プロローグ
狩ることを、それだけを目的に存在していた自分にとってその出会いはあまりにも衝撃的だったのだ。
我々死神はそもそも「生きてる」という概念で存在するのではなく、例えば花のような、そこにあるというただのモノで、植物が酸素を増やし二酸化炭素を減らすように、
人の魂をそっと摘むのだ。
いわゆる呼吸と同じ感覚で摘むのだから、その行為の善悪は判断しないのであって、いちいちそいつの顔や性格、生い立ちなんてのは全く考える必要もない。
だから、今日も俺はそっと息を吸った。
「あんた死神だろ」
と、初めて酸素から声を掛けられるまで。
あくまでも酸素は比喩であったけれど、感覚的にはそうなのだからこの時の俺の驚きは相当であった。
「今から俺を殺すの?殺されたらどうなるんだ?」
『俺が殺すのではなく、お前が死ぬのを俺は見届けるだけだ』
あくまでも俺はその魂を糧としてるのであるから。
『そして、お前は俺が見えるのか?』
彼は白い歯を見せてピースサインと笑顔を俺に向けた。
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「昔から、普通の人には見えないようなものが見えてたんだよなー」
「それが俺にしか見えないものだって分かるまで大変だった」
「あんたは?なんか大変な事とかあんの?人の死なんて見てばっかりで憂鬱になんない?」
「ていうか、何歳なの?」
『うるさい』
病院の屋上で、彼は俺を目にしてどうして自然にコミュニケーションが取れるのか不思議でならないが、ここまで質問されて分かったのはただ一つ。
彼は俺を見ても恐怖がないという事だ。
俺に対する、ではなく 死に対する、だが。
そもそも俺の事が見えた人間に出会った事がないから人間が俺を恐れるかは分からないのだが、『死神』と分かっているのなら死に対する恐怖があってもいいものだ。
彼の口調から、あっけらかんとして好奇心旺盛な事だけは感じ取れたが、人間的な何かが足りないと感覚的にそう思った。
「おい、急に黙ってどうした?」
「俺を殺すんじゃないの?」
彼は純真無垢な瞳で、冷静に、昨日の夕飯は?とでも聞くように俺に問う。
『だから、俺が殺す訳ではなくてもうすぐお前は自然に死ぬ』
そこだけは訂正したい、死神の性だろうか。
今まで、何らかの形で死ぬ人間の魂をそっと狩っていたから殺すと言われるのは心外だ。
いちいち反応してしまう辺りに今まで知らなかった人間の感情というのに近いものが自分の中にあるのを今知った。
「そっかー、何で死ぬんだろな?」
空を見上げながらその青を映した目は今までに俺があまり見た事のない色だった。
『俺も、お前が何で死ぬのかまでは知らない』
「へー!というかようやくまともに返事してくれたな!」
やはり笑いながら彼は、なぜか嬉しそうに言った。
「俺この病院にずっと居るからさー、友達もいねえしさ。話せる人がいなかったから何か今すげえ嬉しいわ!」
「あんた、名前は?」
なるほど、こんなに人見知りせずしゃべる青年が誰とも話せずに居たのか。
『俺に名前はない。』
「え、名前無いの?」
『必要がないからな』
「じゃあ、俺があんたに名前をつけてやるよ」
『必要ない』
俺を無視して腕組みをしながら考え込む姿はこれから死ぬ人のそれには思えなくて、俺がなんらかの間違いでここに来たしまったのではないか、という錯覚まで起こさせた。
死神が狩る時期の近い人間を見分けられるのは色だった。だいたいの人間は我々には透明のような、透けて見えるものだが彼のように存在感のある、つまり普通の人間が人間に触れるように見える奴がこれから死んでいくものであった。死神にとっては花が枯れる前に茶色くなるのと同じ感覚なのだが。
「なーあ、聞いてる?決めたよあんたの名前」
その錯覚から目覚めさせたのは彼の手のひらだった。
「あんたの名前は、」
『だから名前は必要ない』
「いいじゃん、せっかく考えたんだから聞くだけ聞いてくれよ」
俺に近付きながら彼はその空の青の目を真っ直ぐ向けてきて
「あんたの名前は、希な」
と悪戯っ子のように笑った。
『なぜ、そんな名前を?』
「内緒」
『まあ、俺も興味はないが』
彼は小さく、とても小さく笑みを浮かべると唐突に俺に手を差し出して来た。
「希は今から俺の友達な!」
『は?』
「いやー、ここで会ったのも何かの縁だし?せっかく名前も考えたし!」
『だから、お前はもうすぐ死ぬ…「だーかーらー!」
「俺の友達になって、今から俺が死ぬまでにやりたい事をやるの手伝ってよ」
差し出して来た手で俺の腕を掴むと強引に上下に振ってきた。それも、楽しそうに。
『断る』
人間の感情に苛立ち、というのがあるらしいがこういう事なのだろうかと感じた瞬間だった。




