二話
木蓮は、店が開いている間は必ずと言っていいほど玄関にいる。
それは、彼が青桐と同じ用心棒であるからだ。
青桐が木蓮に会いに行くため玄関に続く廊下を歩いていると、前から人が歩いてくるのが見えた。赤い着物に身を包んだ、棗だ。
「よぉ、棗。」
青桐が声を掛けると、棗は笑顔を浮かべた。
女物の着物を着る棗は、『胡蝶の夢』で働く男娼である。もともと可愛らしい幼めの顔は、女物の着物を着てしまえば女にしか見えなかった。
「こんにちは、青桐くん。今日は真面目にお仕事ですか?」
「ああ。柊に怒られたからな。そういえば柊は着替えるとか言ってたけど、お前は大丈夫なのか?」
「ええ。僕はこの着物が一番似合うんで。そうそう、木蓮さんが探してましたよ。早く行ってあげてください。」
「あー、おう。」
じゃあな、と棗に別れを告げ廊下を歩く。前方から煙管から出る煙の臭いがした。
「…木蓮、来たぜ。」
玄関にいた木蓮に声をかける。
木蓮の黒髪が風に揺れた。
壁に寄りかかりながら煙管をふかす、黒の着物を着た彼は美しい。
巷の女どもが色男だと噂するのも納得できる。
「おぉ、来たか青桐。」
青桐の声に振り向いた木蓮はニコリと笑った。
こんな笑顔、落ちない女はいないだろうな、と青桐はため息をつく。けして、自分の顔は悪い方ではないと思うが、良いというわけでもない。木蓮の隣に並ぶのがなんだか申し訳ない気がするのだ。
「今日、忙しいんだろ。柊にも怒られたし、俺も仕事するぜ。」
「青桐が仕事なんて、嵐くるかもなー!!まぁ、でも助かるよ。少将様がいらっしゃるとなれば、暗殺しようとするバカも来るわけだしな。」
用心棒の仕事。遊女や男娼を守ることは勿論、客の命を守ることもその一つである。
客の階級が高ければ高いほど、彼らは命を狙われやすい。少将ともなれば尚更だ。
その地位を狙うもの、人に命令できる立場を妬んでいるもの、個人的な恨みがあるもの、目的は様々にしろ将軍に近い立場の彼らはいつだって命を狙われている。
「嵐は来ねぇよ。ところで、その少将様はいついらっしゃるんだ?」
「時間指定は特に無いらしいけど…多分そろそろ来るんじゃねぇの。」
「はぁ?適当だな。」
「仕事しないお前には言われたくない。」
ちょっとした言い争いをしていると、遠くから馬の足音が聞こえてきた。
どうやら少将様のお出ましらしい。
青桐と木蓮は着物を少し整え、刀を片手に玄関の前に立つ。少将様が着いたらすぐに跪き、出迎えるためだ。
二人はお互いに目配せすると、呆れたような笑顔を浮かべる。
「これは忙しくなるなぁ…。」
木蓮の言葉に頷きながら、青桐は刀を抜いた。




