6 飛行魔法と鬼ごっこ
***《side:透流》
新学期を迎えた朝、先日届けられたクリスタルの制服を着て気合いを入れる。
やっと波月に会える……!
昨日の晩に帰ってきたらしく時間的に会えなかったのが残念だ。だがしかし、今日こそは波月に声をかけるんだ!
食堂館で会えるだろうかと思ったが、このだだっ広いレストラン街のような場所では無理そうだ。探しにいこうとした俺をエレベーターの前で待ち合わせていた相馬が、近くの空いているレストランに引っ張っていった。
俺たちが珍しいのかそれとも見たことのない顔だからか、やけに視線が鬱陶しい。
波鳥は女子生徒に人気があるらしい。こいつを見て「朝から会えるなんて!」と喜び、その後俺たちを見て「誰あの人たちかっこいーー!!」と騒ぐ。
やはりこうなるかと相馬に視線を向けるとこいつも同じことを思っていたらしく、二人してため息をつきながら朝食を注文した。食べている間もあちらこちらから視線を感じる。慣れてはいるが、やはり鬱陶しい。
朝食を終え、一旦部屋に戻り、教科書を持って午前の授業が行われる教室へ行った。
俺と相馬は移動魔法学Ⅱをとっていた。Ⅰは実技はなく移動魔法の理論を教科書で勉強する授業なので俺たちは既に単位をもらっている。
残念ながら波月は波鳥と一緒に1年次に履修したらしいのでこの授業で一緒になることはない。
高等部に入ってすぐ受ける生徒が多くほとんどが一年生のようだった。
今日の授業内容は飛行魔法について。この魔法はコツさえ掴めれば簡単に習得できる。魔力が少なく一度習得できたらあとは自由に使える初級魔法。自転車と同じだそうだ。
風、もしくは重力を操れる地の属性を得意とする物は習得が早いらしい。一通り説明が終わったあと、じゃあ実際にやってみようと言うことで実技が可能な実習室へ移った。
屋内シューズに履き替え飛行可能な高さのある実習室に距離をとって整列した。
相馬と俺はすでに習得しているので何となしに飛行すると周りからわぁ、と声が上がった。とても滑らかで安定していると先生に褒められたが、なんだかずるして褒められているみたいで、何も言えず曖昧に微笑んでおいた。
やはり習得が早いのは風と地を得意属性としているものだった。辛うじて身体を浮かせることができたものや、全く浮く気配がないものは先生自ら補助していた。
しばらくすると飛行ができるようになったものだけで鬼ごっこをしよう、ということになった。鬼が交代するわけでなく増えていくシステムのゲームで、最後に残ったものには以降授業に出なくても単位をやるぞーと先生は言っていた。
「授業終了3分前まで残っていた生徒がいたら、先生も鬼として参加しますので、死ぬ気で逃げて下さい」と、笑顔で宣った。
どうやら簡単に単位を与える気はないようだ。
最初の鬼はくじで決めた。この生徒だけは他の生徒をタッチすると一度鬼は解除される。タッチ返しをされない様に自分より遅い生徒を狙うと良いよとアドバイスをした。
最初の鬼は相馬だった。
わざと捕まえられない速度で生徒に近づきあと一歩、というところで逃がせてあげている。親切なやつだ。いや、遊んでるのか?
生徒達ははじめの方はゆらゆらと不安定な飛行だったが、鬼にはなりたくないという一心で必死に逃げていくうちに、遅い走りくらいのスピードまで出せるようになっていた。もういいかな……と呟いた後、大きな声で生徒達に聞こえるように言った。
「じゃあ、みんな必死に逃げてねー」
その言葉のすぐ後に俺をめがけて飛んできた。いきなりのことで驚いたがとっさに避け、スピードをつけて遠くの方へ移動した。
俺たちのスピードに周りの生徒は目を見開いて動揺している。
相馬は本気で狙いにきていたらしく「ちぇっ」っといった後、俺たち以外の中で一番速い生徒にタッチした。タッチされた生徒はタッチ返しをしようとしたが相馬のスピードに付いていけず、悔しそうな顔をして他の生徒を次々鬼にしていった。
俺たち2人以外全員鬼になり全員が俺たちに向かってくる。
相馬にタッチされた生徒はどうしても仕返しをしたくてずっと追いかけ回している。タッチするギリギリまで引きつけてもう少し、というところでスピードを上げ男子生徒をからかって遊んでいた。
彼らを笑いながら躱していくあいつはすごく楽しそうだ。「あぁ、おしい」「もうちょっとなのに」「残念でした〜」などと挑発している。
なかなか捕まえられない生徒たちがだんだん鬼の表情になってきた。なんだか可哀想に思えてきた。そろそろ捕まってやったらどうだ?
それを見ながら俺は捕まえにきた生徒を適当に避けている。
相馬みたいにかっらってムキになられても面倒だから、あいつみたいにギリギリには避けない。
ふいに後ろから女子生徒が大して速くない速度で腕を広げて近づいてくるのを蹴飛ばしたい思いをぐっと堪え、できるだけ遠くの方に逃げる。油断しているところを捕まえようと思っていたらしく、残念そうにこちらを見つめる眼差しがうざい。
波月だったら抱きつかれても良いのに……。むしろ捕まえに行きたい、抱きしめたい。
なぜ魔法科に入学しなかったんだろうという後悔がまた襲ってきた。
スタミナ切れで下に降りて見学している生徒が増えてきた頃、時間が授業終了3分前になり先生が乱入してきた。先生はさて、どちらから捕まえようか?と言ってとりあえず近い場所にいた相馬の方へ向かっていった。
相馬は風を使って加速し、先生に負けないくらいの速度で逃げている。今まで相馬を追いかけ回していた生徒たちは呆然として2人の追いかけっこを見ていた。
さすがに先生には勝てないだろうと思っていたが大分持ちこたえたらしく、相馬のスタミナ切れで捕まってしまった。まぁ、先生相手によく頑張ったと思う。
そして今度は俺の方に視線を向け猛スピードでこちらに向かってきた。
このままでは逃げきれないと判断した俺は先生が腕を掴もうとする一瞬前に飛行魔法を解いた。魔法が解除されたことにより身体は重力に従い下へ降下する。先生は俺が魔法を解いたことで捕まえられずに空振りした手をみて、驚いた顔をしていた。
床面すれすれのところでもう一度魔法を展開し、横へ素早く移動する。床面への激突を考え、着く前に捕まえようとしていたらしいがそれは叶わず、またも空振り。
わざと魔法を解除したと理解したらしく、本気で捕まえにこようとする顔を俺に向けた、その時——
授業終了を告げるチャイムが鳴った……。
わぁっ……と見学していた生徒から歓声があがった。思いっきり拍手していたり、手を取って跳ねている生徒もいた。
先生の解散の言葉で生徒たちは実習室を出て行った。
疲弊している相馬に声をかけていた俺に先生は話があると言ってきた。どうやら鬼ごっこで残ったときに与えると言った単位のことのようだった。
あれはみんなに本気で習得してもらおうと思い言っていたことなので、授業に出ていないのに勝手に単位を与えてしまうと、先生が怒られる……と。だから最低限実技の授業は出てほしいとのこと。
相馬は捕まってしまったし、もともとそのつもりでいた俺は、分かりましたと頷くと先生は疲れた顔でありがとう、と言った。俺たち2人でそうとう疲れさせてしまったらしい。まさか初級者レベルの授業を受ける奴があんなに飛べるとは思わないだろう。
先生は次の授業があるからと背中を向けて歩き出し、独り言を呟いていた。
「まったく波鳥たちといい最近の生徒は何なんだよ……」
……お前もかよ!波鳥!