#1 邂逅
西の大陸の辺境の街、ガルド。
そこにある傭兵ギルドに1人の女性が訪れる。
その女性は辺境の街に似合わない、まるでどこかの貴族のような格好をしていた。
朱で彩られた服や髪飾りはその場に居た傭兵達の目を釘付けにするには十分だった。
「いらっしゃい、こんな傭兵ギルドに何の用で?」
受付の男が女性に呼びかける。
「ローラントまで護衛をお願いします。特別腕の立つ方を。」
「ええ!?ローラント!?そんな遠くまで行ける傭兵なんてここには居ないよ!他を当たってくれ!」
ローラントは東の大陸にある国の名前である。
ここガルドからはとても遠く、行ったとしても片道半年以上は掛かるだろう。
ある程度姿からはどれほど無茶な注文が来るのかと構えていたようだが、流石に受付も困惑するほぼの内容だ。
「そうですか...失礼致しました。」
そう言って女性は傭兵ギルドを出ていく。
「はぁ...ここでも駄目ですか...」
この傭兵ギルドで5つ目だった。
無茶な注文だというのは彼女自身分かってはいるのだが、それでも行かなければならない理由があった。
「おい!」
後ろから呼び止められる。
振り向くと強面の大男が立っていた。先ほどの傭兵ギルドに居た傭兵だろう。
「へへ、嬢ちゃん、俺が連れて行ってやるよ。」
下品な笑みを浮かべ、女性にそう持ちかけてくる。
女性はそれほど世間知らずではないので、これが嘘だということは無論見抜いている。
実際これで3回目だった。
大男もこの街では有名人のようで、寄ってきた野次馬もあーあ、またあいつだよと言う。
「私より弱い方は必要ありません。お引き取りください。」
「何!?このアマ、ガルド一のこの俺様が弱いだと!?ふざけてんじゃねえぞ!」
そう言って大男は背中から大斧を取り出して女性に振りおろそうとする。
「邪魔だ、どけ。」
大男がまるでボールのように蹴り飛ばされ、近くの建物に激突する。
蹴り飛ばした本人は真っ黒なコートを着た青年でそれほど体格は大きくはない。
目立つものといえば、背負っている自分の身の丈ほどある大剣だろうか。
「宿屋の前でドンパチやってんじゃねえ、この木偶の坊が。」
そう文字通り一蹴して大男を見向きもせず宿屋に入ろうとする。
一連の事件を見ていた野次馬は目を驚かせている。
「あいつ...ジガードをやりやがったぞ...」
「たった一撃でこの街の問題児を...なにもんだあいつ...」
建物に激突で倒れていたジガードが起き上がり、蹴り飛ばした相手に激昂する。
「くそ!舐めてんじゃねえぞ!」
落ちていた大斧を拾い、青年に襲いかかってくる。
しかし、青年は背中から大剣を取り出し、襲いかかってくるジガードを流れるような動きで斬り伏せてしまう。
斧は細切れになり、ジガードも全身傷だらけになる。
「安心しろ、致命傷は避けてある。」
そう言って最後に腹を蹴り飛ばし、建物にぶつける。
ジガードは完全に気を失い、情けない姿で倒れこむ。
「すげえ!ジガードを完全に手玉に取りやがった!」
「あいつ本当に何者だよ!」
野次馬の歓声をもろともせず、青年は宿屋に入る。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
眺めるだけだった女性は青年を追いかけて宿屋に入っていく。
宿屋の扉の前で青年は立ち止まり、女性の方へ振り向く。
「あの、助けていただきありがとうございました!」
「別に助けたわけじゃない。本当に邪魔だっただけだ。それに、」
青年は女性が腰に掛けている剣を指差して、
「あんな奴なんて簡単にやれるだろう?別に助けるまでもない。」
「...」
確かに女性にはあの程度ならば青年と同様に簡単に倒すぐらいたやすいことだった。
過去2回もそうして対処していた。
「貴方の腕を見込んでお話があります。ローランドまで護衛をお願いできませんか?」
「...」
「報酬は私の出来る限りで揃えてみせます。どうかお願いできないでしょうか?」
「その首に掛けてるリングネックレス、ちょっとよく見せてくれ。」
「これ、ですか?」
女性が首に掛けていたのは赤い宝石に紋章が彫ってあるリングネックレスだった。
青年はこれを手に取り、まじまじと見つめ、質問する。
「これをどこで手に入れた?」
「ローランドです。」
「...これが報酬ならやってやらなくもない。」
「大事なものですが、致し方ありません。よろしくお願いします。」
青年はリングネックレスを女性に返す。
「いいのですか?」
「報酬は後払いでいい。明日出発する。」
「あの!私、リリーナと申します。お名前は?」
「ユーリだ。じゃあ、また明日。」
ユーリは自分の部屋へと帰っていく。
彼の後ろ姿を見送りながら、リリーナはリングネックレスを見つめる。
このリングはローランド、彼女の故郷のものだった。
一応ローランドの宝の1つなのだが、証明が出来ないので綺麗な宝石という以上のお金の価値はない。
ガルドからローランドまでの護衛代としては安すぎるほどだった。
そんなリングを何故選んだのか、彼女には分からなかった。
だが、理由はどうあれやっと出発出来る。
護衛もあの男なら大丈夫だろう。そんな気がした。
「さて、私も今日は宿に戻りましょうか。」
そう独り言を言って彼女は宿へ帰っていった。