9 お気に入りの場所
***《side:透流》
図書館を出てエレベーターホールへ向かう。校舎内にはいないということは、外にいるということだが……。さて、彼女の言う波月のお気に入りの場所とはどこだろうか…。
エレベーターから降りて玄関ホールへ向かい2、3歩ほど出た。そこから外に向かって魔力探知の魔法を展開した。
さっき目の前で波月が魔法を使ったので魔力の形は覚えている。しかし波月の魔力は感じなかった。もう少し遠くの方へ、今度は魔力感知を使ったが自主訓練している生徒しかいなかった。
波月は寝ていると言っていたからそんなに激しく魔力は移動しないだろう…。
こちら側でないとすれば中庭かもっと向こうの方か……。
一度校舎の中に入り玄関ホールとは反対側を目指す。この建物は上から見て凹状の形をしていて、へこんでいる部分に中庭がある。エレベーターホールを抜け中庭に出る扉を開く——
気持ちの良い風が頬をなでた。太陽が心地よい陽を中庭に植えられている木々や植物たちに浴びせている。テーブルやテラスが所々設置されており、ここで昼食をとっているものもいる。
お気に入りの場所……か。確かにここをそう呼ぶ生徒は多そうだ。
魔力探知を展開して波月の魔力を探りながら中庭を歩いた。植えられてある木々の中に一際目立った大樹があり、根元に大きな陰を作っているその場所に彼女はいた。木陰で身体を丸め気持ち良さそうに眠っている。
起こしてしまわないようにそっと近づいた。今目を覚ましたら、また逃げられてしまうだろうか……?
図書館とは違い熟睡しきっている彼女の側で膝をつき、そっと頭を撫でた。癖のない長い髪は触り心地が良くいつまでも触れていたい。髪を掬ったり頬に触れたときに身じろぎして、しまった……!起こしたか?と思ったが起きる気配はない。
どうやら大分疲れているようだ。魔力を多く消費する転移魔法を使わせてしまったからな……。まさか、ああやって逃げられるとは思わなかった。
寝顔を眺めていたら、いつの間にか時間が経っていたらしく予鈴が聞こえた。生徒たちは次の授業を受けるべく急いで中庭から出て行く。しかし、波月はすやすやと眠っている。
波月も次の授業があるだろうから起こしてあげたいけど……。こんなに気持ち良く眠っている彼女を起こすなんてできない……!
自分がもっと一緒にいたいってのもある。……波月は寝てるけど。
どうしようかと悩んでいるうちに本鈴のチャイムがなってしまった。あーもうこれは仕方がない、サボろう。
本格的に波月の横に座り込み、図書室で借りた参考書を開き治癒魔法について書かれているページを読みはじめた。
あれからずっと参考書を読み耽っていた。さすが上級者向けの参考書なだけあって内容も専門的で難しい。
いつの間にか授業が終わっており、生徒たちが中庭に入ってくるなか、俺のもとに2人分の足音が近付いてきた。
「……おい」
聞き慣れているが、少し怒気が込もっている低い声が聞こえた。
見上げれば木陰に座っている俺を睨みつけている相馬と、隣で眠っている波月を見て優しく笑っている波鳥がいた。波鳥は波月の前で膝をつき顔を覗き込んでいた。
「……相馬。に、波鳥か……よくここが分かったな」
「魔力探知を試したんだよ。さっきの授業は全然ダメだったからな。全く……授業サボって何をしてるのかと思えば……なに読んでんだ?」
「あ」
持っていた本を取り上げられた。
「『治癒魔法に必要な要素は』……? なんでまたこんな本」
「波月が読んでた。お前たちが偶然を装えと言ったからとりあえず手元にある本を貸して欲しいと言った。」
「ふーん」
そう適当に返事をして、パラパラとページをめくって中身を見ていた。
波鳥は楽しそうに波月の頬をつついている。
「おやおや、気持ち良さそうに眠っちゃって。かーわーいーいー。え? 何、ここで会ったのか?」
「図書館でたまたま会ったんだが……逃げられた」
「あらら、で? ここまで追いかけてきたと?」
「追いかけるつもりはなかったんだが、ここにいると教えてもらったら。ここって言うか波月のお気に入りの場所にいるってことだけだが……」
「誰に?」
「図書室にいたマゼンダの髪色の女子生徒だ。波月の知り合いらしい。なぜか俺のことも知っていた」
「図書館……マゼンダの髪……あー多分夕羅だ。波月の友達。波月より花波の方が仲がいいかな。きっとお前のことも花波から聞いてるんじゃないか? あいつの情報すっげーぞー」
そういや俺たちがこの学園に入ったことを知ったのも花波からの情報だって言ってたな。普通科の情報までどうやって手に入れるんだよ。
「とりあえず、部屋に戻るか。こいつこのままここで寝かせとくわけにはいかないし」
波鳥が波月の肩を揺すって起こしにかかった。
「ナツ〜。おーい波月ちゃーん。起ーきーてー……ダメだな。もー仕方ねーなー……。んーしょっと」
軽々と波月の身体を横抱きにした。あ、ずるい!俺も波月を運びたいのに……!
波月が瞳をうっすらと開いた。ぼーっと波鳥の顔を見ている。
「ん〜はとりだー……」
波月がにこっと笑って波鳥の首に手を回して抱きついた。あ、頬にすりすりされてる羨ましい……!
「はいはい。そんなに睨まない。ほら立って。行くよ」
「……」
……睨んでねーよ。
波鳥の後に続いて歩き校舎内に入り、エレベーターホールへ向かう。波月はまた眠ったみたいだ。波鳥に抱きかかえられたまま安心したような顔でスヤスヤと夢の中だ。
エレベーターが着いたので乗り込む。
おい、そこの男子生徒! なに波月の寝顔を見ようとしてるんだ!見たい気持ちは十分に分かるがお前なんぞには見せん、減る。
波鳥を壁際にやり、生徒たちの視線から守るように立つ。あからさまに残念そうな顔をする、男子生徒。俺が睨みつけると小さくなって隅の方に移動していった。
相馬が残念そうな顔で俺を見ている。
何だよその顔は……。どうせ「自分の彼女でもないのに何独占欲出してんだよ」とか思ってるんだろ。分かってるよ、でも仕方ないじゃないか!
こんな可愛い寝顔をどうして他のやつに見せてやらねばならんのだ……!
エレベーターを降りて廊下を歩く。
女子生徒を抱えて歩く俺たちに視線が突き刺さるが、波鳥は特に気にした風はなく前に進む。部屋の鍵を解除して中へ入る。
「ちょっとここに座れ」
「……? あぁ」
ソファーをさして俺に声をかける。言われた通りソファに腰掛けた。
「もっと端によれ。……そう、それで良い。動くなよ」
何をするのかと思いきや、なんと俺の膝が枕になるように波月をソファーに寝かせた。俺の方に体を向けシャツの裾を掴んできた。
なんだこれ、めっちゃくちゃ可愛い……!
「もうすぐ目を覚ますだろうし、暫くそのままにしといてやってー」
波鳥は生徒手帳を取り出し少し操作したあとどこかへ電話をかけていた。そういや電話機能ついていたんだよな、あれ。「手帳」と称しているが、「スマホ」とか「電話」と言っている生徒もいるようだ。
「それにしてもこの子が波月ちゃんねぇ〜。あ、はっぱり似てるね。目元とか」
相馬が近づいてきて波月の顔をまじまじと見ていた。
「あんまりじろじろ見るなよ」
「お前……」
ほらまたその顔……やめろ。
「んー……」
「あ、起きた?」
波月の目が開いた。まだ眠い目を擦って体を起こす。
周りを見渡した後、俺の顔を見て溢れそうなほどに大きく目を見開き、驚いた顔をしていた。
お願いだから今度は逃げないでくれ……。いや、逃がさない―—