#4 破壊の力
「母さん!しっかりして!」
少年とその母親らしき金髪の女性がいる。
母親は少年を庇って深手を負い、もう虫の息だ。
「ユーリ...今まで私を母と呼んでくれてありがとう...」
「どういうこと!?」
「知ってるでしょ?私は貴方の本当の母親じゃない...」
「ううん、僕の母さんは母さんだけだよ!」
「ありがとう...あいつとあの子の忘れ形見の貴方達に囲まれて歩む人生、幸せだったわ...願うことならもっと続けたかった...」
母親は血塗れの手で少年の頭を撫でる。
「ねえ!母さん死なないで!」
「ユーリ、私が居なくなっても強く生きるのよ。大丈夫、いつまでも私が見守っていてあげるから...」
「母さん!しっかりして!母さん!!!」
誰も居ない家で少年の叫びだけが木霊した。
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ふと目を覚ます。
見慣れない天井。見慣れない部屋。ここはどこだろう...
私は魔王に刺されてしんだはず。そう彼女は思った。
ベッドから起き上がるとお腹に激痛が走る。刺されたのは間違いないらしい。
窓を見ると金髪でショートカットの彼女の顔が見える。どうやら生きているようだ。
目線を下に下ろすと見知った姿が見える。
「姉様!?」
リリーナはその声に反応して身を起こす。
「ラスティ!良かった!目が覚めたのね!」
「私は一体...」
「ここはフォレスの宿屋よ。刺された貴方をここまで運んできて治療したの。幸い急所は外れてたみたいで良かったわ。」
リリーナは心底嬉しそうな顔をする。
「姉様...魔王はどうしたのですか...?」
「魔王は逃げたわ。魔王かどうかは確定ではないけれど。あの屋敷で一体何があったの!?」
「急に...見たことのない巨大な魔物に襲われて...皆逃げたけど殺されて...ウィルズが私を地下室に...」
「それであの魔王が来たというわけね。間に合って良かった。」
「あの魔王は姉様を探していました...また来るのではないでしょうか...」
「多分ね。ごめんね、私のせいで危険な目に遭わせちゃって...」
「いえ...姉様の為ならこの命を捧げると何年も前から決めていました...気にしないでください...屋敷の皆もそう思っていたはずです...」
「ありがとう...」
リリーナが俯いて涙を零し始める。
ラスティは話している間は終始無表情だったが、少し目が潤んでいた。
しばらくすると扉を開けてユーリが入ってくる。
「今は休んでる暇はないぞ。森まで追っ手が来てる。追っ手は俺が食い止めるから、出発の準備をしてくれ。」
森からということは帝国の追っ手だろう。
この街で戦ったらまた犠牲者が出るに違いない。
「姉様...この方は...?」
「私の護衛役のユーリよ。相当腕が立つから安心して。」
ユーリはラスティを指さし、
「そこの君、ラスティと言ったか。立てるか?」
「はい...痛みはしますが問題ありません。」
ラスティはベッドからお腹を押さえながらフラフラと立ち上がる。
「ちょっとユーリ!怪我人に無理させちゃ駄目でしょ!」
「少し酷なことを言うようだが、間違いなく帝国はラスティを狙ってくる。人質にする為に。」
「...」
「一旦船で東の大陸に渡れば帝国は手出しし辛くなるはず。それまでの辛抱だ。向こうもそれが分かってるから、どんな汚い手でも使ってくるだろう。」
「大丈夫です...姉様の足でまといにはなりません...」
「...分かったわ。ラスティは私が面倒をみるから追っ手をお願い。」
「任せろ。」
ユーリはそれだけ言って部屋から出る。
リリーナはふらつくラスティをベッドに座らせて荷物をまとめる。
宿屋から出たのは数分後。2人はゆっくりと街の外へ歩みを進める。
しかし、街の外へ出て街道を進もうとしたその矢先、黒いフードを着た人達に囲まれてしまう。
フードの隙間から帝国の紋章が見える。
「くっ、追っ手より先に待ち伏せてたのね!」
「金髪の女は殺しても構わない。やれ。」
指揮官の号令のもと、帝国兵が命令に従って襲いかかってくる。
今回の兵はアースではないらしく、普通の生身の人間のようだ。
「一般兵風情に私を止められると思っているのかしら?ラスティ、私の手を握っててね。」
リリーナは早口で呪文を唱え始める。
「炎の渦に呑まれなさい!フレアスクリュー!」
リリーナとラスティを中心に炎の渦が発生し、向かってくる帝国兵を焼きながら吹き飛ばしていく。
取り囲んでいた兵は一掃出来たかといったぐらいで、渦ごしに微かに声が聞こえる。
そして、声が聞こえたと同時に渦の中に帝国兵が突っ込んでくる。全身に炎を纏いながら。
「くっ!」
リリーナは急いで魔術を解除する。
しかし数が多く、ざっと10人はいるアースをラスティを連れて凌ぐのは不可能だろう。
新たに魔術を唱える暇はありそうにない。
「ミラージュウィンド」
ラスティがそう唱えると2人の姿は風に遮られて見えなくなり、風にゆらゆらと複数の人影が映し出される。
アース達はその人影に気を取られ、リリーナに詠唱する時間を与えてしまう。
リリーナは腰に提げていた神剣レーヴァテインを媒体にして上級魔術を唱える。
「地獄の業火に焼かれよ!メギドフレイム!」
風に包まれていた2人の周りは一瞬にして黒い炎に変わり、地獄の業火はアース達を焼き尽くしていく。
不死身のアース達はいつまで経っても消えない黒い炎にもがき苦しみ続け、生物とは思えない悲鳴をあげる。
やがてアース達は燃えたままピクリとも動かなくなり、灰となった。
リリーナはふーっと一息つき、後ろのラスティに振り向く。
「ありがとうラスティ。助かったわ。」
「足でまといには...なりたくないから...」
ラスティはそう言うと膝から崩れ落ちる。
「大丈夫!?」
「はい...なんとか...」
パチパチパチ
最初に居た指揮官らしき人物が拍手しながら2人のほうへ向かってくる。
フードの中には仮面。屋敷の地下室で見たものと同じものだった。
「素晴らしい力だ。アースの再生能力を上回る圧倒的な破壊の力。レーヴァテインによって更に高められたその力はまさしく破壊そのものと言っていい。」
「魔王...貴方の目的は一体何なの!?」
「言っただろう?私はこの世に混沌を生み出す者。目的はそのただ一つだけだ。エフリートの破壊の力、今度こそ頂かさせてもらう。」
そう言って魔王の周りにどす黒い魔力が溢れ出す。
闇。ひたすら暗い闇。
怒り、悲しみ、憎しみ。そんなものだけが渦巻いている闇。
常人なら見るだけで卒倒してしまうだろう。
「...来たか。」
いきなり上空からもの凄い速度で何かが落ちてくる。
魔王は闇で作った剣で受け止め、こう叫ぶ。
「「待ちかねたぞ、この瞬間を!!!」」