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モブと攻略対象のあれこれ  作者: 楠木千佳
悪役予備軍(お断り)です!
15/17

04



 勇の優しさに感謝して、あわやの事態に巻き込みかけた謝罪を。自然とそれを口にした麻央に対し、勇は目を真ん丸にするという反応を見せた。


「えっ!?」


 反省した、……のに、その反応ってどうなの? 目線の高さが近いから、勇の真ん丸に開かれた目に眉間にしわを寄せた自分が映っているのが確認できる。麻央が常識的な礼儀を弁えていることが彼にとっては大層驚きらしいが、『麻央』の人格が変わってからもう一年は経っているのに、……ああ、駄目だ。助けてもらったんだから、それくらいは許せないと。麻央は意識して表情を穏やかなものへと変える。


「いさ兄、かばってくれて、ありがと。あといい加減、今のあたしに慣れてね?」


 それでもやっぱり、一言付け足さずにはいられなかったけど。

 こてり、首を傾けるしぐさにぴしりと勇が固まった。それから三つ分ほど呼吸を数えたところで今度は顔に赤みが差し始める。


「なっ、バッ、そっ!」

「……なに?」

「っ、近寄るなっ!」


 いや、不本意だったかもしれないけど近づいてきたのはそっちです。一歩どころか三歩くらい勢いよく離れた勇に、内心ツッコむ。うん、どこでツンデレスイッチ押しちゃったんだろ。


「お前になれる必要なんかねぇっ!」

「んー、でもいちいちそれで絡まれるのは面倒……」

「めん……っ!?」


 赤かったはずの顔に青みが加わり、面白いことになっている。言葉を失った彼の様子に、麻央はふと足元に散らばった本の存在を思い出す。本に視線を落とし、しゃがみこんでそれらを拾い出した麻央のその姿は「貴方に興味ない」といっているようで。以前の「麻央」ならまず間違いなくしなかったと確信できるだけに、事実はことさらリアル感を伴って勇に襲いかかる。


「……、………ない、」


 本を拾うために俯いていた麻央は気付かなかった。小さく動いた勇の口が、なんと紡いでいたのかを。


「……あの、大丈夫ですか?」


 遠慮がちにかけられた声に、麻央はようやく顔を上げた。勇の後方に立ったその人の顔を見て、口の形だけで「あ、」と呟く。


「本、落下してしまったんですね……、すみません。お怪我はありませんか?」


 自分が悪いわけでもないのに謝罪をするその人、――阿井志保は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「や、怪我はないです。……こっちこそ、本落としてすみません」

「本も大事ですけど、貴女が怪我をしなかったことの方が大事ですから。ここの本棚、詰まってて取りにくいなって、私も思っていたんです」

「ですねー。あ、本はちゃんと戻しとくんで」

「いえ、そういうことは図書委員の仕事の内に含まれますから。私に任せてください」


 微笑まれてしまえば意固地になって断る理由も見つけられず、麻央は志保にその場を任せることにした。本は明日にでもまた借りに来ればいいかと。


「じゃあ、お願いします。いさ兄、邪魔になるから移動しよ?」

「……」

「……いさ兄?」


 俯いたまま反応しない勇を訝しみ、麻央はもう一度名前を呼ぶ。するとハッと顔を上げた彼と目が合う。


「いさ兄? 図書室出よう? それともなにか用あった?」

「あ、ああ……、いや、いい。帰る」


 勇はくるりと踵を返すと、一直線に扉に向かって歩いていく。麻央は志保に小さく頭を下げると、その後を小走りで追いかけた。

 図書室を出てもしばらく黙って足を動かし続けていた勇が止まったのは、用があるわけでもないし別に勇を追いかける必要はないのではないかと彼女が考え出した頃だった。


「いさ兄? どうしたの?」


 ピタッと止まった勇の背に危うくぶつかりそうになって、危ないなーなんて内心で文句をこぼしながらもそれを口にはしない。第二の本音に、彼はゆっくりと麻央を振り返った。


「……悪い」

「え? いさ兄なんか悪いことしたの?」


 あまりにも戸惑った顔をしているから、逆に驚いた。謝るべきなのは麻央であり、勇が謝ることはなにひとつとしてない。少なくとも麻央には思い当たる節はない。本気で考え込み始めた彼女に、彼は小さく首を振った。


「なんでもない。――麻央が無事なら、よかった」


 そうして勇は笑うから、麻央の心臓は不自然に音を立てた。同時に気付く。出逢いイベントが失敗しているということに。


「あ……」

「麻央?」


 やっちゃったと思う半面で、胸を撫で下ろす自分がいる。そして胸を撫で下ろす自分に戸惑う自分も。おかしい、なぁって。だって……。

 唐突に黙り込んだ麻央を訝しみ、勇が顔を覗き込む。


「麻央? やっぱりどこか怪我したんじゃ……」

「えっ、あっ違う違う! どこも怪我してないよ!」

「なら、いいけど、」


 まだどこか疑いの眼差しを向けてくる勇にあははー、作り笑いして彼の横を歩き抜けた。どこかまだ、複雑な気分のまま。

 校舎内に人は既にほとんど残っていなくて、音楽部の練習音が静かに響いていた。



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