3 彼女に会いに行くために
***《side:透流》
——やっと見つけた。
ずっと、探していたんだ。
透流=ライアルト・アドラ・レン・ステラリア。
それが俺の名前だ。この国の名前、ステラリアを名乗れるのは王族のみ。俺はこの国の第二王子だ。
兄の補佐をすべく知識を深めようと普通科に入学した。正しくは、なかなか外に出たがらない俺に「未来の嫁を探しに世間の波に揉まれてこい!」と言って、この学園に放り込まれたのだ。
世間といってもここは一般人は立ち入れない閉鎖された学園なんだが……。
優秀な生徒が集められたこの学園には普通科、特別科、魔法科があり俺にはどの科にするのか決めさせられた。
普通科には中等部から特進クラス、体育クラス、芸術クラスがあり、クラスが分かるように制服もそれぞれ色分けされている。
初等部よりエリート教育をされ、難関な試験をクリアしたものが中等部に上がることができる。ここで落ちてしまった生徒は諦めて他の学園に入学するか1年のみ留年ができる。この学園の初等部を卒業しただけでもかなりの好印象なので、他の学園にはかなりの高確率で合格できる。むしろ学園側からの勧誘がすごいらしい。
そして留年なんて世間体が悪いっていうお貴族様に設けられたクラスが特別科だ。
中等部からあるこのクラスは女子生徒のみ入学が可能で、膨大な入学金を払い、さらに大金の寄付さえすればこの学校に在籍できる。ちなみに試験にギリギリ受からなかった生徒も寄付金があれば中等部に上がることができる……らしい。
暇を持て余した貴族の令嬢が泊をつけるため、3年間から6年間この学園に通う。嫁ぎ先が決まり、中退するものもいる。この学科にいるだけでもかなりのステータスなので、そういう生徒は多いようだ。
特別科は特例を除いて寮で生活するものはおらず、自宅から通う生徒ばかりだ。授業は朝ゆっくり登校し、マナー講座などの花嫁修業。豪華なランチの後、一般教育の授業があり他の令嬢と談笑しながら優雅にサロンでお茶だ。
他の科と比べてとてもお気楽な毎日だが、彼女らの寄付金のおかげでこの学園の施設はとても充実している。“ゴールデン”とはうまく言ったものだな。
当然、男である俺は特別科に編入できるわけもなく、魔法は使えたが特に興味がないので普通科の特進クラスを選択した。
体を動かすことも好きだったが、この学園の体育クラスはスポーツ選手や騎士などを目指すものが選択するらしい。そこまで本格的な指導は必要ないし、将来のためを思うならやはり特進クラスが良いだろう。
この学園の高等部は超難関大学を現役で合格できるレベルらしいが、俺はもともと優秀な師のもとで手ほどきを受けていたたから、特に後れをとることもなかった。むしろ自分の方が進んでおり、いきなり成績トップという結果を出していまい、生徒の間で噂になってしまった。
あまり目立ちたくはなかったのだが、手を抜きたくなかった……というのもある。
そのことがあって俺は普通科の生徒の注目を浴びていた。ーー特に女子の。
見た目が良いのは昔から自覚している。パーティーに出れば数多の女が目を光らせて近寄り「ダンスはいかが?」と誘ってくる。一人と踊れば他のものとも踊らなければならないので、ほとんどの申し込みを断っている。
俺が踊りたいと思うのはただ1人だけだ——。
女はうるさいから嫌いだ。話しかけられても、無視するがそんなことはお構いなしにさらに話しかけてくる。
俺がだんだん不機嫌になっていくと、いつも一緒にいる相馬が相手をして、適当に追い払ってくれている。
幼い頃からともにいる相馬は、俺がこの学園に入学した時に一緒についてきた。
こいつも俺と同じ教育を受けてきたから入学早々トップレベル成績を叩き出し、俺とともに衆目に晒されている。本人は全く気にしてる風はない。慣れたらしい。なんて順応性の高い奴だ。
前期の中間試験が終わり、2週間ほどの休みが設けられた時期にあいつは来た。
「へー……君が普通科で噂の新入学生か。俺、波鳥っ言うんだ。よろしく、透流殿下」
彼は高等部の魔法科に在籍している生徒だが、普通科に入学した俺たちに興味があってわざわざ会いに来たらしい。名前は今、本人が名乗った通り、波鳥という。
俺のことを殿下と呼ぶということは、この男は俺のことを知っているということか。
この学園の生徒は基本、家名を名乗らない。実力を誇る彼らは家のコネクションで入学したと思われたくないらしく、親しい仲でなくとも名前で呼び合う。昔からの風習で今では定められてはいないが校則のようになっている。中には互いの家名を知っているものもいるが、それは特に仲が良い人間か、幼い頃から一緒にいるものくらいだ。
しかし、例外があり特別科の生徒は実力より家名を重視するらしく、年齢よりも位の高いものの方が大きな顔をしているらしい。
俺の家名はもともと知っている相馬以外には名乗るつもりはない。
だが波鳥は俺の名前を知っていた。なんでも妹の1人が情報に長けているらしく、それで俺のことを知り、会いに来たそうだ。
もちろんそれは他言しないと約束してくれた。それに彼の家名も教えてくれた。
上級貴族の息子だったらしく我が家主催のパーティーにも顔を出したことがあり、俺たちの顔も遠目ではあるが見たことがあるとも言っていた。
どこかできいたことがある単語だったが今はいいや。
彼は三つ子で妹が2人いるらしい。ふーん、そうなのかと興味なく相槌を打ったがそれが気に入らなかったらしく、3人で撮った写真を見せてやると言ってスマートフォンを差し出した。
妹との写真を持ち歩くってどんなシスコンだ……と思ったが、顔の前に差し出された画面を見て俺は固まった。
写真には真ん中にロングストレートの髪の女の子が笑っている。1番下の波月と言うらしい。
その子に抱きつくようにして無表情な眼差しを向けているショートヘアの女の子。この子は花波。
そして左側には波鳥が真ん中の子の頭に手をおいて写っている。
ーーいたのだ。
俺がずっと探していた子が。
写真の彼女は成長しているが昔会った時の面影が残っている。サラサラと流れた漆黒の髪も、エメラルドのような瞳も。三つ子だから同じ顔だが俺には分かる。
ずっと探していたがまさかこの学園にいたとは。いや、この学園にいたからこそ見つからなかったのだ。
この学園のセキュリティはとても優秀だ。特別科はこの学園に通っているという事を誇りに結婚相手を探しているが、普通科や魔法科の生徒の情報は完全にシャットアウトされ、信憑性の低い噂程度にしか耳に入らない。
だがしかし、ーー見つけた。
写真を見て唇の端を上げる俺を見て相馬はちょっと引いていた。
波月の情報を得るため波鳥に彼女のことを聞いた。彼は最初、俺が妹に一目惚れしたと思い仕方がないなという風に話していたが、俺の様子がそうとは違うと気付き直接聞いてきた。一目惚れではないのか?——と。その質問に俺は、昔一度会ってその時から気になり出していたと言った。
忘れられない……、涙で潤んだとても綺麗なエメラルドの瞳。
また会いたい、今度は笑顔を見たいとずっと探していたが中々見つからず、あれは夢でも見ていたのではないかと疑ったくらいだ。
あぁ、こんな事なら普通科ではなく魔法科に入学すれば良かった……。
学科選択前に見学をしてみるかと言われたが、目立ちたくないことと自分の中では普通科に入学すると決まっていたから必要ないと思い断った。あの時魔法科を見学していたらもしかすると彼女を見つけていたかもしれない……!そうしたら迷わず魔法科に入学したのに!
俺は今、とてつもなく後悔している。
それぞれの校舎は同じ敷地内にあるものの他の学科の校舎との距離はとても遠い。魔法科が広範囲で実習を行うため敷地の半分以上を彼らが使用している。試験を裏山で行うこともあるらしい。移動時間は徒歩で30分。シャトルバスが出るが何か特別な用があり事前に申請していないと乗れない。
つまり、学科が違えば会えない。
「お前、魔力あるんだろ? だったら編入すれば良いじゃん」
下を向いて落ち込んでいる俺に波鳥が言った。
「え……! そんなことができるのか?」
「簡単ではないけどな。それ相応の実力があればできないでもない。あと最終手段は……これだな」
と、ニッと笑い掌を上に向けて親指と人差し指で輪を作った。
——結局は金かよ。
なんだこの学園、金持ちに甘くないか?
「——て言うのは冗談で、お前魔法学の知識は?」
「一応、一通り講習は受けていたが基礎の基礎程度だ。ここの授業ほどには指導を受けていない」
ふーむ、と手を顎に当て波鳥は何か考え出した。
どんな条件でも魔法科に行けるならやってやる。金を払ってでも権力を使ってでも……俺は彼女に会いに行きたい——。
「よし、じゃあ俺がお前に基礎魔法学を叩き込んでやる。半年で中等部の課程を修得しろ。お前の成績ならいけるんじゃないか?」
「本当か!」
「あぁ。俺も一緒に頼んでやるよ。こいつマジで才能あるから編入させてやってよ、とか、強い魔力持ってるのに普通科なんて宝の持ち腐れだし~みたいな事言って。俺、結構優秀で先生たちから一目置かれてるから~」
だから今日もお前に会いに来たんだーと言って笑った。
——こんなチャンスは二度とない。
「よし、じゃあさっそく編入の申請を……」
「——ちょっと待って」
今までずっと黙って聞いていた相馬が口を開いた。
「透流……もしかして、その娘に会いたいがために編入するつもり?」
「そうだが?」
「そうだがって動機が不純過ぎる……!」
「相馬、兄上は俺になんて言ってこの学園に放り込んだ?」
「何て……って。えっ……と確か未来の奥方様を探しに世間の……って、まさか!!」
「つまり、そういうことだ。俺は兄上の言うとおり未来の嫁に会いに行くんだ」
「そんな決定事項みたいに……気が早すぎじゃないか?理想と違ったらどうする?」
その言葉に波鳥がギロッと相馬を睨んだ。
ーーうん、こいつは間違いなくシスコンだ。
その視線にたじろいで、いや、会ってみないと分かんないけどさ~とか言ってやがる。
「未来の嫁……か。いや、うーん。まぁ、別に良いのか? えー……もー面倒だから俺知らねっ」
相馬から視線を外し何やらブツブツ呟いている。
兄の前で未来の嫁発言は不味かったか?撤回する気は無いが、編入に手を貸してもらえなくなるのは困る。
「分かった。でも俺も一緒に受けるからね。波鳥、俺の分も申請お願いできる? あと魔法学の指導も」
「あぁ、いいぞー。1人も2人も一緒だし、後はお前らの実力次第だな~」
どうやら俺の発言は気にしてないらしい。
「あ、それと。波月については俺は何も協力しないからな。自分で何とかしろよ。あと、波月がお前を嫌がったら絶対に近付けさせないからな! 徹底的に邪魔するから!」
……一応気にはしていたらしい。
だがしかし、魔法科への編入は容易ではなかった。条件として、あと半年は普通科の単位を落とさずに修了すること。そして中等部から高等部に上がるための試験をパスすること。
それから俺と相馬は、夏期休暇、秋期休暇、冬期休暇全てを魔法学の勉強に費やした。テスト週間の後に設けられた休みで生徒たちが実家に帰ったり、外へ遊びに行っている間、一心不乱に頭に詰め込んだ。
魔法学の理論や歴史は大まかには理解しているから、あとは教科書に載っている詳細な部分だ。絶対に試験をパスしてやる!!
——そして、高等部1年を修了し、波鳥の推薦と熱心な指導の甲斐があり、俺たちは晴れて魔法科への編入を許された。