4 とりあえず一歩
***《side:透流》
魔法科への編入は認められたが、まだ安心はできない。
次の前期期末試験までに魔法科高等科の1年分の単位を取得しなければならない。ここで試験に落ちると普通科へ戻らされる。浮かれて勉強を怠らないため、前期の試験が終わるまで波月に会いに行くことを禁止されてしまった。
ここまできてまだ会えないのか……!
高等部の単位を短時間で取得するため自主学習室へ行き、教科書に目を通しながら授業の動画を見る。授業よりもこの教室で動画を見ている方が捗るし自分としてはこちらの方が合っていると思う。しかし、先生の雑談が好きな生徒や講義の仕方が特殊な内容の先生の授業は人気が高い。
波月も時々利用するらしく、俺の横を通り過ぎた時思わず声をかけてしまいそうになったが、相馬に全力で阻止された。すぐそこにいるのに、触れない……。
友達と談笑している。
あー可愛い。ぎゅうぎゅう抱きしめて、頭を撫でくりまわしたい!なのに、なのにっ……!あと……あと数ヶ月の辛抱だ。
向こうから気付いてはくれないかとじっと見つめて観察していたが、相馬と波鳥に邪魔されてしまった。別に良いじゃないかちょっとくらい。
もちろんあとで相馬に八つ当たりしたのは言うまでもない。いや、悪かったって。そこに波月がいるのに何もできなくてイライラしてただけなんだ。もう謝っただろ、いつまでもネチネチと文句をたれるのをやめろ。
ここでもあまり目立ちたくないため他の生徒より早めに入室して施錠ギリギリまで居座る。まだ試用期間みたいなもんだから制服は特進クラスのままだ。
すでに何人かに見られているが「噂で聞いたんだけど本当なのかな?」程度なので特に問題はない。
昼食と夕食は相馬か波鳥が持ってきてくれる。基本飲食は禁止だが軽食程度なら黙認されるので、昼休みに入ると個室から少人数部屋へ移動して腹を満たす。
波鳥が今日は波月が何をしていたとかどんな様子かを話してくれるが、会いに行きたくなってしまうので正直やめてほしい。まぁ、話はしっかりと聞いていたが。そして波月を見つけたら話しかけに行こうとして、相馬に止められ八つ当たりする。
こんなことが稀にあったが前期の期末試験も無事パスすることができた。これで後期から魔法科に通うことができる……!
半年間は必要なものだけを魔法科の寮に持ってきて使用していたが、本格的に魔法科の寮へ入寮すべく秋期休暇中に部屋の荷物を移動する。制服の手配やその他魔法科で必要になるものの用意をしなくてはいけないし編入って大変なんだな……。
朝から3人で部屋の掃除をして、必要なものとそうでないものを分ける。特に何も用事がないからと波鳥も手伝いに来てくれている。教科書類を箱に詰めていた彼が黙々と服や生活用品を鞄に詰め込んでいる俺と相馬に話しかけてきた。
「お前ら、今までいた部屋を使うのか?」
「? そのつもりだが」
「俺さー今、2人部屋を1人で使ってるんだ」
「それは知ってるが……」
何が言いたいんだ?まさか、寂しいから一緒の部屋に来ないかとか言い出さないだろうな?
やつがニヤニヤしながら俺の方を見てきた。なんだよ気持ち悪いな。
「申請すれば1人俺と同室になれるけど、どうする?」
「どうするって言われてもこのまま俺たち2人で同室にするつもりだし、こいつを見張っとかなきゃいけないしな」
波鳥が問いかけ相馬が答える。俺もそれで良いと思うが何だその言い方は。
「そうか。じゃ、いいか。ちなみに俺の部屋には波月がたまに遊びに来ることがある」
「……は? 今なんて言った……?」
俺の聞き違いでなければこいつは今、波月が……。
「俺の部屋には、波月が、たまに、遊びに来る、ことがある」
さっきの言波を波鳥はもう一度ゆっくりと繰り返した。そうか、だったら言うことはひとつだ。
「俺はお前の部屋に行く!」
「何言ってやがんだっ!!」
「ふがぁっ……!」
相馬が怒鳴りながら俺の顔目掛けてゴミ袋を投げてきた。中に硬いものが入っていたのか地味に痛かった。
「波鳥も余計なことを言うな! 俺はこいつのお目付役でもあるんだ。その娘の近くに置いてみろ、勢い余って何をしでかすか分からん!」
「いやぁ…自分の目の届く範囲にいてもらう方が他の部屋に連れ込まれるよりかはマシじゃね?」
「2人きりになったらどうすんだよ! 絶対に手ぇだすぞ」
「流石に兄である俺が帰ってくるかもしれない部屋で手を出すことはないだろ? な?」
と俺に笑顔を向けた。こいつら俺をなんだと思ってるんだ。出さねぇよ……多分……自信は……あれ? ないな……。
「何かあったら相馬の部屋に帰ってもらうし、波月もここへは来させない。それで良いだろ?」
「……分かった」
信じてるからな、と念を押された。相馬はまだ納得してないようだが俺が言い出したらきかないと知ってるから、もう何も言わないようだ。まだ睨みつけてはいるが。
「よっし、じゃあ荷物を運ぶか。そのあと俺と同室の手続きをして夕食食べに行こうぜ! さっきからお腹へってるんだよな〜。時間帯的にまだ混んでないだろうし」
「そういやお昼食べてなかったな。じゃあ俺たちこのゴミを捨ててくるからちょっと待っててくれるか?」
「あぁ、いいぞ。このガムテープで貼っといてやるよ。もう入れるもんないよな?」
「えーっと、うん。大丈夫だと思う。頼んだよ」
相馬が部屋を見渡して頷いた。「了解〜」と言って波鳥は手に持ったガムテープを貼りはじめた。
俺たちはゴミ袋を持って部屋の外に出た。寮の一階にゴミ収集場所が設置されている。寮は男子と女子のフロアが東西に分かれていて、中央に共同のロビーがある。秋期休暇ということもあって寛いでいる生徒はいない。
ロビーから出てすぐのエレベーターを待っていた。上の階から俺たちのいる階に着いた音がなり、扉が開いた。
「え、あれっ……?」
「きゃぁ……!」
女子生徒が二人乗っていた。
1人は眼鏡の奥の瞳を見開いて固まっており、もう1人は顔を赤らめて口元に手を当て小さく跳ねていた。固まっている方はクラスで見たことがあるがもう片方は知らない女だ。休日だからか、校内で黙認されているよりも過剰にしているであろう化粧と意識して揺らしているツインテールがうざい。
相馬が乗り込んでしまったので仕方がなく俺もエレベーターに乗り込む。
「えっと……あの、最近授業に出てなかったから、どうしたのかと思ってたの。2人揃ってでしょ? 何かあったの?」
エレベーターの扉が閉じて動き出した時、クラスメイトの女子生徒が話しかけてきた。顔を赤くしていた女はこいつの後ろでごそごそと何かしているようだった。何かあったなんて話すこともないので俺はいつも通り無視することにした。
俺の返事を待っているようだがすぐに目的の階に着き扉が開いた。
「病気…とかではないんだよね。元気そうだし、クラスのみんなも心配して——」
「あの! 今から一緒にご飯食べに行きませんか! 私たち今から食堂に行こうと思ってたんです!」
エレベーターの外に出てもまだ話しかけようとしているクラスメイトの言葉にかぶせるよう、にツインテールは元気良く言った。上目遣いに俺を見上げ、ツインテールを揺らしながら首を傾げる。
「ねぇ! いいじゃないですか! 少しだけ! 少しだけでも……——ぶふっ!!」
女が一歩踏み出し俺の腕に触れようとしたが、とっさに手に持っていたゴミ袋を間に滑り込ませ阻止した。背の低い女はゴミ袋に顔から突っ込んだ状態になった。
エレベーターの中で漂っていた甘ったるい香りが、近づかれたことによりさらに威力を増した。俺は顔を顰め思いきり睨みつけた。
「ごめんね。これからゴミを捨てに行くところなんだ。そのあともちょっと用事があるし……」
相馬がゴミ袋を持った手を軽く上げて女に言った。俺がイライラしているのを感じ、追い払おうとしているのだろう。
「私も行きます! だから、そのあと……」
「じゃあ、頼んだ」
「……え?」
用があると言っているのになおも付いてこようとするツインテールにゴミ袋を押し付け、俺は今降りたエレベーターに乗り込み「閉」のボタンを押した。
女は後を追おうとしたがもう1人の女に腕を掴まれていた。閉まる扉の向こうでまだ何か言っている。
相馬には悪いがあの場所にいたくなかった俺は部屋へ帰らせてもらう事にした。また誰かに会うかもしれない。面倒なことは極力避けたいのでエレベーターを降りた後、早足でロビーを通り自分の部屋へと急いだ。
「おっかえりー……あれ? 1人か?」
「鬱陶しい女に絡まれたから先に帰ってきた」
「おやおや、相馬を置いて逃げて来たのかー? 可哀想に」
「……」
あいつならうまくやってるだろう。後で何を言われるかは分からないが……。
俺は残りの荷物の整理に取り掛かった。
荷造りをほとんど終え、あとは運び出すだけとなった頃、疲れた顔をした相馬が帰ってきた。
「おかえり。女の子の相手、ごくろーさん。可愛い子だった?」
「別にそうでもなかった。全く……全部俺に押し付けるんだから。重くはなかったけどゴミ袋ふたつ分って嵩張って歩きにくいんだぞ」
「あいつらに押し付ければよかったんじゃないか? お前の頼みなら喜んで運びそうだが」
「収集場所じゃなくて、自分の部屋に持ち帰られても良いのか?」
……ぞっとした。
「それにあのツインテールの子、お前がエレベーターに乗った後、明らかに不機嫌になったよ。八つ当たりされて眼鏡の子が可哀想だった。ゴミ袋置いてどこか行っちゃったし、結局俺がふたつとも運ぶことになったんだけど」
「……悪かったよ」
「いいけどね。お前の機嫌が悪くなる方が俺は困るし」
ぐう〜〜
……波鳥の腹の音だった。相馬があとで食べようと買っておいたお菓子を少し渡していた。
「サンキュ〜。とっとと荷物は運んじまおうぜー。3人でなんとか運べるか?」
「あ、俺さっき台車借りてきたから段ボール類はこれで運ぼう」
「おぉ、気が利くじゃん! 俺先生に電話してくるわー」
荷物は波鳥と仲の良い先生が車で運んでくれる。車を出してもらうのにわざわざ申請しに行かなくて良いのがありがたい。
「夕食普通科の食堂で食べてく? もう来ることはないだろうし、最後の記念に」
「……いや、いい。魔法科の食堂で食べよう」
今行くとさっき絡んできた女に出くわすかもしれない。とっとと魔法科へ行こう。
迎えに来てくれた先生の車に荷物を乗せ、自分たちも後ろの席に車に乗り込んだ。
「先生ーありがとー」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「はいはい。一応シートベルトは付けてね。敷地内だからって事故しないとは限らないし。特に今、魔法科の敷地に入ったら何が飛んでくるか分からないからね。怒られるのは先生なんだよ〜」
「はい」
「分かりました」
「了解〜」
俺たちがシートベルトをしたのを確認して、先生は車を出した。
先生の言う通り魔法科の敷地内では自主訓練している生徒がおり、時々何かが飛んできたりした。向こうの方では空が光っている。秋期休暇中なのに熱心なことだ。その様子をぼーっと見ながら魔法科の校舎を目指した。