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第十七話 孤島の王女と賢者の石

『孤島の王女と賢者の石』。それはこんな物語だった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ある国に美しい王女がいました。


しかし王女は姉にその美貌を妬まれ、身に覚えのない罪を着せられて、国から遠くはなれた孤島にある古ぼけた塔に幽閉されてしまいました。


 誰も知る人の居ない塔の一室に閉じ込められ、無愛想な看守は話しかけても返事一つしてくれません。王女は寂しさと悲しみに泣き暮らす毎日を送っていました。


 そんなある日王女の暮らす部屋の窓に一羽の青い鳥がやって来ました。その鳥は不思議な鳥で、なんと人間の言葉を話すことが出来たのです。


 鳥は王女に問いかけました。


「どうして君はいつも泣いているんだい?」


 鳥が人の言葉を話したことに驚きながらも王女は答えます。


「私は一人が寂しくて泣いているのです」

「そうかい」


 それだけ話すと鳥はどこかに飛んでいってしまいました。王女は久しぶりに出来た話し相手をすぐに失いまた泣き暮らします。


 しかし、一月ほどが経った頃再びあの青い鳥が現れました。見るとくちばしに小さな赤い石を咥えています。


「これは君のどんな願いも叶えてくれる賢者の石だよ。さあ君が望むことを願ってごらん」


 王女は青い鳥に言われたとおり石を手に取り願いました。


『どうかこの島の外に出られますように』


 するとどうでしょう。


王女はいつの間にか見知らぬ森の中に立っているではありませんか。


「これでわたしは自由だわ!」


 喜ぶ王女でしたが、その喜びは束の間のものでした。


 ここは誰も通らない深い森の中。王女は何処へ行けばいいのかすぐに途方にくれてしまいます。

そのうち森に夜が訪れ、大きな木が立ち並ぶ闇の中から二つの光る瞳が現れました。


 狼です。


 狼は獰猛なうなり声を上げて王女に近づいてきます。王女を食べてしまおうとしているのです。

 王女は恐ろしさに震えながら手の中の石に一心に願いました。


『誰かわたしを助けて!』


 するとどうでしょう。


 手の中の石が光ると、目の前に立派な鎧を身に着け、手には鋭い輝きを放つ剣を持った美しい女騎士が現れたではありませんか。


「私にお任せください」


 騎士は頼もしい声でそういうと、あっという間に狼を切り伏せてしまいました。


「ありがとう! あなたのお名前は?」

「エリシアと申します」


 名乗るとエリシアは王女の前に跪き騎士の礼をとりました。


「王女様。今このときから私は王女様を守る剣。いつでもお傍に居てあなたをどのような難敵からもお守りいたします」


 エリシアに守られて王女は森を出ることが出来たのでした。 



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「エリシア………」

 僕は思わず呟いた。夢前さんに目を遣ると彼女は慌てた様子で目を逸らした。しかしその頬も耳も真っ赤なのは隠しようがない。どうやらこの本を読まれることは、彼女にとってとても恥ずかしいことらしい。


 それでも夢前さんは『孤島の王女と賢者の石』を読むことを僕に許してくれた。

 その意味を考えながら僕は物語をさらに読み進めていく。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  

 それからも王女は困ったことがある度に赤い石に願った。


 お金がなくて宿に泊まれなかった時にはダリアが現れて、その色香と舌先三寸で宿の主人を言いくるめただで泊まらせてもらった上、路銀までせしめてしまう。


 塔に閉じ込められていたため世の中のことを何も知らない自分を嘆いたときには、エノクが現れどんなことでも教え、正しい方向へ導いてくれた。


 しかし賢者の石の不思議な力は三人の騎士を呼び出したことで弱まり、叶えられる願いはあと一つになってしまう。それも叶えるにはある代償が必要だとエノクは王女に教える。


 三騎士の力は絶大であらゆる困難を撥ね退け、王女は旅を続けていく。


 目的地はない。


 最後の力を使えば姉を倒し母国に帰ることも出来たが、王女はそんなことのために賢者の石を使いたくなかったのだ。


 王女のただ自分の居場所を探すためだけの旅は続いていく。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

 そんなある日。


 王女は恋に落ちました。


 相手は異国の王子様でした。隣国との戦いに勝った際に行われた戦勝パレードの列に居た彼を一目で好きになってしまったのです。


 しかし王女はいまや一介の旅人。相手は多くの騎士や兵士に守られ、厳重なお城に住む王子。三騎士ですら王女を王子に会わせることすら出来ませんでした。


 思い悩んだ末王女はついに賢者の石の最後の力を使うことにしました。


 しかしその代償は三騎士の存在そのものでした。


 願いを叶えれば、今までどんなときも傍に居て助けてくれた彼女達はこの世から永遠に消えてしまいます。


 王女は三日三晩悩みに悩みました。


 そして―――



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 そこで僕が手に取った孤島の王女と賢者の石の物語は終わっていた。


 何故ならそこから先は誰かの手によって破かれていたからだ。そしてノートを切り取ったと思われる紙が次のページから貼り付けられていた。


 そこに綴られた拙い文字は、王女は王子を諦めたと記していた。


―――王女にとって三騎士は王子様より大切な存在だったのです。王女はそれからも旅を続けていくのでした。


「………」


 読み終えて僕はしばし『孤島の王女と賢者の石』の表紙を眺めてしまう。


 物語自体の感想としては、ありがちなおとぎ話だったな、といったことしか浮かんでこないが、僕にとってこの本はそれ以上の『意味』があった。なにより破られたページ、貼り付けられたノートに書かれた結末は何を意味するのか。


 僕がアマゾンで取り寄せた本当の『孤島の王女と賢者の石』の結末。そこにはいったい何が書かれていたのか。


 そこに最後の試練を攻略する大きなヒントが隠されている気がする。


「うーん………、ん?」


 考え込みながら本を棚に戻すとき、また僕の視界に異質なものが映った。しかし今度は本ではない。この本棚の一番下、大きなパズル・ピース画集に隠れて目立たない場所に十冊程の分厚い大学ノートが収められていたのだ。それだけなら僕の意識の端にも引っかからなかっただろうが、その背の部分にはこんな文字が書かれていた。


『ドラゴンと王女と三人の騎士』。


 他にも、


『海賊と王女と三人の騎士』

『魔王と王女と三人の騎士』

 etc………


 都合十篇の王女と三人の騎士シリーズが並べられている。大学ノートに書かれているそれはもちろん『孤島の王女と賢者の石』の正式なシリーズではないだろう。


 これは明らかに夢前さんが書いた『孤島の王女と賢者の石』の続きだ。


 ………ふむ。ならばこれも調べねばなるまい。というか夢前さんの書いた物語がどんなものか単純に読んでみたい。


 僕が手作り感満載のその続編を手に取った瞬間。




「ふわわわわわっ?! 駄目です!! 見ちゃ駄目ですうううう!!!」




 今まで見たことがないほど取り乱した様子の夢前さんにノートを奪い取られてしまった。


「………」

「………」


 しばし見詰め合う僕達。夢前さんは湯気を噴出しそうなほど顔を真っ赤にしている。


 ………ふむ。


 スッ。

 僕は何気ない仕草で他のノートに手を伸ばす。


「ふわわわあああ!!」

 夢前さんにまた奪い取られる。


 スッ。

 懲りずにまた僕はノートに手を伸ばす。


「いやあああああ?!!」

 また夢前さんに奪い取られる。


 うん。慌ててる夢前さん可愛いな。なんか小動物と戯れているかのような癒しのオーラを感じる。まあ夢前さん的には普通に迷惑だろうけど。


 でももう一回ぐらいいいだろう。


 スッ。

 僕はノートに手を伸ばす。「ふわあああん!!」夢前さんの悲鳴。しかし、


 どむ!


 今度続いたのは夢前さんの当身だった!


「ごうふっ!!」


 僕は格闘漫画のキャラのように口から腹の空気を吐き出しながらごろごろと部屋のドアまで転がった。AUCH!!


「何でそんな意地悪するんですかあ!!」


 ノートを雛を守る親鳥のように背後に庇った涙目の夢前さんが抗議の声を上げる。僕は当身を食らった腹をさすりながらも穏やかに答えた。


「いやあ、なんか夢前さんが面白くて」

「面白くありません!!」


 ぷーと膨れる夢前さんである。


 あっはっは。可愛いなあ。彼女のこんな姿が見られるならがっつり当身を食らった甲斐があったってものだ。


 おそらく満足げな顔をしている僕を見て夢前さんはさらに唇を尖らせるが、やがてコホンと咳払いをして、


「と、とにかく」


 と仕切りなおした。そしてエノクモード発動。


「もういいだろう。家宅捜査とやらは十分なはずだ。姫の部屋から出て行ってくれないかい」


 僕を追い出しにかかった。ぐいぐいと背を押され夢前さんのいろんな意味でスイートなルームから押し出されてしまう。そして最後に閉じた扉の隙間から、


「べー! です!!」


 とあっかんべーまで食らってしまう。むしろご褒美です。


 ………しかしもうちょっと見てみたかったんだけど。仕方ないか。鍵までは閉められてないけどここでドアを押し開けて侵入したらいくら夢前さんでも通報ものだろう。僕はまだ犯罪者になりたくない。


 諦めて僕は階段を下りることにした。





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