04
「で、まだなんかある?」
早月の問いかけに、美人さんたちは無言で首を横に振った。
「だって。ほら、柳沢さん行こ!」
「え、ええ!?」
引きずられる力が思いのほか強く、新菜は後ろを振り返ることすら許されなかった。
途中何度か宮本君、と彼の名を呼んだけれどそれに返る声はなく、最終的に諦めた。助けてもらったわけだし、ここで強引に掴まれた腕を振り払うのは失礼だろう、と。
結局彼に連れて来られたのは誰もいない教室。荷物も置いたままでちょうどいいやと思ったのも束の間、一切振り向かなかった早月が唐突に振り返る。
「柳沢さんって馬鹿だったの?」
「はいっ!?」
腕を放され、絶好の彼から距離を取るチャンスを新菜は流してしまった。
「阿井さんに訊いて俺が行かなかったら、なにされてたかわかんなかっただろ」
「いや……そこはまあ、なんとか切り抜けて、ですね…」
「どうやって」
答えられない新菜に、早月がため息を吐いた。
でももとはといえば早月が無駄に新菜を構ってくるせいであって、今回のように呼び出しを受けたのは自分のせいではないと。……物申せたら楽だったんですけどネ。
眉間にしわを寄せた早月らしくない険しい表情に新菜は眉尻を下げて黙ることしかできない。
黙り込んだ新菜の様子に、早月はもう一度ため息を吐いて、そろそろ潮時かと呟く。その呟きの意味は、新菜にはわからなかった。
ただその直後に向けられた早月の瞳にゆらりゆらりと揺れる薄暗い色の炎のようなものを見た気がして、わけもわからないのに自分の中でサーッと血の引いていく音を聞いた。
新菜は今度こそその場を逃げ出した。昇降口で一度振り返ってみたが、早月は追いかけてこなかった。
「いよいよ明日から期末試験ですね、新菜さん!」
「……そうだけど、楽しそうだね、志保ちゃん」
「だって自分の実力が目に見える形で出る良い機会じゃないですか」
志保ちゃん、なんだってきみはそんな試験相手に眩しいくらい良い顔で笑うんだい……。
連日、教科書の内容を頭に詰め込むのに必死な新菜は志保の笑顔に涙が出そうになった。彼女には頭良い人の思考回路なんて理解できない。
志保を直視できずに視線をそらした新菜は携帯に手を伸ばし、いつも入っている鞄の外ポケットにそれが入っていないことに気付く。
「あれ?」
「どうしました?」
「ん、携帯どこしまったかなあと思って」
ブラウスのポケット、スカートのポケット、鞄の中。そのどこを漁っても携帯は見当たらない。
そういえば最後の授業中にしおり代わりに教科書に挟んでそのままだったかも、と思い出す。
「もしかして教室かな……」
「万が一はないと思いますが、取りに行った方がいいのでは?」
「個人情報いっぱい詰まってるしね、私行ってくる。志保ちゃんは先帰ってていいよ?」
「そんな。わたし、待ちますよ?」
「いいよいいよ、どうせ私、親に頼まれて郵便局行かなきゃだし」
志保はそれに納得し、「それでは新菜さん、また明日。試験頑張りましょうね!」と歩き去って行った。
ことごとく現実を突き付けてくる志保に引き攣った笑みで手を振り、来たばかりの廊下を戻る。
明日から試験が始まるためか、生徒たちは放課になると勉強できる場所を求め散り散りになった。中には教室で勉強を続ける者もあったが、うちのクラスにそんな人はいなかったようだ。誰一人残っていない静かな教室に、新菜が椅子を引く音が大きく響いた。
「あれ、柳沢さんだ」
その誰もいないと思っていた教室で後ろから聞こえた声に、新菜は「ひいっ」と小さな悲鳴を上げた。
飛び跳ねる心臓をなだめつつ振り返れば思った通り、爽やかに笑う早月の姿が。
「みみみみみ宮本君……! な、なぜここに!」
「俺? 俺は忘れ物。柳沢さんは?」
先週の呼び出し集団リンチ未遂事件以来なるべく傍に寄らないよう避けていた彼の姿に、自然と腰が引ける。
なんというバッドタイミング! 携帯なんて気にせず帰ればよかった! 後悔先に立たずとはまさにこのことだった。
「わ、私も忘れ物……」と聞こえるか聞こえないかくらいの声で返事をして、新菜は机の中を漁って携帯を掴み鞄の外ポケットに突っ込む。
「私もう帰りま、っ」
「柳沢さんて、俺のこと避けてる? 俺なんかしたっけ?」
気付けば真横に早月は立っていて、驚き息を呑んだ新菜の腕を掴む。逃がさない、そう言われている気がした。
身をよじったところで逃げられないと悟ったが、どうしても彼の目を見ることはできず。その視線を彷徨わせたまま精一杯の抵抗を試みる。
「……み、宮本君こそ、どうしてそんなに私に絡んでくるんでしょうか…!」
「面白い人だなー、って思ったから」
「はい!?」
「だってさ、始業式の日からあんだけガン見されれば、誰だって気になるだろ?」
な、なんですと!? 始業式の日、このゲームのことを思い出したばかりで浮かれていて、確かに見てました、見てましたけど……!
つい数十秒前まで目を合わせないようにしていた理由も忘れ、新菜は目を真ん丸に見開いて早月を見た。