#2 新たな脅威
人魔戦争。
人と魔王との戦い。
魔王率いる魔物の軍勢は東の大陸から突如として現れ、世界を滅ぼそうとした。
圧倒的な力を持つ魔王はその力で人間を蹂躙し、東の大陸のほぼ半数の人間が死に至り、他の大陸も多くの被害を出した。
そんな絶望の中現れたのが勇者だった。
勇者は2人の仲間と共に神から与えられた聖剣で魔王に討ち滅ぼし、世界に平和をもたらした。
しかし、魔王による被害は大きく15年経った今でもその傷は癒えてはいない。
東以外の大陸は復興したものの、東の大陸のほとんどは魔境と化してしまっている。
そんな中、人類にまた新たな脅威が迫ろうとしていた...
-------------------------------------------------
嫌な予感がする。
そう感じてユーリは目を覚ます。
まだ真夜中。灯りを付けて部屋を見回すが何もない。ドアの外を見ても誰も居ない。
思い過ごしかと思ったが、ユーリには何故か悪い予感がした。
とりあえず雇い主の所に行かなければ。
彼女に死なれてしまってはローランドへ行く事が出来ない。
大剣を背負い、コートを着て外へ出て行く。
雇い主...リリーナが泊まっている宿はたぶん街のもう一つの宿だろう。
灯りを灯し、ゆっくりと街中を歩いていたその時、悪い予感は的中する。
「帝国だ!帝国が攻めてきたぞ!」
街を守っている自警団の声がする。
次の瞬間、西のほうで爆発音がし、灯りが必要のないほどに火が立ちこめる。
急がなくては。
そう思い、リリーナが泊まっている宿へ急ぐ。
「なんだってこんな辺境の街に!」
「ああ!もうおしまいだわ!」
突然の襲撃に街の人々は混乱している。
その人ごみを抜けて宿の前にたどり着く。
宿の前には夜でも映える紅色の髪の女性、リリーナが立っていた。
「ユーリ、何が起こったのですか?」
「帝国の軍が攻めてきたらしい。今すぐここから逃げるぞ。」
「でも街の方達が...」
「俺達は正義の味方じゃない。巻き込まれたただの被害者だ。それに俺の仕事はお前をローランドまで護衛することだ。」
「...分かりました。ここから近い東門から街から出ましょう。」
悲鳴と爆発音が聞こえる街から背を向け、ユーリとリリーナは東門を目指す。
しかし、敵は既に先手を取っていた。
東門から出ようとした街の人々が立ち止まる。何故なら既に帝国兵が待ち構えていたからだ。
帝国兵は目が虚ろでまるで何者かに操られているかのように人間離れした動きを見せ、槍を振るう。
自警団が応戦したものの、待っていたのは虐殺だった。
帝国兵の槍が街の人々の命を確実に奪っていき、死体の山が出来上がる。
「ひどい...」
ユーリとリリーナがたどり着いたときにはかなりの人数の人が殺されていた。
一人だけ動きの違う、指揮官のような帝国兵がこちらに近づいてくる。
「御機嫌よう、ローランド王国の姫君。お迎えにあがりました。」
「何故私の素性を帝国が知っているのですか!?」
「ふふふ、知っていますとも。この街を襲ったのも貴方を迎えにあがる為ですよ。まぁ、この街はいずれ滅ぼす予定だったのですがね。
私の名は帝国軍大佐アッカード。私と一緒に来てもらいましょう。その身に宿すエフリートの力を帝国の為に使ってもらいます。」
「お断りします。私にはやらねばならないことがあるのです。」
「ふふふ、では力ずくでも連れて行くことにしましょう!」
帝国兵がアッカードの号令に従って目標をリリーナに定める。
それを見たユーリが守るようにリリーナの前に出る。
「話は終わったか?俺は雇い主の意向に従う。」
「私を帝国兵から守ってください!」
「...了解した。」
ユーリは大剣を抜いて帝国兵に斬り掛かる。
大剣という大きくて重い得物を持っているとは思えないユーリの余りの速さに、帝国兵は反応も出来ずに次々と斬り裂かれていく。
辺りの帝国兵が一掃されるのに十秒も掛からなかっただろう。
「ふふふ、腕の立つ護衛を雇っているようですね。ですが、それでは私の兵は倒せません。」
斬り裂かれたはずの帝国兵の体はみるみる元通りになり、倒れていた帝国兵が立ち上がっていく。
見た目こそ人間だが、どう考えても人間の所業ではない。
「これが噂の帝国の不死身の兵隊か。」
「不死身...!?」
「ああ、奴らは『アース』とかいう名前だったか、魔術によって作られた人間の形をした化物らしい。斬られても死なず、心臓を抉られても動きを止めず、焼かれても灰にならない。弱点が一つあると聞いた事があるが、残念ながら俺は知らない。」
「ユーリ、じゃあどうすれば!?」
「ちょっとじっとしてろ。」
そう言うとユーリは大剣をしまって両腕をあげる。
「おやおや、諦めて投降というわけですか?随分潔いことですね。」
しかしそう言った次の瞬間、アッカードの顔は驚愕に変わる。
遠目にユーリの右手から何かが落ちたのが見えたのだ。
気がついたときにはもう遅く、辺りは煙につつまれる。
「ちっ、こんな古典的な手法で!」
「引っかかるほうが悪いのさ。じゃあな。」
煙が少し晴れた頃にはユーリとリリーナの姿は無く、困惑した帝国兵がきょろきょろと見回す。
しかし、見つかったのは頭から血を流したアッカードだけだった。
-------------------------------------------------
街から十数分走った森の中でユーリは止まる。
森の中は真っ暗で、月の光だけが辺りを照らしている。
「ここまで逃げればもう大丈夫だろう。」
「いいから早く降ろしてください!」
「分かったから暴れるな!」
そんな服じゃ走りにくいだろうとユーリはリリーナ抱えて走ってきたのだが、リリーナはちょっと不機嫌だ。
無理もない。街から1時間足らず歩いてやっと着く森を、たった十数分で走ってきたのだから。
「ユーリ、貴方本当に人間なのですか?」
「一応人間だ、一応な。」
リリーナは顔を青くして木にもたれ掛かって腰をおろす。
こんな状態までした犯人であるユーリはその様子を見て苦笑いしている。
「街の人達は大丈夫でしょうか...」
「そんな状態でよく他人の心配が出来るな。元から君が標的だったし、それに...」
ユーリは懐からナイフを取り出す。
「これで相手の指揮官をやっておいた。攻撃の手は緩まるだろう。」
「なんというか…器用な方ですね、貴方は。」
「そんなことより、次に行くあてはあるのか?とりあえず東の森へと逃げてみたが。」
「そうですね、このままずっと森を東に行くと小さな屋敷があります。そこへ向かいましょう。」
「了解した。まだ夜中だから君は少し寝ていろ。俺が見張りをしておく。」
「すいません、ありがとうございます。」
そう言うとリリーナはすぐに眠ってしまい、微かに寝息が聞こえる。
ユーリは大剣を地面に静かに置いて、着ていたコートを被せてやる。
「さて、お姫様は寝てしまったようだ...くれぐれも起こさないようにしないと、な!」
ユーリが振り向きざまにナイフを投げる。
すると小さな悲鳴の後、茂みが揺れ動く。
ユーリは大剣を拾って構える。
周囲の木々の影が一斉に動きだした。