接触
「お・き・ろ・よ!」
ミシリと嫌な音をたてて腹に鈍い痛みと浮遊感が同時に襲う。ぐるぐると世界が面白いように回る。体が宙へ放り出されていた。体の体勢をたて直そうと手足で懸命に空を切るが受け身もとれず、ついには衝撃を殺すことはできずに背中から地面に叩きつけられる。
「がっ・・・!!」
その衝撃で肺から一気に空気が搾り取られ、また意識を刈り取られようとするがギリギリのところで堪える。
「おーお。良かった、良かった。よく耐えたな。また気を失ったら次は肉片になってたかもだぜ?」
一切の罪悪感を感じさせない間延びした声。ペチペチとやる気のない拍手。
歯を食い縛り、睨み付ける。誰かは知らないが殴られた借りを返す、その怒りが沸々とこみ上げてくる。頭に血が上っていた。
しかし、その怒りはどこにぶつけられることはなく、すぐに冷めた。怒りは目の前のものに対しての疑問に変わっていた。
俺がいた。
うつ伏せに倒れている俺の目と鼻の先には立ったまま、見下ろしている俺が。鏡に写るでもなく、容姿が似ているでもない。似すぎている。見違えることもない、得たいの知れない自分の姿があった。
目の前の俺は顔にヘラヘラと薄く笑顔を作り、明るい声音で口を開けた。
「初めまして。兄さん。」
気持ちが悪い。
先ほどとは全くの対応の違いに。
自分と全く同じ容姿をした男に俺と同じ声で「兄さん」と言われることに。
「何なんだ、お前は。」
「何なんだ。じゃないでしょ。誰ですか。でしょ。まったく初対面にその対応は失礼だよ。」
いきなり腹を蹴飛ばしたこいつには到底言われたくない。
「ま、わかってると思うけど僕はあなたの弟ではありません。全部、嘘。ジョークだね。」
手を肩まで挙げてプラプラと振る。
この男は口が達者なようだった。俺の質問も上手く省かれている。
ペースが乱される。話し方から感じる印象も親しみ1にムカつき9といった割合だろうか。嫌いな部類だ。
「さて、冗談はここまでにして本題に移るか。」
その一言で周囲が凍てつく。さっきとはうって変わって明るさから重く響く声音。悪寒が身体中を走り、全身に鳥肌がたつ。筋肉は強ばり、冷や汗が出てくる。体を起こして身構える。
さっきのは演技だったのだろうか。
男はこちらの反応を楽しんでいるのか、口角を上げ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺はお前で、お前は俺だ。だから、入れ替われ。」