5 編入の準備
***《side:透流》
だんだんと魔法科の校舎が見えてきた。
この校舎を氷ヶ丘館といって、まるで氷でできているような見た目の建物だ。ガラス張りの壁が傾きかけた太陽を反射して眩しい。
ちなみに普通科は桜ヶ丘館という。春には敷地に桜が咲き乱れとても贅沢な花見が楽しめる。
特別科は紫ヶ丘館と名がついているが、べつに紫色の建物でもない。
それにしてもあの建物はいつ見てもでかいな。氷ヶ丘館は高層ビルのように天に聳え立っている。
普通科は寮が校舎とは別にありどちらかというと横に長い。下層階に寮や食堂、その他生活するための施設があり、その上に教室や実習室がある。
仮眠を取る生徒が部屋に戻りやすいように、だそうだ。途中の仮眠室がたくさんある階があるから絶対に部屋に戻る必要はない。
俺は魔力を大量に持っているため眠いと感じたことはほとんどないので、よっぽど魔力を消費しないと利用しないだろう。
車を降りて荷物を係りの人に預けた。部屋まで運んでもらう間に波鳥と同室の申請をしに行く。
なんだよ相馬、まだ何か言いたいのか?1人部屋だぞー、静かに過ごせるぞー。
申請は受理され、波鳥と同じ部屋で登録された。
教科書は履修科目を選択してからの配布なので、早く後期の履修登録をすることと、生徒手帳と制服は2、3日程度で届くことを伝えられた。
そしてもうひとつ、魔法科の生徒のみに与えられる「ビジュ」というものがある。魔法の制御や補助の役割を担い、生徒の体調も管理する。
魔法科にはクラスではなくランクがありジュエル、クリスタル、クォーツに分かれている。中等部までは全員クォーツだが高等部から、成績、魔力量、魔法技術、普段の生活態度によってランク付けされる。
クォーツは直径六ミリほどの透明な丸水晶でクリスタルになると六角形の形になる。クリスタルの上位になると色がつく。
そして優秀な生徒はジュエルが与えられ銘がつけられる。八角形の水晶でもちろん色も与えられ、制服も特別なデザインだ。
クォーツとクリスタルは黒のブレザーに白色のシャツ。
男子はダークグレーのチェックネクタイとズボン、女子はリボンタイとスカート。
俺たち特進クラスはダークグレーではなくブルーのチェックで、シャツは水色。モノクロの中にいたら否が応でも目立ってしまう。
ジュエルは白のブレザーにライトグレーのシャツ。ネクタイはビジュの色で、ズボン、スカートは白か黒にネクタイと同色のラインが入っている。
波鳥はジュエルを持っている。
攻撃型の魔法を得意としていて実技演習で好成績を出した。あまりに強い戦闘能力だが、雑なコントロールのためビジュによって力を押さえようとしたが、クリスタルでは心許ないのでジュエルに昇格したそうだ。
波月と花波もジュエルだぞーと誇らしげに自慢していた。もちろん知っている。このまえ見かけたときジュエルの制服を着ていたから。
俺たちのランクはクォーツからだと思っていたが、意外にもクリスタルを与えられた。短時間で試験に合格し必要単位を取得したことが認められ色もつくそうだ。
ビジュは常に身に付けておく義務があり、指輪、腕輪、イヤリング、ピアス、ネクタイピンを選択し宝石がついたアクセサリーの状態で渡される。
俺たちはビジュの色と形状の記入用紙と科目履修用紙を受け取り、できるだけ早めに提出するようにと言われた。書類は今日の夜書いて明日提出すれば良いか……。
一度部屋に戻り廊下に置いてあった荷物を入れて夕食に行った。本当にお腹が空いていたらしく波鳥はいつも以上に食べていた。どこに入るんだよそんなに……。
夕食を食べ終え、俺は今まで波鳥がひとりで使っていた部屋に行き、とりあえず今日必要そうなものだけ荷物から出す。相馬は今まで2人で使っていた部屋に戻り書類を持ってくるらしい。
そうだ、聞いておこうと思ってたことがあったんだ。
「なあ、波鳥」
「…なんだ?」
「波月はいつ来るんだ?」
「そんなに頻繁には来ねーよ。休み中は実家に帰ってるみたいだし。ギリギリまで戻って来ねーと思うぞー」
何!?今日こそは会えると思ってたのに、今は学園にいないだなんて…!あと少し、後少しの我慢だ……。
「なになに、どうしたの?」
相馬が部屋に入ってきて、落ち込んでる俺の姿を見て言った。
「波月に会えると思ってたのに今はいないって言ったらこうなった」
「また彼女か……。これから堂々と会いにいけるんだから良いじゃないか」
「会いにいっても良いのか!?」
「いや……偶然を装えよ? いきなり話しかけたら逃げるぞ? あいつ、人見知りだから」
「偶然……どうすればいいんだ……?」
「お前にそんなことができるのか? 見つけたら一目散に飛んでいきそうだぞ」
今までそうだったからなぁ……とか、ため息まじりに言うな。
おもいっきり邪魔してたくせに。
「んー……。俺がいるなら大丈夫だし、俺の友達だって紹介してやるよ」
「いつ?」
「波月と会えた日に。それか時間がある日に」
「俺はいつでも良いぞ!」
「向こうの都合を考えろよ」
「あいつすぐ寝ちまうからタイミングが難しいんだよな……」
そういえば以前、自主学習室の廊下で見かけたとき眠そうでめちゃくちゃ可愛かった。あのうとうとした顔!抱きしめて寝たい……!
「まぁ、それはそのうち、といことで。履修登録とビジュ登録の用紙記入しててまおうぜ」
「分かった。波鳥お前、登録はすんだのか?」
「俺たちは前期の終わりに登録させられたからもう決まってる」
「ふーん。で、波月は何を登録しか知ってるか?」
「お前はさっきからそればっか! もっと真面目にやれっ!」
消しゴムが飛んできた。相馬のやつ、なんだか最近攻撃的じゃね……?
「あいつは援護型だけど魔法使うのが好きだし、実技がある授業を選んでると思うぞ?」
「援護型か……得意属性は?」
「風と光。でもあいつ得意属性関係なく選択するからあんま当てにならねーと思うぞ? あとほとんどのⅢの授業は終えてるから頑張って追いつくしかないな」
「そういうことだから早く決めてしまおう」
手元にあるシラバスに目を通す。分厚いこの本には何十種類もの授業内容が書かれている。
さて、何を選択しようか目次から興味のある授業を探す。授業名の後ろにはⅠ〜Ⅵの数字が振ってある。数字が小さい方が初級者向けの基礎的な内容で数字が大きくなるほど上級者向けの専門的な内容になっている。
俺は自主学習室で勉強できなかった実技がある授業を選択していった。この半年間にⅢまでの単位をとっている科目がいくつかあり、それ以降の授業を取れば運が良ければ波月と同じ授業に出れるかもしれない。
「俺は書き終わったけど。相馬、お前は?」
「うーん。受けたい先生の授業が被ってるんだよねー、魔法史学Ⅳと移動魔法学Ⅱ。飛行は見よう見まねでなら少しできるんだけどやっぱりちゃんと使いこなしたいし。」
「飛行ができたら便利だぞ。混雑している場所を飛んでいくのとかめっちゃ気分良い。転移魔法は疲れるからあんまり使いたくはないけど、便利っちゃあ便利」
「じゃあ、そっちにしよう。魔法史学Ⅳは自主学習室で勉強するか……。うん、よしじゃあ次はビジュの登録だね形は……やっぱネクタイピンが便利?」
「俺はピアスにしてるぞー」
波鳥は右耳ろ見せてきた。青色に輝く八角形の宝石が嵌め込まれたピアスがついている。
「そうか」
「俺もピアスにしてる」
「ん……? 分かっている」
「波月もピアスにしている。右耳の」
「そうなのか!」
「花波も右耳に付けている」
「その情報は別に良い」
そうか、だったら俺もピアスにするに決まってるじゃないか。迷いなくピアスの欄にチェックを入れた。
「……波鳥、こいつで遊ぶのやめてくれない……?」
呆れた顔でネクタイピンの欄にチェックをつけながら相馬は言った。
「いや〜反応がおもしろくてつい」
……俺は面白がられていたのか。
色は200色ほど色見本がありその中から選択できる。俺が付けたい色は決まっている……そう思いながらじっと波鳥の目を見る。
「え……何?」
「お前の目の色を見せろ」
「は……? まさかお前俺のことっ……!?」
「違ぇーーよ!! 俺は波月の色をだな……!!」
「いや、分かってるよ。ごめんって」
「てゆーかそこまでするの、ちょっと引くわ」
相馬がぼそりと呟いていた。
数日後、制服とビジュ、そして生徒手帳が届いた。生徒手帳というよりはスマートフォンに似た端末である。
普通科では他校よりは別段作りの良いの手帳だったがなんだこの差は。優遇され過ぎじゃないか?魔法科。
単位制なので時間割は自分で管理しなくてはならない。また、授業が行われる教室は定まってないので、どの教室で行われるかいちいち確認もしなくていはいけない。各端末には先生のアドレスがあらかじめ入っており、必要な時に連絡が取れる様になっている。
他の生徒の端末番号も登録でき、校内ならばどこでもメールや電話ができる。もうスマートフォンで良いじゃないか。
ちなみに自分の携帯電話は魔法科の敷地内では繋がらない。外の人間と電話するには魔法科の敷地を出るか校内に設置されている電話を使用するしかない。魔力が溢れるこの場所で携帯を使用すると魔力と電波により繋がりにくかったり、端末が壊れてしまうことがあるからだ。
とりえず俺たち3人はお互いのアドレスの交換をした。時間割と授業に使う教科書や必要なものを確認して俺は新学期が始まるのを待った。
もうすぐ……もうすぐ君と——