恐怖
温かく優しく俺の体を包み込む日の光。暑すぎず、肌に突き刺さるような痛みもない。ちょうど良い晴天と言える天気だ。
たまに発せられる汗も風が吹くと、サーッと何かが囁き合うような心良い音色と共に消えていく。
ゆっくりと、閉じられていた瞼を開ける。日当で寝ていたせいか目がチカチカする。
目が少し慣れると眼前には青い空が広がっており、雲がゆっくりと進んでいる。
(あの雲は何て名前だっけ)
と綿飴のような形の雲を見ながら対して脳をはたらかせずに考え呆けていたらあっという間に数分が過ぎる。ぼやけていた意識も徐々に戻ってきている。
ふと、疑問が浮かぶ。
なぜ、外で俺は寝ているのか。
問題はそれではない。
俺は上体を起こし、辺りを見渡す。
広がっているのは地平線まで広がっている草原だ。
おかしい。
何かがおかしい。
全てがおかしい。
ここは夢の中だったはずだ。
今までのことは全部夢の中で見た夢の出来事だったということか。それとも、この世界が現実で向こうの世界が夢だったのか、もしくはここは天国なのか。無限に続いていそうな空と草原。この美しい光景は天国と言われたら信じてしまうものだろう。あるいは地獄。誰も、何もない世界が広がるだけの怠惰の地獄。あの野崎の説教が可愛く思える。
いくつも答えの見つからない推測が挙がる。それらが頭を駆け巡る。頭が痛い。
どれが正解なのかもわからないし、正解なんて無いのかもしれない。
考えるだけ無駄。
ただ一つ、死んだだけ。
自分が死んでしまったことを自覚すると吐き気が襲うが必死に堪える。
「もし、俺が死んでこの天国か地獄もわからない世界に来たのだったら、夢の中でこれを見た俺はなんなんだろうな・・・。」
頬にはほんのりと温かい涙が伝っていた。その後も前に続くように絶えず溢れてくる。ぬぐってもぬぐっても止むことはない。止まれと強く念じても勢いは増すばかりだ。ちゃんと決別は済んだはずなのに。
悔しい。
残り何十年とある人生をたった十六歳で終えたことが。
虚しい。
沢山の叶えたいことがあったのに多くのことをもう遂げられないことに。
誰にも向けられない怒りはぶつかる事なく、積もっていく一方である。
「くそう!くそう!」
拳で地面を叩く。
それは何も意味をなさない。
ただ、自分で自分を傷つけるだけだ。
呼吸が荒くなっていく。
もう、手の感覚が無くなってくる。
それでも、拳を叩きつける。
何度も。何度でも。
首もとが締め付けられているような感覚に陥る。呼吸ができない。しようにもどう呼吸すれば良いのかも分からない。
苦しい。
行き場のない感情が心の中で大きくなっていく。心が押し潰される。
多くのことをやり残して世界から離れていく。これが「死」ということなのか。これまで亡くなってきた人たちは皆、通った道なのだろうか。
皆、これに耐えうることができたのか。
嫌だ。認めたくない。
これはまた夢の中なんだ。
俺はまだ死んでなんかない。
そう思ったとき、何かが折れる気がした。
突如、視界が黒く染め上げられ、意識が刈り取られた。
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少年が気絶した直後、何かが空から落ちてくる。
空気を裂いて高くから落ちてくる。
形がハッキリとしてくるとそれは人だということがわかった。
バランスを崩したのだろうか、アクロバティックな技を繰り出した。
声が高らかに挙げられる。
悲鳴ではなく、歓喜に満ちた声。
さらにまた、地表に近ずくとパラシュートも何も装備していないことが確認できる。
落下するまであと、1000メートル。
100メートル。
10メートル。
ぶつかる!
と思った瞬間、彼は音もなくゆっくりと着地する。落下位置とそのスピードは彼をグチャグチャにするエネルギーを持っていた。決して有り得ないものだった。
彼は横たわる少年に向かおうと足を前に出す。次はその逆の足を出す。繰り返す。
足元に転がる少年を一瞥する。
数千メートルの高さから落ちたのにも関わらず悲鳴を挙げなかった彼が絶叫する。
「また、出番無しかよ!!!」
その絶叫は虚空に霧散し、横たわる少年の意識には届きはしなかった。