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第十八話 隔絶

 夢前さんに部屋を追い出された僕は、そろそろお暇しようと階段を下りていたのだが、


「ねえねえ押し倒したっ?!」


 何故か階段の下で目をキラキラさせながら待ち受けていたのびるちゃんに捕まってしまった。


「え? いや」


 戸惑う僕の手をとりのびるちゃんは「まあまあまあまあまあ!」と僕の背を押してキッチンまで移動させてしまう。そこでは娘と同じようなキラキラアイの止さんが僕の分の紅茶まで用意して準備万端待機しているのを見て、僕はこのイベントが不可避のものだと悟る。仕方なく席に着くと、


「ごめんなさいね。美跳は初心だから。でも無理矢理は良くないと思うの」


  初心? 無理矢理? 何かおかしな誤解が発生しているような。


「あのお? 押し倒してませんし、そもそも何をおっしゃっているのか分からないんですが?」


 僕が問いかける止さんとのびるちゃんはそっくりの口調で「あら?」と呟いた。


「そうなのお兄さん? 二階からすごい音がしたからてっきりお兄さんがお姉ちゃんに迫った挙句投げ飛ばされたんだと思ってたのに!」


 すごい誤解をされていた。


「据え膳も食わないような顔をして、案外肉食系だったのねってのびるちゃんと感心してたのに」


 さらにはおかしな感心をされていた。僕は慌てて弁明。


「いやいやいや! ちょっと悪戯したら当身を食らっただけですから!」


「………ほほう? 悪戯を………」

「悪戯をして当身を………」

「性的悪戯をして当身を………」

「初めての美跳ちゃんに強引に性的悪戯を………」


 あれ?! 弁明したらさらに誤解が深まっていくよ?! 夢前さんのご家族がものすごい半眼にっ!


 ………それから二人の誤解を解くのに僕は十分の時間を要した。


 というか僕は今、性犯罪者と真人間の瀬戸際にいたんじゃなかろうか。なんか二人とも携帯を手に持ってたし。通報? 通報されそうになってたの? ぞっ!(今更ながら総毛立つ)


「それにしてもあの子が部屋に男の子を入れるなんてねえ」


 僕にクッキーを勧めつつ止さんが呟く。僕はクッキーを頬張りつつ、夢前家の人々と関わると何故か摂取カロリーが高くなるなあと思いながら、「そんなに意外ですか? 夢前さ………、美跳さんもお年頃でしょうに」と親戚のおっさんみたいな台詞を述べる。


「う~ん。お姉ちゃんは昔から変わってるから」


 首をひねりつつのびるちゃんは苦笑する。


「変わってる?」

「うん。なんかあんまり男の子に興味がないみたいな。それどころか他の人に興味がないみたいなところがあるから」

「そっ、そうかな? そんなことないと思うけど」


 他の人に興味がない人が試練なんてものを告って来た男子に課すとは思えない。僕はのびるちゃんの発言に異議を唱えたいが、確固たる反論の言葉は出てこない。家族であるのびるちゃんに抗弁するには僕は夢前さんを知らなすぎる。


「他の人に興味がないというか、あの子は自己完結してるのよねえ」


 止さんまでそんなことを言い出す。


「自己完結って………」


 思わず批判的な視線を向けてしまう僕に止さんはひらひらと手を振りつつフォローを加える。


「別に悪い意味で言ってるわけじゃないのよ? ただあの子はなんていうか完成されていると思うのよ」

「完成?」

「うんうん。それ分かるなあ」


 のびるちゃんが盛んに頷きつつ同意を示す。


「お姉ちゃんは昔からそうだったの。いつも一人でいたの。いつも一人で平然としてたの。きっとお姉ちゃんに他人は必要ないんだよ。のびるやお母さんには足りてないところが在ってそれを他人と関わることで補ってる。でもお姉ちゃんはお姉ちゃんであるだけで完成されてる。だってあんなに綺麗で綺麗で綺麗なんだから。だから他人と関わる必要がない。つまり―――」


 のびるちゃんは確信を持って断言した。





「お姉ちゃんは特別なんだよ」





「………」


 僕は言葉もない。


 なんだこれは。

 なんだこの隔絶は。


 夢前さんと家族にはどうしてこんなに距離があるんだ。あんなに仲が良さそうだったのに、本当は仲違いしているのか?


………いや、違う。そうじゃない。この感覚に似たものを僕は感じたことがある。


 止さんが呟いた次の言葉で僕は確信した。


「そうね。私あの子が宇宙人みたいに思えることがあるの」

 これは不理解。


「何を考えてるのか分からない。何をしたいのか分からない」

 ただの不理解だ。


 何かとエキセントリックな夢前さんは家族にとってすら理解不能なんだ。それが距離になっている。


「あんなに綺麗に生まれてこなければもう少しあの子のことが分かったのかしら」


 止さんは寂しげに呟く。のびるちゃんも同じような表情でクッキーを食べもせずにいじっていた。


 自己完結している。完成されている。特別だ。そのどれもが夢前さんに対する止さんとのびるちゃんの不理解から生まれたレッテルだ。


 でも僕はそれを批判するつもりはない。


 例え家族であろうと別個の人格を持った人間を完全に理解することなど出来ない。

 僕は父との幾度もの話し合いでそれをすでに学んでいる。大事なのは、


「それで、止さんとのびるちゃんはどうしたいんですか?」

「え?」


 俯きがちになっていた止さんが顔を上げる。僕はおせっかい、というか高慢な物言いだと思いながらももう一度問いかける。


「このままでいいんですか?」

「よくないよっ!」


 劇的に反応したのはのびるちゃんだった。


「のびるはもっとお姉ちゃんと話したいのっ!! お姉ちゃんとお買い物とかも行きたいのっ!! それでお姉ちゃんにとって何が嬉しいのか何が悲しいのか知りたいのっ!! でもお姉ちゃんはいつも家では部屋に閉じこもってて、出かけるときもなんか一人で神社とか行ってるみたいだし、のびるのことなんかお構いなしで一人だけで楽しそうでのびるとなんかほとんど話してもくれないんだもん!! もー、ばか!! おねえちゃんの馬鹿おたんちん!!」


 癇癪を起こしてキー! とモンキー化しているのびるちゃんをよしよしと止さんがなだめる。そして自身も呟いた。


「そうね。私ももっと美跳ちゃんと遊びたいわ」


 そうか。


 僕は一人で頷いた。

 それなら大丈夫だ。


「美跳さんにもそう言ってあげて下さい。何度でも」


 大事なのは理解しようとすることを諦めないこと。続けることだ。完全に理解できなくても止めないことだ。そうだ偉そうに述懐している僕だってそれを継続している最中なんだから。


「何度でも………」


 反芻するように僕の言葉を口の中で繰り返した止さんは何か吹っ切れたような笑顔を見せた。


「そうね。多少ウザがられてももう少ししつこくしてみましょう」


 そしてフフッとおかしそうに笑う。


「鉢伏さんは変わった方ね。初対面なのになんだか愚痴りやすくて思わず長女をディスっちゃったわ」

「のびるも思わずおねえちゃんをディスっちゃったよ」


 アハハハハー、と笑いあう親子。傍目には微笑ましい光景だろうが僕的にはちょっとイラっと来るんですけど。


「あなたは他の人が敬遠するような正論を真正面から言える人なのね」


 止さんの感想にのびるちゃんがうんうんと同意する。


「でもそういう人って集団の中にいるとハブにされちゃうんだよね。………お兄ちゃん友達少ないでしょ?」


 そこは放っておいてくれないかな!! あとその哀れな生き物を見る視線もやめてもらいたい! 小学生に同情される僕っていったい何なの!


「ふふふ。でもね私思うのよ」


 止さんは微笑みながら言う。


「鉢伏さんのような方があの子の傍にいてくれればいいなって。そうすればあの子も………」


 あの子も、なんだったのだろう。止さんはそれ以上言葉を続けようとしなかった。それっきりキッチンに沈黙が下りる。それぞれに何か思うところがあるというような深い沈黙だった。


―――ぼちぼち潮時だろう。


 僕は「それじゃあそろそろ帰ります」と席を立つ。最後にこれだけはと言葉を残した。


「僕もそうなりたいって心から思っていますよ」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 夢前家からの帰り道。


 僕はバスのつり革につかまり振動に身を委ねながら夢前さんの最終試練について考えていた。


 僕は片方の手のひらを開いたり閉じたりしながら、目に見えない手応えみたいなものを感じていた。

 ピースが集まりつつある。その手応えだ。


 夢前さんと過ごした時間。夢前さんのために費やした時間。その中で少しずつ僕の手の中にそれは形を成し始めている。


 おそらく後数ピース。それさえ嵌め込めばこのパズルは完成する。僕はこのパズルにどんな絵が描かれているのか知ることができる。


でも。


 何故だろう。僕には僅かの躊躇いがあった。


 本当にこのままこのパズルを完成させていいのか。


 おかしな話だ。僕はそれを知るために今まで頑張ってきたというのに。

 夢前さんのことを知りたいがために。知って、そして彼女と一緒にいるために。


 ………失敗するのが怖いから?


 それもある。パズルの組み立てに失敗し最終試練を乗り越えられなかった場合、僕は夢前さんの知り合いですらなくなってしまうのだから。もちろんそれは恐ろしい。立ちすくんでしまうくらいに怖い。


 でもそれだけじゃないんだ。


 それは漠然とした予感。


 例え試練を乗り越えたとしても僕は夢前さんにたどり着けないのではないか? 


 そんな予感がするのだ。


 それに若狭君のあの言葉。


『お前はあの女を好きになれない』


 あの言葉がまるで影のように僕の後ろをずっと付いてくるのだ。


 ―――馬鹿馬鹿しい! 

 僕は不安を鼻で笑い飛ばそうとする。


 そんな訳がない。この試練は夢前さんが恋人を選ぶためのもの。試練を乗り越えることが出来れば僕は晴れて夢前さんと恋人同士になれるのだ。


 そして僕はその目標まで後一歩のところまで迫っている。ここまで来たら迷う必要なんて一切ない。目穂に向かって突き進むだけだ!


………その、はずなのに。


 どんなに言い聞かせても僕の胸の中にくすぶる不安はどうしても消えてくれないのだ。


 まるで青空の向こうに(わだかま)る黒雲のように………。





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