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モブと攻略対象のあれこれ  作者: 楠木千佳
召使い(卒業)です!
6/17

01

尽くしまくる信者系モブ×俺様御曹司系担当攻略対象(実は???系)

※俺様要素皆無



 わたしはこの世界が乙女ゲームの世界だと生まれた時から「知って」いた。だけどなんという名前のゲームなのかとか、どういうキャラがいるのかとか、自分はどんな役回りなのかとか。そういうことは思い出せず、ただこの世界がそうだと「知って」いただけ。

 なにかをしなくちゃいけないのに、なにをしたらいいかわからない。心の出来上がっていない幼いわたしはその状況の不安定さから、常に周囲を気にして泣きそうに顔を歪めるばかりの子供だった。今だからこそ気付けるけれど、両親には相当心配をかけた。

 しかしそんな日々は小学三年生になった春に唐突に終わる。父が秘書をしている社長さんの息子さんと会って以降のことだ。

 事の経緯はわたしが息子さんと同い年だと聞いた社長さんに、ぜひ会わせたいから連れて来いと父が命じられたかららしいけど、わたしは後、その彼の父である社長さんに言葉に出来ぬほどの感謝の念を抱くことになる。

 だって。彼と会い見えた時、ようやくわたしはすべてを「知った」の。


「捺、相賀社長の息子さんの恭君だ。ご挨拶なさい」


 父のそんな言葉が遠く、ただ目をかっぴらいて目の前に立つ男の子を見つめていた。その子は逆にこちらを見ようともせず、横を向いて不機嫌そうな表情を貫いていて。だけど父の「捺?」という声につられてちらりとだけ視線をよこしてきた。

 その瞬間、わたしは声にならない悲鳴を上げた。ぎょっとした二人の表情など気にならなかった。



 それが、緑川捺(みどりかわなつ)相賀恭(そうがきょう)の出逢いであり、すべてを「知った」瞬間で。わたしが前世で好きだった乙女ゲーム『運命の(しるべ)』の攻略対象の一人、それも一番のお気に入りキャラとの邂逅(かいこう)であったのだ。



◆ ◆ ◆



 捺の朝は早い。四時には布団から出てまず簡単に身支度を整え、お弁当を作る、といっても今日は父と母の分だけだが。作り終えたら簡単に整えただけの身支度をきちんと済ませるのだ。


「よっし、今日もぴったり七時!」


 父も母もその時間にはとっくに起きているけれど、我が家には起こさなければならない御方がもう一人いらっしゃる。うるさくないよう足音を忍ばせ、そっとその方の部屋の扉を開けた。ベッドがこんもりと膨らんでいることをしっかりと確認して、近づいた。


「恭様、朝ですよー! 起きて下さーいっ!」


 遠慮も情けもなく、その膨らみを思い切り、揺すった。それを約一分続けるとようやくその膨らみが自らもそり、動き出す。


「おはようございます、恭様! 今日もいい御天気ですよ!」

「……捺、うるさい」


 低血圧で朝に弱い恭はかけ布団から顔を出したのみで、体を起こそうとする様子はない。だがここで起きてもらわねばきっちりと身支度もできず後で捺が後悔することになるので、彼女も決してここで起こすことを諦めはしない。


「朝ご飯冷めちゃいますよー? 今日のお味噌汁はわかめさんとお豆腐さんなんですよー? 白米はほかほか、炊き立てですよー? おかずは定番の焼き魚ですよー?」

「…………お前は俺が食べ物につられると思ってるのか」

「え、違うんですか!?」

「……」


 心底可哀想なものを見る目が向ける彼、相賀恭は、日本でも五本の指には入ると言われる大手企業の社長子息である。もちろん彼自身も周囲の期待を裏切ることなく大変優秀だ。また捺が前世でハマった乙女ゲーム『運命の導』の攻略対象であり、捺の一押しだったキャラクターでもあった。

 そんな恭が現在下宿している捺の家はどこにでもあるような一般家庭だが、彼女の父が恭の父親である社長秘書をしている関係で、幼い頃に彼の遊び相手に捺が選ばれたことがすべての始まり。


『恭さま、なつを恭さまの召使いにしてください!』


 衝撃の出逢いを果たした後、悲鳴を上げたことで体調を気遣われ家に帰されそうになったところを必死に取り繕い、ここでは遊べもしないからと恭と共に相賀家に移された。そして彼の部屋で二人きりになった時、捺の第一声がそれだった。案の定、『……必要ない』と拒否されてしまうが、一押しキャラが幸せになるために全力で尽くそうと決めた捺は諦めなかった。

 前世の彼女もグッズが出るたびに買い漁り彼に貢ぎに貢いでおり、元来好きな相手には尽くすタイプであるというのは余談である。

 しつこく恭のあとをついて回り全面的な信頼と歪みない信愛を注ぐ捺に彼が折れたのは、そんな日々が一か月も続いた頃だった。


『恭さま! 今日こそなつを召使いにしてください!』

『…………もう勝手にしろよ』

『えっ、本当ですか! うれしいです! なつは今日から恭さまのものです、精いっぱいお仕えしますね!』


 ようやく正式に恭の傍を得た捺だったが、それも中学に入学するまで。中学生になると小学生の時ほど恭の身が開かなくなった。しかしそれでも時間の許す限り捺は彼に尽くしたし、彼に会えない時間もすべて彼の傍にいるために必要なものを身につけるための時間に費やした。

 すれ違いも多いなか、中高一貫校でそのまま高等部進学が決まっている恭とは違い受験生になった捺。第一志望は無論甘美西高校だが、肝心の恭はというと、ここ一年まったく会えていなかった。中二の時点で外部受験をしないかとほのめかしてはいたものの、色よい返事がないままなにやら彼の周囲が慌ただしくなり、一切会うことが叶わなかったのだ。


『たとえ恭様がこの学校にいなくても、わたしが恭様に幸せを運んでみせる!』


 校門前で一人気合を入れ直した捺は、後ろから近づいてくる人に気付いていなかった。


『……大勢が通る通路を塞ぐな』

『っ、恭様!?』


 振り向いた彼女は目を真ん丸にして、その瞳いっぱいに驚きの色を宿す。だが反対に恭は平然と横を通り過ぎようとしたので、捺は咄嗟に彼の腕を掴んだ。


『恭様、どうしてここに!?』


 当然のようにされた質問に、恭は捺から視線をそらしたままぽつり、答えた。


『……捺が一緒に受けないかって言ったんだろうが』


 数度かほのめかした程度の言葉を覚えていてくれた感動と。だがたったそれだけのことなのにどうしてというさらなる疑問。

 ゲーム内で恭がこの高校を通うことになったのはあくまで不仲な父親への反発だ。しかし実際の彼の父親はそれこそうざったいくらいに彼を溺愛していて、不仲には程遠い。だからほのめかしたとはいえ、捺は半分以上諦めてさえいたのに。


『で、でもっ、恭様が通われていた学校は……!』

『もう時間になる。とっとと行くぞ』


 だが結局その時も、今も。恭は明確な答えをくれない。何度尋ねてもはぐらかされるから、いつしか捺はその疑問を口にしなくなった。大切なのは恭が舞台である甘美(あまみ)西高校に入学したその事実と、変わらず捺を傍に置いてくれる恭自身だったから。



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