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妖艶行進  作者: うみはら
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五話

「あら…木蓮が慌てて呼びに来たと思ったらこういうこと。」


『胡蝶の夢』の一番奥にある個室。

その襖を開けた時に、最初に視界に入り込んだ青年の姿を見て、菖蒲は呟いた。


「茅、アンタ生きてたのねぇ…安心したわ。」

「菖蒲。君も相変わらずみたいでよかったよ。」


菖蒲と目があった茅は優しく微笑む。そんな彼に、菖蒲も微笑み返した。

菖蒲は、『胡蝶の夢』で働く遊女である。彼女は、部屋の中に入り、そっと茅の隣に腰を下ろした。


「こんな小さな店に上人が何の用かと思えば、アンタだったのね。」

「ああ。だが、小さな店とは言えこの店はかなり繁盛しているらしいじゃないか。噂もよく聞くぞ?」

「あら、嬉しいわ。」

「ああああ!世間話なんか後でいいだろ!!!」


茅と菖蒲の会話を遮ったのは、菖蒲よりも先に部屋に来ていた木蓮だ。

そんな彼と同じく、先に部屋に来ていた柊も困ったように笑っている。


「そうだね。久しぶりに会ったのだから話したいのもわかるけど、まずは本題に入ってくれないか、茅。」


柊がそう言うと、茅がこくりと頷く。

いよいよ始まる本題の前に、茅の後ろに立っていた海蘭が口を挟んできた。


「おい、茅。本題に入る前に確認しときたいんだけど、外で盗み聞きしてる奴らがいる。どうする?」


海蘭が襖の方を指差す。

それで何のことかを理解した木蓮がため息をついた。


「とりあえず、中に入れろ。」


茅がそう言うと、海蘭が襖の前まで行き、勢いよく襖を開けた。

すると、襖に耳をつけていたのだろう青桐と棗が倒れこんできた。


「……青桐…棗…。」


柊の静かな声に、青桐がビクリと震える。


「違う!違うぞ柊!盗み聞きなんてしようとしてない!!ただ俺は用心棒としてだな、アンタに何かあったらいけないと思って!!」


焦る青桐を見た柊は、ため息を一つつき茅の方を見た。

茅は少し笑って頷く。


「青桐…今回は茅が許してくれたからいいけど、次こんなことしたら許さないからね。」

「は、はい…。」


柊は少し落ち込んだ様子の青桐の頭を撫でてから、今度は棗の方を向く。

柊と目があった棗は僅かに肩を揺らした。


「棗、君もだよ。わかってるね?

それにしても君がこんなことするなんて珍しいな。」

「すみません、柊さん…。でも!僕と青桐くんだけ仲間外れなんて、何話してるか気になっちゃうじゃないですか!!」


そう言って、黙り込んでしまった棗に木蓮が助け舟を出す。


「まぁ、柊。誰だって仲間外れなんかにされたら気になるだろう?

茅、その本題とやらはこいつらにも聞かせていいものなのか?もしそうなら聞かせてやってくれよ。」

「ああ。君らがこの子達を信頼しているなら構わない。」

「ほら、青桐、棗。いいってよ。こっちこい。」


まさか許可が降りるとは思っていなかった青桐たちは目を丸くしながらも、柊と木蓮の間に腰を下ろした。


「さて…そろそろ本題に入ろう。

ここには、僕のことを知らない人もいるから、まずは僕のことを紹介させてもらう。」


茅が話ながら、己の黒い軍服の襟の部分に刺繍された桜の花を皆に見せた。それは、将軍の側近にのみつけることを許される紋章のようなものだ。


「僕は茅。将軍に仕える軍の少将だ。後ろにいるのは僕の補佐を任せている海蘭。

まぁ、知っての通り、今は上人だ。」


皆、茅の話を黙って聞いている。

いつもはうるさい青桐も真剣な顔をしていた。


「だが、五年前まで僕は君たちと同じ汚人だった。男娼として体を売っていたんだ。」


青桐と棗が顔を歪める。

中人、上人が汚人以下の階級に転落することは珍しくない。

だが、汚人以下の人間、しかも既に体を売った後の人間が中人以上の階級に上がったなど聞いたことがない。


「…この店で働いていたんですか?」


棗が問うと、茅は首を横に振った。


「いや、僕は『胡蝶の夢』では働いていない。この店の隣にあった店で働いていた。隣だと何かと接触することがあってな、柊達にはお世話になったよ。」


今現在、『胡蝶の夢』の隣に娼館はない。五年前に起きた、汚人と奴隷達による大反乱の時に潰れたと、青桐と棗は聞いていた。


「五年前の、あの反乱の時に店から逃げたんですか?」


棗の問いに、茅は頷く。

そんな彼に、青桐がさらなる疑問を投げかけた。


「でも、一度は店で体を売っていたんだろ?だったら、あるはずだろ…柊達みたいに、刺青が。」


汚人以下の階級の者と、それ以上の階級の者とを見極めるには背中を見ればいい。汚人以下の階級の者には、背中に大きな蓮の花の刺青を入れられるのだ。

青桐は、まだ体を売っておらず、汚人という階級は仮のものでしかない。だから、青桐にはその刺青はない。


「ああ、あったよ。だが、皮膚を焼いて消した。」


その痛みは、想像を絶するものだろう。

彼の軍服に隠された背中を想像して、柊は眉を顰めた。


「刺青を消したにしろ、身寄りもないお前が中人どころか上人になるなんて、どうやったんだ?」


木蓮の問いに茅は静かに答える。


「あの反乱の後、飢えて死にそうになっていた僕を保護してくれた人がいたんだ。その人は軍の大将の一人だった。

その人のおかげで僕は今の地位がある。」

「へぇ…変わり者もいるものねぇ…。」


菖蒲の呟きに、茅はそうだなと笑う。

茅は、大きく息を吸って全員の顔を見た。幼い頃から信頼している者と、彼らが信頼している者。

きっと、解ってくれるはずだ。

茅は、そっと口を開く。


「今日、この店に来た理由はこれを伝えるためではない。

5年前のあの反乱の指揮者を覚えているか?あの人が、僕の恩人が、近々処刑される。

僕はそれを阻止したい。そして、その協力を君たちに頼みたいんだ。

君たちの身の安全は必ず保証する。」


それは、始まりの言葉だった。


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