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第一話 夢前美跳

 入学式の日に彼女を見た瞬間から、僕は本当に彼女の事しか考えられなくなった。


 一時は夢の中の存在かと思われた彼女は翌日思い返してみるとやはり現実の人であり、ついでに言えば我が一豪高校の女子制服を着ていた。要は同じ高校に通う生徒だったのだ。


 そこで朝教室に入るなりクラスメイトに彼女の特徴を話してみると、誰もが「ああ! あの超絶美少女ね!」という反応。


 すでに彼女の存在は校内に知れ渡っており、およそこの学校に彼女の事を知らない人間は居ないのではないかと思われるほどだった。だから彼女が『夢前美跳(ゆめさきみはね)』という名前であることもすぐに分かった。あれほどの美少女でありながら未だに彼氏が居ないことも。


―――もちろん僕はすぐさま彼女にコンタクトを取った。

「夢前さん! 僕とお付き合いしてください!!」

「まあ素敵!! もちろん!!」

 僕達はすぐに仲良くなり多くの楽しい時間を共に過ごし、ついにプロポーズ!

「夢前さん僕と結婚してください!!」

「まあ!! 私もあなたと結婚したいと思っていたの!! 喜んで!!」

 こうして新婚生活を始めた僕達。手料理、エプロン、「あ~ん」そしてお出かけの




三色(みしき)キモい」




 唐突に夢前さんが僕に暴言を吐いた。長く伸びた前髪のあいだから半眼に据わった切れ長の瞳が僕を睨んでいる。なんてこと!! 僕はいつの間にか夢前さんに嫌われてしまったのか?! あんなにラブラブだったのに?! 強烈な悪寒のインパルスが僕を貫くが、


「おおおい!! みっきー戻ってこおおいい!!」


 ガクガクと肩を、というか全身を斜め向かいから揺さ振られてはっとする。よく見てみれば目の前にいる彼女はとってもグラマラスじゃないか!! 僕の夢前さんはこんなに巨乳じゃない!


「酷い! 僕を騙したね?! 君は()()さんじゃないか!!」

「死ね」


 氷点下の言葉と共にばしっと頬を張られた。平手打ちというやつだ。その痛みで僕は夢から覚めたような気分になる。頬をさすりながら呟いた。


「痛いじゃないか邪田さん」

「目が覚めたか? まだ覚めてないというなら指を目玉に突っ込んで眼球を引っこ抜いてやってもいいが。そうすれば痛みで目が覚めるだろう」

「目が覚めるというか大惨事だよね」


 不機嫌そうな邪田さんは僕の目の前で危険なチョキを作ってみせる。誰だコレをピースサインなんて名付けた奴は。全然平和的じゃないぞ。


「てめえがぼーっとしてやがるからだろ。本当におかしいぜ最近のてめえは。はっきり言って病んでやがるぜ」


 これまた酷いことを言う若桜(わかさ)君。それでも平手打ちしたり、目玉を摘出したりすることは無いと思うんだ。もっと平和的な方法があると思うんだ。


「だよねー。宿題は忘れるし、教科書は忘れるし、授業は上の空、体育ではよそ見して女子の列に突っ込み変なとこを触ったとか言われてフルボッコにされるし、道を歩けば車に轢かれかけ、犬が歩けば棒に当たる。あっ最後のはことわざだっけ? あはははは!! でも犬が歩いてても棒になんか当たらないよね。そもそも当たるってどういう当たるなんだろ? 空から棒が降ってきて当たるのか、地面に突き立ってた棒にぶつかるって意味なのか。これはなかなか興味深い考察だと思うんだよね。みっきーはどう思う?」

 知りません。


 さながらマシンガンのようにしゃべりまくる御手洗(みたらい)さんをいつも通りスルーして僕は改めて現状を認識する。


 今は夕方。六時間の授業とロングホームルームを終えた放課後。場所は学校近くの喫茶店『喫茶風見鶏』。少しすすけた感じの店内、一番奥まった場所のちょっと狭い四人席にぎっちりと僕とその友人が座っている。


 そうだ。今日はここに夢前さんに告白した件で事後報告と相談をしようと三人に集まってもらったのだった。状況が一歩前進したことに浮かれてまた幸せの桃色時空を漂ってしまったではないか。


「んで、どうだったんだ?」


 興味なさそうにブルーマウンテンを啜りながら若桜君が聞いてくる。


 若桜来(わかさらい)それが彼の名前だ。


 一豪高校において僕の現状唯一の男友達で、スポーツ刈りというには長い茶髪で美形と言うよりは男前という感じのイケメン。百八十センチ半ばの身長、筋肉質な体の印象通りスポーツマンで、本人が言うには一年春にしてすでに野球部のエースなのだそうだ。


「うん。一応第一の試練には入れたみたい」


 僕が答えると斜め向かいの席に座った御手洗さんが歓声を上げた。


「やったじゃん!! いやあ、あたしはもしかしたら試練にも入れずに門前払いを食らうかもとか思ってたんだよ。だってみっきーって不細工でもないけど全然美形じゃないじゃん? 相手はあの超・絶・美形!!の夢前さんだからさあ、告白するほうにもそれなりの美形度が求められるんじゃないかなあって!! あっ?! でもあたしはみっきーの顔結構好きだよ?! えーとあれだうーん鼻の辺りが昔飼ってた亀に似てる!!」


 フォローになってないフォローを入れてうんうんと独り頷いているのは、御手洗(みたらい)椿女(つばめ)さん。


 僕の数少ない友達の一人で、ショートカットを赤みがかった茶髪に染めた女の子だ。可愛らしい奥二重の瞼、好奇心旺盛な子猫のようにキラキラと輝くライトブラウンの大きな瞳が印象的で、スタイルも結構良いのだが色っぽいというよりは健康的なイメージ。


 とにかくよくしゃべり、よく笑い、ついでに良く食べる。今も会話の合間にでっかいパンケーキを冬眠前の熊のような勢いで貪り食っている。そんなに食べて夕ご飯には差し支えないのだろうか。


「はん! 何が第一の試練だ。ふざけている。一体何様のつもりだ。あの女は今すぐに生皮を剥いで日干しにすべきだ」


 プレデター張りの猟奇発言で皆に引かれているのは邪田括子(やたくくるこ)


 彼女も僕の友人でマットブラックと表現したくなるような光を反射しない黒髪が僕の前で揺れている。膝裏まである長い髪は前髪も長くて目はその隙間から見える感じ。長い睫毛が縁取る切れ長の瞳はカラーコンタクトで緑に光っている。


 病的なほど白い肌を持つ和風美人なのだが、カラコンのせいか彼女の放つ独特の雰囲気のせいかちょっと浮世離れして見える。


 すでに空になった紅茶のカップを前に、むっつりとした表情で腕を組んでいるせいで制服の下の大きな胸が無意識に強調されている。今はテーブルの下に隠れている太股もむっちり肉付きがよく、いわゆるグラビアアイドル体型だ。何を食べればこんなふうに育つんだろうね。


「まあそういわずにまた知恵を貸してよ。何しろ僕は初恋だからさっぱり要領が分からないんだ」


 半数以上がやる気ナッシング! という状況に僕は顔の前で両手を合わせて友人達を拝み倒す。


 言葉通り僕にはこれからどうしたらいいのか分からないのだ。


 唯でさえ初恋。そして相手はよりによってあの『傾学の美少女』夢前美跳なのだから。この友人達の助言がなければ僕はそもそも告白さえできなかっただろう。


 そう繰り返しになるが、僕はすでに彼女への告白を済ませている。あの運命の出会いから二ヶ月が経っていた。


 その間の僕ときたら御手洗さんの言うとおり酷いものだった。


 いやたぶん今も十分酷いのだろう。とにかく夢前さんのことで頭がいっぱいで教室に居てもグラウンドに居ても自分家に居ても彼女の事が頭から離れないのだ。


 夜はぐるぐると空想を巡らすあまり眠れないし、食事も喉を通らない。まったくもって病んでいると若桜君が言うのももっともな有様だ。


 このままではいずれ体を壊すか心を壊すかして高校生活からドロップアウトしてしまう。


 そこで困窮極まった僕が頼ったのは気が合ったと言うか余ったもの同士つるんでみたと言うか、とにかく何となく友人同士になったこの三人だった。こういう話題を家族に振るのは抵抗があったしね。


 そうそう、相談したときの御手洗さんの言葉が印象的だったんだよね。


『そんなに好きなら告白すればいいじゃん』


 全くその通りだった。今まで何故思いつかなかったのだろう。彼女のあまりの美しさにそんな普通の手段が通じる相手だとさえ考えられなかったのか。


 ともかく彼女に恋した他の男供はすでに告白を敢行しており、そして全員がめでたく討ち死にしたとのことだった。しかもそのフラれ方がかなり変わっているらしく、………そうだね。ここから少し、僕が告白したつい先ほどを回想してみることにしようか。そのほうが分かりやすいと思うし。まあ冒頭では見事に失敗して桃色空間に囚われてしまったのだけど。


 ともかくレッツ回想!!




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




―――なんて美しいんだろう。

 学校の安っぽい蛍光灯に照らされていてさえ彼女の周囲だけがスポットライトを浴びているかのように煌いている。


 ここは放課後の人気の無い理科室。わざわざ理科の授業の後片付けを買って出た僕は、下駄箱に投入したラブレターによってまんまと夢前美跳を呼び出すことに成功していた。この古典的な方法を提案したのは我が友人邪田括子さん。文句を言いつつも一番真剣に僕に助言をくれたのは彼女だった。感謝!


 ………しかしだ。せっかく二人きりになれたというのに肝心の僕はといえば、


「――――――」


 彼女を前にして棒立ち、であった。誰に命じられたわけでもないのにキオツケの体勢で、である。もういっそ誰かに自慢してやりたい。僕のこの緊張具合を。強張り具合を。ほうらカッチカチだぜ!! ってな具合に。


 それというのも彼女が悪いのであった。だって、


 だって彼女は美しすぎる。


 腰まである艶々と輝く上等の絹みたいな黒髪。見てごらん。彼女の頭部には天使の輪っかが出来ている。その源が蛍光灯のちんけな光であろうとそのヘイローの価値が変わろうはずもない。正しくマジ天使であった。


 睫毛はこっくりと長い。そして、ああ、まただ。その睫毛の影を僅かに映す星空を閉じ込めたように深くキラキラと輝く大きな瞳。あれは星屑の海への扉。吸い込まれそうになって僕は寸前で踏みとどまる。


 彼女の瞳から逃れるように移した視線が捉えるのは白磁の肌。染み一つ無いその頬。もちろんにきび痕なんか微塵も無い。ミルクを溶かしたみたいな柔肌は本当に僕と同じ元素で出来ているのか疑わしいほどだ。


 桜の花びらのように小さく薄い唇、卵形の顔の輪郭。あの細い顎はどうだ。あの完璧なカーブは。まさに神の仕業としか思えない。


 身長は女子の平均より少し低いぐらいだろうか。手も足も細く長く比して体つきも華奢だ。腰などは抱きしめたら折れてしまいそうなほど。スレンダーだ。スレンダー美少女だ。おっぱいも小さめだしね。


 こんな女の子を前にして平凡な、平凡すぎる僕が何を言えるだろうか。萎縮しても仕方ないのではあるまいか。


 しかしここで固まってしまうわけにいかないのだ。僕に知恵を貸してくれた友人達。そして何より僕自身のために。このままでは僕は恋愛編重のあまり社会生活を営むことさえ危ういのだ。


「あの」


 向き合ったまま微動だにしない僕に焦れたのか、ついに夢前さんのほうから声を掛けてきた。………彼女の声を初めて聞いた。まるで鈴の音のように澄んだ可愛らしい声だ。


「大事なお話があるということでしたが」


 夢前さんは少しゆっくりとした口調。丁寧な話し方に僕の好感度が上限を超えてまた上がる。


「ごっ、ごめん」


 僕は慌てて居住まいを正し、ぐびっと一つ唾を飲むとやっとその言葉を口にした。




「夢前さん初めて君を見たとき君の事を好きになりました。僕と付き合ってください!!」




 ちなみにこの文句はプレゼンテッドBY御手洗椿女さんだ。こういうときはストレートなほうがいいんだそうな。


 そんな僕の告白を聞いた夢前さんは、


「………」


 無言だった。その表情は一言で言えば『困った』顔。駄目か。僕が絶望に打ち据えられそうになった瞬間、


「ふん!」


 僕の耳に届いたのは鼻で笑ったみたいな音声だった。いや本当に鼻で笑ったのだ。誰が? もちろん夢前さんだ。ここには僕と彼女しかいない。さらに彼女は、


「貴様のような凡俗が我が姫と近づきになりたいとは片腹痛いわ!!」


 と僕を罵倒する。


 『貴様』に『凡俗』。さらに先ほどの丁寧口調が嘘のような荒々しい………、というか武士みたいな口調。まるで人が変わったみたいだ。


 彼女の突然の変貌に僕はやはりショックを受けていた。でも多分それは通常の半分ぐらいの衝撃だ。僕はすでに夢前さんについて妙に事情通だった若桜君から彼女の情報を得ていて心構えがあったから。そうじゃなければ卒倒していたかもしれない。それでもリアクションを取れずに硬直していると、


「あ、あのう。聞いてます?」


 夢前さんはおずおずと僕に尋ねてきた。一転気弱な様子で。


「あ、ああ、うん、聞いてるよ」


 僕がドモり気味に答えると「そうですか」とほっとした顔を見せ、また一転尊大に腕を組む。ちなみに彼女が腕を組んでも胸が強調されたりはしない。邪田さんとはだいぶサイズが違うみたいだね。


「だが姫は慈悲深きお方。貴様にチャンスを与えると申しておられる」


 来たね。これも若桜君の教えてくれた通りだ。


 ばっ


 部下に命じる騎士のような仕草で夢前さんが前方の空間を凪ぐように腕を振りかざす。




「姫の好物を持って来い!! もし正しい品を献上出来たならば、姫を守護する『三騎士』の一人、このエリシアが司る第一の試練を乗り越えたとみなす!!」




 ………そうだ。これこそ夢前美跳という絶世の美少女に未だに彼氏が居ない理由だった。妙に物知り顔で若桜君が教えてくれたとおりだ。


 彼女は告白してきた男に試練を課すのだ。しかもそれは第三の試練まであるという。


 一体何様だという話だが、この試練に挑んだ男はこの二ヶ月間で二十人を下らないらしい。物好きというより、どんなことをしてでも夢前さんと付き合いたいという男がどれだけ多いかの証左だろう。


 一方夢前さんも不思議なことに告白してきたどんな男もすぐに振ったりせず必ずこの試練を課すのだそうだ。不可解だよね。選り好みしているのかそうじゃないのかまったく分からない。


 さてここまで彼女の課す試練について僕が若桜君から知りえた情報を語ったわけだけど、皆さんも気になっているであろう夢前さんのあの急激なキャラの変化についても説明しよう。それは試練とも密接な関係があるのだ。


 彼女はあの丁寧口調の主人格、そしてエリシアと自ら名乗った第二人格の他さらに二つもの人格を持っている。性格の異なるその人格達は主人格を『姫』と仰ぎその身を守る『三騎士』を自称し、それぞれ第一から第三までの試練を司る………、という設定らしい。


 そう設定。彼女はいわゆる多重人格性障害者ではない。自覚的にキャラクターを演じているだけの女の子なのだ。どうだめんどくさいだろう。その証拠に、


「あ、あの」


 偉そうに僕にお使いクエストを命じた直後、おどおどとこう口にするのだ。


「嫌だったら全然かまいませんので。といいますか、私なんかのためにあなたの時間を無駄にしないでください。それでは失礼します」


 ………難物。


 僕が初めて好きになった女の子はメタルキング並みの硬度を誇る難物だった。






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