………え?
何を言っているんだ? 僕は何を口走っている?
「ほっ本当ですか?」
喜色を滲ませた、しかし不信の色が濃い表情で夢前さんが確認してくる。
僕はそれにも頷いていた。そして決定的な一言を口にしてしまう。
「僕が君の友達になるよ」
そこまで言ってやっと僕は得心した。
ああ。そうか。僕は、
そんなにも夢前さんのことが好きだったのか。
僕は恋人になることよりも夢前さんの傍に居る事を選んだんだ。思考よりも早くもっと奥深いところでとっくに僕はそれを選んでしまっていたんだ。
だって今更に理性が追いついてくる。
なんてことをしてしまったんだ、と。お前はこんなことのために今まで頑張って来たのか、と。
でも仕方がないじゃないか。
好きなんだから。
夢前さんがどんなに酷いやつでも、騙されたと分かった今でも好きなんだから。
恋は病だという。
多分そのとおりなんだろう。僕はおかしくなってしまったんだ。こんな究極的自己中少女のいうとおりにする必要なんかない、さっさと諦めたほうがいいと理性で分かっていても心が、体が、言うことを聞いてくれない。
もちろんこの僕の気持ちに理屈をつけることはできる。
一人ぼっちの彼女が可哀想だから、傍にいてあげたい。三騎士なんて空想に頼らなければいけない彼女をなんとかしてあげたい。そういう気持ちがあることも確かだ。
でも違うんだ。
そんなのは後付けの理屈だ。
僕は結局、もし友達になることを拒んだら、夢前さんの傍に居れなくなるというただ一事だけをきっと今死ぬよりも恐れているんだ。
いつからそうなったのか。たぶん最初からだったんだろう。
あの桜散るバス停で、初めて君を見たその瞬間から、僕の世界は君に向かってどうしようもなく傾いてしまったんだ。
―――ただ、それでも譲れない一線はあった。
「夢前さん、僕は君の友達になる。でもそれには条件があるんだ」
「条件?」
「うん。その条件を受け入れてくれたら僕は君の友達になる」
夢前さんの不信が強くなる。何を言われるのかと彼女が身構えるのが分かった。
恋は戦争だという。
その戦争に夢前さんが勝ち、僕は敗れた。だからだろうか、僕はまるで彼女の臣下であるかのように膝を折り、胸に手を当てていた。
「僕はこれからどんなことがあっても君の味方でいる。君が望むならいつでも、どんなときでも君の傍に駆けつける。もう二度と君に寂しい思いなんかさせない。だから―――」
「僕が君を好きでいることを許して欲しい」
そこだけは譲れなかった。例えこれから彼女の友達になるのだとしても、この『彼女を好きだ』という思いだけは無くすわけにはいかない。消すことなんか出来るわけがなかった。
僕の言葉を聞いた彼女は、
ポロ ポロ ポロ
涙を零した。
「ごめんなさい、鉢伏さん」
透明な涙が沈む太陽の最後の光を受けて宝石のように輝きながら、ゆっくりと彼女の白い頬を伝っていく。そして、………ああ、僕は一生この光景を忘れることはないだろう。
「ありがとう!!」
彼女は笑顔になったのだ。
それはいくつもの感情が入り混じった酷く歪で不器用で、だからこそ見るものの心を揺さぶり捉えて離さない、明け透けな裸の笑顔だった。
―――こうして僕、鉢伏三色と夢前美跳は友達になった。




