表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モブと攻略対象のあれこれ  作者: 楠木千佳
悪役予備軍(お断り)です!
14/17

03



 最後を飾る勇と主人公の出逢いイベントは図書室で起こる。ゲームでは図書委員になった主人公が本の整理をしながら棚を物色している最中に気になった本を見つけるところから始まるのだ。詰めに詰められた棚から無理矢理出そうとして余計な力が入り、お目当てと同じ段に並んでいた数冊の本が落下してくる。咄嗟に避ける、という選択肢が浮かばずその場から離れられなかった主人公をたまたま近くで本を探していた勇が庇う。


『おいっ、大丈夫か!?』

『は、はい……助けていただき、ありがとうございます』


 女子の中でも割と小さい方の主人公は、男子にしては小さい方である勇すらも見上げることになる。自然彼女は上目遣いになるわけで、それに頬をカッと赤くした彼が背に回していた腕を解いて二歩程距離を取った。

 片手で口元を覆った勇の初心(うぶ)さ溢れるイラストに、まずお姉さまプレイヤーたちが落ちた。そして『バッ、べ、別に助けたわけじゃねぇよっ!』と一度は否定しておきながらも、『……――でも、お前が無事なら、よかった』と赤い顔で視線はそっぽを向かせたまま小さく笑うというゲーム内最初のデレが、多くのプレイヤーたちの心を鷲掴みにしたわけである。かくいう麻央もその一人だったわけだが。


「やっぱファンとしてそのシーンを逃すわけにはいかないよね?」


 誰に対しての言い訳か。自分を正当化するかの如く呟いた前世に引き続き隠れオタク実施中の麻央がいるのは図書室。それもゲーム開始時より一週間経った、勇と主人公のイベント発生時間だ。

 主人公、阿井志保(あいしほ)は確かにこの学校に転入生としてやって来ていた。ちらりと見かけた程度だが、容姿はほぼゲーム通り。さすがにゲーム内ではベビーピンクだった瞳は黒かった。しかしその隣にはゲームでは登場しなかった女子生徒の姿があり、ここは完全にゲームの設定のままではないのだと思わせる。ただ、勇以外の攻略対象はやはりきちんと存在しているし、観察している限りすでに勇と隠れキャラ以外との出逢いイベントは終わらせているようだった。

 学年が違うだけで、出逢うというのは言うほど簡単ではないことをプレイヤーに実感させるために勇だけ最初のイベントまでにこれだけ期間が開いたのではないかとネットでは囁かれていたことをぼんやりと思い出した。


「いつ来るのかなー……」


 本棚を視線で追いつつも、陰からこっそり人の気配を探り耳を澄ます。図書室を開けてくれたのは志保ではなく、もう一人の当番であるらしい男子生徒だった。勇も来ていないし、ゲームではさすがに細かい時間描写まではなかったから麻央はとにかく時間を潰すしかない。いつしかがっつり棚を物色していた麻央の視線が一点で止まった。

 それは最近麻央が気になっている作家のデビュー初期のもの。一度気になってしまえば読みたくなって、麻央は背伸びをし腕まで伸ばして本に手を伸ばす。周りに脚立は見受けられないし、なによりギリギリであろうと手が届く。この場を離れるのが面倒だった。


「めっちゃ本詰まってる……」


 なかなか出てこない本にまじかー、と疲れたように呟いてさらに力を込めた。ギュウギュウに並べられたところから一冊だけ引き抜くのは難しくて。なんとか引っ張り出すことに成功したものの、それは同じ棚の本たちを巻き込んで、の話だった。


「わ……っ」

「麻央っ!」


 本が出てきたことでふらりと爪先立ちしていた足元が揺れ、落ちてくる本を避けようにも間に合いそうになかった。咄嗟に目を瞑った麻央の口から無意識に漏れた小さな声に重なった声があって。瞬間、麻央の体を誰かが力を込めて覆った。


「麻央っ、大丈夫かっ!?」


 ……いつの間にすぐ近くまで来ていたのだろう。痛みの代わりにかけられた聞き知った声に、麻央はゆっくりと目を開けた。眼前には予想通り、勇の顔があって。その顔は焦りに彩られている。


「いさ、兄……」

「なんだ!? あっ、怪我か? 怪我したのか!?」

「……ううん、して、ない」


 あからさまにホッとした勇と麻央の足元に散らばる本。背に回った腕には力がこもっていて、少しだけ痛いくらい。お互いの吐息がかかるほどに近いけれどそこに深い意味などあるわけがなく、麻央は心配させてしまったのだと悟る。


「いさ兄こそ、怪我してない?」


 勇は麻央に怪我をしていないか訊くが、怪我しないよう庇ってくれたのは勇だ。麻央の心配より自分の心配をするべきだと思う。たった数冊とはいえ本が当たれば痛いし、当たりどころが悪ければ怪我だってする。見たところ血が出ているようなことはないが、脚立を探すのを面倒がった結果のこれにはさすがに反省した。


「ごめんなさい」


 勇は麻央を嫌っている。それなのに、その相手にここまでしてあげられるのは勇の優しさだ。散々付きまとって、我が儘言って、困らせて、怒らせて。麻央じゃない『麻央』が、一方的に自分の好意と理想を押しつけていたのをはっきりと覚えている。彼がどんな反応をしたかも、なんとなく覚えている。嫌われていると、自覚がある。だからもしも自分が勇側の立場だったら。麻央は絶対に相手を助けないし、心配もしない。むしろざまあみろって思っていたかもしれない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ