03
しかし、その後も超短期間のうちにイベントのようなイベントでないものが次々と発生し続けた。
プールで足をつって溺れかけたところを助けてもらいさらにはお姫様抱っこで保健室まで運ばれ。雨の日傘を忘れた早月と相合傘をして。課題を忘れた罰として放課後残ってやらされていた課題のわからない問題を教えてもらい。エトセトラ、エトセトラ。
一向に志保との間になにかが起こる気配はないのに、新菜との間にはそれはもうわんさかと。
「新菜さん、なんだかやつれました……?」
「そんなこと……、あるかもしれない」
新菜は机の上に崩れ落ちた。
早月はイケメンだ。イケメンとなんだかんだあるのは正直役得だと思う。グッジョブだと思う。
けれど。
「私はあくまで傍観者でいたいのにいぃぃぃ……」
新菜が見たいのは美男美女の主人公と早月のあんなシーンやこんなシーンであって、決して自分の身にそんなことが起きてほしいわけではないのである。
並ぶと自分の平凡さが極まって辛い。あとちょっとそろそろ心臓がもたないです、寿命が縮む……!
「早く夏休みにならないかなー……」
「その前に試験ですよ?」
一週間後には学期末試験が控えている。そしてそれが終わらない限り夏休みはやってこない。
進学校に通っているとはいえ、それほどできた頭をしていない新菜にとっては最大の難関行事だ。そんな行事いらん! なくなってしまえ!
「うぐぅ……っ」
「頑張りましょう、新菜さん!」
さすが主人公、頭もとても良いようです……。
試験前に勉強を見てくれるようお願いして、新菜はぼんやりと教室の壁を見つめる。
(ホントに早く夏休みになればいいのに。そして夏休みの間に現実を見て宮本君が私に近づかなくなったらいいのに……、志保ちゃん、彼のこと好きになって落としてくれないかなぁ……)
そんな風に友達である志保の意志を無視したようなことを考えたから、罰が当たったのかもしれない。
「貴女が宮本君に媚売ってるとかっていう柳沢新菜さん?」
「…媚は売っておりませんが、私が柳沢新菜です……」
その日の放課後、隣のクラスの女子の方々からお呼び出しがかかった。
リーダー格である女生徒は、志保とはタイプが違うがこれまた美人で男子にモテそうな今時風の方だった。
そしてその他の彼女の後ろに控える方々はこそこそしているだけでなにも新菜に向かって発さない。いったいなんなんだ。
「単刀直入に言うけど、宮本君に付きまとうのやめてくれない?」
それは勘違いというやつですよ、おねーさん。
実際問題、新菜から早月に近づいたことは一度もない。せいぜい遠くから観察する程度だ。
「やめると誓うんだったら今すぐ解放してあげる」
「……と、言われてもですね、別に私から宮本君に話しかけてるわけでは、」
「じゃあなに? 宮本君が貴女なんかに興味があると? そんなことあるわけないでしょ。ただの妄想を口にしないでくれる?」
もうやだ、この人怖いし面倒なんですけど。おまけに周りの方々も同意見のようでこそこそと話し合っている。いや、目の前で陰口叩くくらいなら直接言えばいいのに。
恋する乙女にこんなこと言っても無駄だってことくらい、数々の恋愛小説を読破してきた私にわからないわけがないけどね!
「ほら、誓うの? 誓わないの?」
「……ちなみに、誓わないと言った場合はどのように?」
「集団リンチ」
惚れ惚れするくらい正直だな、この方! でもその素直さは美徳だと思う、ええ、とても。
現実逃避気味にそんなことを思うくらいには、無事にこの場を回避する方法が浮かばなかった。
「柳沢さん?」
「えっ」
どうしようか、考えている時に割り込んできた第三者の声が新菜を呼んだ。釣られてその場の全員が声の主を見て、言葉を失った。
「こんなとこでなにしてんの?」
「み、やもとくん?」
美人さんの声は聞こえているはずなのに、早月はそれに一切反応を見せず、新菜だけを見て新菜にだけ笑いかける。
人気者でどんな相手であろうとないがしろにする彼を見たことがない。
早月の笑顔に、頬が引き攣ったのを自覚した。
「ねえ、なにしてんの? 阿井さんが探してたけど?」
「えっ!」
新菜は驚いた。だって彼女たちに呼ばれた時、その場に志保もいたのだ。行かない方がいいです、と心配してくれた彼女を先に帰したのは新菜だ。……ということはどういうことだろう。
新菜が考え込んでいる間に、早月は今気付いたとばかりにずらりと並んだ彼女たちを見て目を瞬かせ、そして笑顔を向けた。
「多数と一人で、なにしてんの?」
「宮本く、」
「柳沢さんに用事ないならもういい? 彼女の友達が彼女のこと探してんだよね」
「っ、ちょっと待って! 宮本君はどうしてこんな子のこと構うの!? 可愛くもないし、頭が良いわけでもなくて、探せばどこにでもいそうなこんな平凡な子!」
いつの間にか美人さんたちから隠されるように早月の後ろに立っていた新菜は、美人さんの言葉にまったくだとうなずいた。早月に似合うのは美人さんのような外見的にも整っている人だ。そう、主人公である志保のように!
しかし一方で早月は美人さんの言葉に機嫌を悪くしたらしかった。
「きみらは柳沢さんのなにを知ってそんなこと言うわけ?」
「え?」
「柳沢さんとは友達? そんなわけないよね。よく知りもしない相手のことをそうやって言うような人間、俺嫌いだからさ」
美人さんたちがザッと顔を青ざめさせた様子に、新菜は首を傾ける。確かに早月の言葉はきついが、その青ざめ方が傷ついた人間が見せるような表情には思えなかったのだ。
早月の後ろにいる新菜には位置的に見えなかった。彼が恐ろしいほど冷めた目で、美人さんたちを睨みつける様が。もし見えていたら、今後死ぬ気で彼から逃げただろうに。