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鈍感不思議系モブ×先輩ツンデレ系担当攻略対象(実は???系)
「……あたし、モブなのにこのままじゃ悪役一直線じゃない?」
その言葉に誰も反応しなかったのは、皆志望校に合格できた嬉しさに浮かれているからだと思う。騒がしい輪の中でぽつり、受験票片手に他と違う表情のまま立ち尽くす少女、海野麻央は、合格発表の掲示板に自分の受験番号を見つけた瞬間にこの世界が前世でやりこんだ乙女ゲーム『運命の導』にとても似ていることに気付いた。気付いた、というより思い出したという方が的確な表現かもしれない。
麻央が合格したのは甘美西高校という、このあたりでは特別高くもなければ特別低くもないレベルの普通科しかない進学校だ。だがその甘美西という高校名や制服、立地、校舎のデザインは確かにゲームや攻略本で見たものと同じ。そして麻央に確信に近いものを抱かせる最大の理由が、大好きな従兄、春日井勇の名前や年齢、だいたいの性格、髪形などといった外見とパーソナルデータが攻略対象の一人として登場した人物と合致したからだ。瞳の色が完全なオレンジではなく、茶色みのかかった黒であるのは日本人としては普通のことで、否定する材料にはならない。
そんなゲームの舞台である甘美西高校を受験したのは、勇が通っているからという至極単純な理由。『麻央』にとってはこれ以上ないほど大きな理由だが、麻央にとってはなんでそんなことで人生の選択肢の一つを決められたのかと疑問しかない。麻央の学力的に言えばもっと上を狙えたし、担任からもそう勧められていた。だけど担任がどれだけ「将来の可能性が広がるから」と説得したところで、『彼女』の心には響かない。『彼女』の中では甘美西を受けることは決定事項であり、それ以外の選択肢など一つとして存在していなかったのだ。
しかしそこでちょっとした不思議がある。それは海野麻央という従妹はゲーム内には存在していなかったこと。いたら確実に大好きな従兄にちょっかいをかける主人公をいじめる悪役、もとい当て馬役扱いだっただろうに。なにせ『麻央』は勇が大好きで大好きで大好きで大好きで、ずっと一緒にいるのだと疑いもしないくらい盲目的に惚れ込んでいたのだから。
合格した喜びの声が周囲から次々と上がるのを聞きながら、麻央は呆然と一言、合格者とは思えぬテンションで呟く。
「……ゲームには悪役なんていなかったのに……」
小さい頃から見た目は可愛いかった『麻央』は両親や親類からベタ甘に甘やかされに甘やかされ、貴女が一番、お姫様扱い。その結果性格は見事に可愛いとは正反対の方向に育った。我が儘で傲慢で自分より下だと判断した相手をとことん見下す。そんな態度は好きな相手の前でも変わることなどなく、親類の集まりで会った時に一目惚れした勇には毛嫌いされている。しかし欲しいものは必ず手に入れてきた『麻央』はどれだけ嫌われていようと決して勇を諦めることなく、それどころか嫌われていることにすら気付かず。ついには高校まで同じところを受けたわけだ。
それであるにも関わらず、ゲームに海野麻央は出ていなかった。というか攻略対象の誰のルートに入っても悪役はいなかった。一番可能性のありそうな俺様御曹司にすら、婚約者の影も形もなかった。
だから初めから一つのルートに絞っていなければ誰も攻略できないという構成になっていた『乙女の導』は、多少の絡みがあるとはいえほぼ一対一の関係性で進むのを好む人や、激しい女同士の横やりが入ることを嫌う人の間では好評なゲームだったのだが、そこは余談だろう。
「うーん……、とりあえずあたし、今相当嫌われてるってことだよね?」
前世の記憶と共にどうやら前世の人格までも現れたようで、掲示板の前で立ち尽くす彼女に以前のような我が儘で傲慢で人を見下すような態度はまったく見られない。むしろそんな人間さすがにないよー、と麻央は冷静にツッコんだ。覚えている限りの『麻央』のあれこれを思い出して、頭が痛くなった。そして同時にちょっとだけ残念に思う。だって前世でこのゲームをプレイしている時好きだったのが、勇だったから。普段はツンケンしている彼がデレる瞬間は最高に萌えたのだ。一週間はそのネタでお腹いっぱいだったくらい。……この際もう、仕方ないけど。
「不審がられるの覚悟で、改心しましたってことで? うん、いい、いい」
勇の傍にいられるものならいたいけれど、嫌われているとわかっているのにそれができるほど図々しくないし、空気の読めない子でもない。それに、過去のあれやこれやは麻央にとっては恥だ。どんな顔をして彼の傍にいろと。
そう、あたしは絶対に、悪役なんてお断り。好きだった勇にはそれ以下がないくらいまで嫌われ、自分の名誉を傷つけ、親に迷惑をかけるなんてそんな、他人のために人生めちゃくちゃにされるのは勘弁してほしい。麻央は自分の問いに自分で答えると、受験票をくしゃりと丸めて鞄にしまった。
「そういうつもりはなかったけど、高校デビューになるのかなー、これも」
小さな独り言は、喜びの声に紛れて誰の耳にも届かなかった。