1 学園と魔法科
魔法と科学の水準が他国よりも高いとされているステラリア王国。
その中央都市から少し離れた場所に広大な敷地を有している最高峰の教育機関、王立セレスシュタイン学園があった。
才能のある人材を育成し有能な人材を多く輩出してきた名門。特に強い魔力を持ったものを集め、この国を支える優秀な人材に育て上げることを目的としていて、卒業後は王宮に仕える者が多い。魔力を全く有していないものでも優秀な頭脳を持っていたり何かの才に長けていたりなど、将来有望とされるものは入学を許可される。親が有名な人物であったり貴族の子息や令嬢でも入学が可能。
私、波月=アイス・リヒトは三つ子の兄と姉とともに幼等部からこの学園に在籍してる。一応上級貴族の令嬢で、現在魔法科の2年生である。
生まれつき強い魔力を持つ私たちは魔力を使って悪戯するやんちゃな子供だったらしく、使用人に迷惑ばかりかけていたので、これは手に負えない!ということで小さい頃から学園に放り込まれた。
今日から後期の授業が始まり、先ほど午前の授業を終えたところだ。
「ねえ、なっちゃん! 聞いて聞いて!」
“なっちゃん”とは、私のことである。
幼い頃から一緒にいた彼女は私のことをそう呼ぶ。
「なに瑠璃?さっきの実技授業で眠いんじゃないの? 早くご飯食べないと時間なくなるよ」
「そうなんだけど、でも聞いて!」
さっきまで外で授業を受けていた私たちは、急いで食堂階に向かう。食堂階は広く、レストランやカフェが多数あるが、期間限定物や人気のメニューの場所はすぐに満席になる。
気持ち早足になりながら目的のレストランへ足を進める。
「それで、何を聞いてほしいの?」
「前から密かに噂になってた普通科の制服を着た男子生徒がいるって言ってたよね?」
「そーだっけ?」
「そーだよ。ちゃんと覚えててよー」
「ごめんごめん。で、その生徒がどうしたの?」
「自主学習室で見かけた子がいたんだけどね、その子が言うにはめちゃくちゃイケメンらしいの!」
「ふーん」
「波鳥くんも一緒にいたみたいだから、なっちゃん何か知ってるかなーって思ったんだけど、その様子じゃ何も知らないみたいだね」
「うん、最近忙しいみたいであんまり会ってない」
波鳥は私の兄で三つ子の一番上。
去年あたりから連絡なしに部屋を訪ねたら不在だったり、電話をかけても繋がらないことが増えた。秋期休暇も家に帰らずにずっと学園にいたみたいだし。彼女でもできたか?いや……でもあのひと一応婚約者がいたはずなんだけど。
「今度自主学習室に行ってみようよ。もしかしたら会えるかもしれないよ」
「勉強しにいってるのに邪魔しちゃ悪いよ」
「じゃあ、見るだけ! 勉強もちゃんとするし!!」
「はいはい、そのうちね」
今年から入ったおいしいと噂のレストランで人気のメニューを注文した。
まだ生徒は少ししか入っておらず私たちの注文した料理はすぐにでてきた。箸を進めながらまたさっきの男子生徒の話をはじめた。
「それにしてもなんで普通科の制服なんだろうね?」
「ほんとに普通科の制服だったの?」
「うん、特進クラスの制服だったて聞いたよ。水色のシャツに青いチェックのズボンとネクタイだったって」
「へー」
彼女が言った制服は普通科にある特進クラスの制服の特徴だった。
特進クラスの生徒が魔法科になんの用だろう?自主学習室ってことはこっそり勉強しにきているんだろうか?先生に見つかったら怒られるぞ。
いや、先生方が知らないはずはないから何か特別に許可を取ってそこにいるってことかな?
私たちは話をしながらせっせと食べ物を口に運んだ。家ではお行儀が悪いと言われるがここではそんなことはないので、マナーの先生のいる前以外ではやりたい放題している。
「よしっ。ごちそーさまでした! 私仮眠室に行くけど、なっちゃんはどーする?」
「んーまだ大丈夫だし、図書館にでも行くよ。次の講義は何だっけ?」
「治癒魔法学Ⅳ。前期の復習とかだと思うけど、寝たりするとすっごく怖い顔で見てくるんだよねー」
「居眠りするくらいだったら授業に出ずに仮眠室に行けって、堂々と居眠りしてた子に言ってたしね」
「そうそう、というわけで私は少し寝てくるよ」
「うん、分かった。じゃあまた教室で会おう」
「そうだね」
食器を返却してレストランを後にし、少し先にあるエレベーターに乗り込む。図書館のある階で私は降り、仮眠室にいく瑠璃と分かれた。
この学園の図書館は1つのフロアを全て使用しており、蔵書の数が半端なく多い。偉い学者や王宮の文官が珍しい本を借りに来るとこがあるほどだ。
いつも時間がある時は図書室にこもっている友達を見かけ、少しだけ雑談をしながら本を探した。
目的の本が貸し出し中だったので、じゃあ少しでも復習をしておこうと思って治癒魔法学の参考書を手にした。彼女はまだこの辺りに用があるらしくたくさんの本を抱えながら奥へ行ってしまった。
私は生徒が本を読んだり勉強するために並べられた机が設置されているスペースへ行き、陽の当たっている窓際の席に座った。
窓から射す心地の良い太陽の温もりと頬を撫でるような微かな風を感じながら、頬杖をついてぱらぱらと参考書をめくる。
館内は空調が効いて涼しいが私にとっては少し肌寒い感じ。だから、こっそり少~しだけ窓を開けた。
秋期休暇前までは太陽の光が邪魔!と感じていたのにここ最近は陽射しが心地よい。この国は四季があるが夏と冬の期間が少なく、1年間快適に過ごせるからこの国からは出たくないなぁ。
ページを埋め尽くす文字を目で追っていたが、午前の実技の授業での疲れが出てきたのか、この陽射しが心地よい席に座ったのが悪かったのか先ほどからうとうと……うとうと……
あー私も瑠璃と一緒に昼寝しに行けば良かったかなー。
ここセレスシュタイン学園は普通科、特別科、そして魔法科の3つの科が設けられている。それぞれ校舎は異なり授業内容も科によって違う。
私が通っている魔法科は午前に2コマ授業があり午後に1コマがある。
魔法の実技によて消費した魔力を回復させるためにお昼休みが2時間ほど設けられている。次の授業までに回復させとけよ!てことかな。
授業は選択制なので実技だったり座学だったり授業によりけりたけど、午前が2つとも実技だったらお昼休みの間は少しでも寝ておかないと午後の授業を受けてられない。疲れすぎて寝過ごす生徒も少なくない。
私も何度か寝過ごしたことがあったりなかったり。……いや、結構ある。
高等部からは単位制だから授業に出なくても単位さえとれば卒業できるけど、ひとつ授業を飛ばせば内容が進みすぎて全く分からなくなる。
そういう生徒や受けたい授業がかぶってしまった生徒のために授業の内容をパソコンで見ることができる自主学習室がある。ひとりでじっくり勉強したい生徒のための個室や複数で勉強する生徒のための部屋がたくさん設けられている。長い授業が苦手な生徒や早めに単位をとっておきたい生徒は授業に出ず、ここを利用して試験に臨む。
強い魔力を持っているものは変わり者扱いされることが多く、外では変な目で見られたりいじめられることがある。そんなことがあってできるだけ人と関わりたくなかったり、人が多いところが苦手なものにとってはこのシステムはとてもありがたい。
ただし実技がある授業はちゃんと受けないと単位をもらえない。
私も寝過ごした時は利用したことがあるけどやっぱり先生の雑談混じりの授業の方が好きだ。
しかし、眠い……。午後の授業まで一時間以上あるがここで少しだけ寝てしまおうか。これから仮眠室に行くのもなんかな……ていうよりここから動きたくないんだよね。
陽射しと風がいい感じに眠気を誘ってくれる。
実技の授業は楽しくて、ついつい調子にのって魔力を使ってしまう。後でどうなるかなんて分かり切っているのに。
午後の授業のために少しだけでも体を休ませておこう……。
頬杖をついていた手を机に置いてその上に頭を乗せ、目を閉じたーー。