05
それから数週間と経っても、勇と志保の間に接点ができることはなかった。その原因が麻央が出逢いイベントを潰したせいなのかはわからないけれど。ただ。
「麻央!」
「……いさ兄、」
あれ以来、勇とのエンカウント率がやけに高い。一日三回は会っているといってもいいだろう。今日もこれで三回目だ。
一回目は移動教室、二回目は先生のお使い。
「自販機に行く途中なんだ! ま、麻央が通り道にいたから声かけただけでっ」
「あ、そーなの……」
たぶん、顔に出てた。麻央がなにかを言う前に察したらしい勇が弁明した。……わりとどうでもいい。
「じゃあ早く行った方がいいんじゃないー? 休み時間終わっちゃうよ、いさ兄」
「わかってるよっ!」
そうして駆け出した勇に、じゃあどうして声かけたんだと首を傾げた。
「麻央ちゃーん、チョコ食べなーい?」
「くれるなら食べるー」
お手洗いからの帰りで、たまたま廊下に立っていただけだった麻央は教室の中から呼ばれてすぐさまその身を翻した。
これ新商品らしいよ。あんた新商品にホント弱いよね……。そんな会話にふんふんと相槌を打ちつつもらったチョコをもぐもぐと咀嚼する。
「そういえば麻央ちゃん、最近よく春日井先輩に話しかけられてるよねー」
「ん? んー、そうかもー」
「従兄なんだっけ?」
「そー」
「あー、その話は結構有名だよね。でも麻央ちゃん、ちょっと気を付けた方がいいかも」
女子の一人の真剣みを帯びた声に、麻央は首を傾げた。
「春日井先輩ってああみえてファンいるらしいからさ、その人たちがちょっと、ね」
「それどこ情報よ」
「部の先輩」
「わぁ、情報源がリアル」
「そーなの。だから麻央ちゃん、気を付けてね」
本気で心配してくれている彼女にありがとーとお礼を言って笑う。同時に授業開始の鐘が鳴って、その話はお開きになる。だが麻央の頭にはしっかりと警告として記憶された。回避できるできないは抜きにしても、注意するしないではだいぶ違うから。
だが嵐の到来は早いことにその日のうち、だった。
「海野麻央さん、よね」
「そうですけど……、三年の先輩があたしになにかご用ですか?」
「ちょっと話があるの、時間もらえる?」
ピークは過ぎたけれどまだまだ下校する生徒の多い放課後の時間帯。先輩三人に囲まれる下級生、なんて図が注目されないわけがなく。
「……わかりました」
ちらほら向けられる視線に、負けた。気は進まないけれど話を聞かないと解放されなさそうなこともあり、麻央はしまおうとしていた上靴をもう一度履く。じゃあ行きましょうか、促され渋々後に続いた。
「さて、用件はわかるかしら?」
一階の空き教室に連れられて、壁を背に先輩方に三方を囲まれる。そうして切り出された話の頭は白々しすぎた。
「はっきり言ってもらった方が有り難いんですけど」
「そ? じゃあ言わせてもらうわ。春日井君に近づかないでもらいたいの」
「親戚なんで無理です」
一人は冷めた目をし、一人は拗ねたような顔になり、一人は綺麗な微笑みを崩さないまま。それでもどこか余裕然とした態度は消えない。リーダー格と思しき先輩は変わらず話し続けた。
「知ってるわ、従妹なんですってね。でも従妹なんて滅多やたらに関わりがあるわけでもないでしょう?」
「……」
「だから、近づかないなんて簡単なことだと思うのだけど」
それでも無理だというなら、そう続く先輩の言葉に眉が寄る。
「貴女が、離れたくないんじゃない?」
ああ、なんて、面倒くさい。
人を見透かすような目、それに見つめられるのはすごく嫌だ。気持ちが悪い。だって、関係ないじゃないか。先輩方はあたしといさ兄の関係には、なにも。
「先輩方といさ兄の関係は、あたしといさ兄の関係に口を挟めるようなものですか?」
ピリッ、先輩方の纏う空気がさすがに変わる。それとは逆に、麻央の顔に作りものの綺麗な笑みが浮かべられた。
「それにあたしがいさ兄のことを好きだったのは、過去ですよ?」
自分で口にしておきながら、モヤモヤとするのはどうしてだろう。浮かべた笑みは、先輩たちの目にはどんな風に映っただろう。
けれど、先輩たちの反応を見ることはできなかった。
「麻央」
スパーンッ、と。スライド式の扉がいきなり開き、麻央の名を呼んだその人は怖いくらいに、表情が無かった。