#1 堕ちてきた男
「お母様...」
アルトリア王国の王女、クローディア・フォン・アルトリアは泣いていた。
少し大人びた物腰をしているけれども、まだ彼女は13歳。
父や国民の前では我慢していたものの、耐えきれずに城の外のいつもの場所まで出てきてしまった。
城下町を一望できる丘の木の下。彼女は小さい頃によくここで母と幼馴染とで遊んでいた。
「クローディア...」
隣でクローディアを追いかけてきた女性がクローディアを慰める。
名前はソフィーヤ。クローディアよりも少し年上で幼い頃からずっと一緒に居る幼馴染だった。
「ソフィー、私これからどうすればいいの?お母様が居なきゃ、私...」
「ううん、そんなことない。今までミネルバ様が病気の間頑張ってきたじゃない。ミネルバ様だってきっとそんな姿を見て安心して天国へお行きになったに違いないよ。だからそんなこと言っちゃ駄目。」
「で、でも...」
「もうちょっと自分に自信を持って。今だけは泣いていいから。また明日から頑張ろう?」
「ごめんなさい、ソフィー。ありがとう...」
クローディアがソフィーヤに抱きついて泣き始める。
彼女の母、ミネルバ王妃の死は13歳の彼女には重すぎるものだった。
...何十分泣いていただろうか、クローディアが泣き止んだのを見ると、ソフィーヤが声を掛ける。
「さ、お城に帰ろう?そろそろ帰らないと、皆心配するよ?」
「そうですね、帰りましょう。」
クローディアは涙を拭う。
泣きすぎて目が腫れてしまっている。
「ふふふ、そんな顔じゃ皆に笑われちゃうよ?」
「そ、そんなに酷い顔かしら...?」
2人は顔を見合わせて笑い合う。
クローディアはもう立ち直れたようだった。
その帰り道、ふと森のほうを見ていると、突然思わず目を塞いでしまうような閃光に襲われる。
「今のは一体何?森のほうから?」
クローディアはその閃光の元に誘われるかのように森のほうへ走っていく。
「もう!ちょっと待ってクローディア!危ないよ!」
ソフィーヤもクローディアを追って森に入る。
森の奥で何かが光っているようで、チラチラと光が見える。
光のもとへたどり着くと、青年が光を放ちながら宙に浮いていた。
青年は何もかもが白く、髪や服装、瞳の色まで白い。
「天使さま?」
クローディアが思わず発してしまった言葉はそれだった。
羽は生えていないが、宙に浮いている青年はそんな類のものに見えてしまった。
「...」
青年は目を閉じたまま何も答えない。
そしてやがて光は弱くなっていき、青年は地面に倒れ込む。
「一体何だったの...?」
「分からない...」
クローディアは青年に駆け寄って声を掛ける。
「あの、大丈夫ですか?」
返事はない。
返事はないが、ここでクローディアは気づく。
青年の髪が、服が、瞳が、白かったものが段々と黒く変色していっていることに。
よく見ると青年は体中傷だらけでもはや虫の息だ。
「ソフィー!この人をお城まで運びましょう!お城の人を呼んできて!」
「もう私の人形を向かわせたから大丈夫よ!ちょっと待ってね、すぐ応急手当するから!」
ソフィーヤが治療の魔術を唱えて傷の手当をする。
しかし、あまりの傷の深さに止血すら困難だった。
城の兵士が到着したのは青年を見つけた30分後のことだった。
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ここはアルトリア王国。
東の大陸にあるこの国は、前は港、後ろには山々がそびえ立っている、東の大陸でも比較的裕福な国だ。
その国で新たな騎士が誕生する。
アルトリアでは徴兵制はなく、志願制なのだが、毎年毎年志願者は多い。
その為、騎士の適正試験を設けることにした。今、その試験をトップで通過した者が表彰されている。
「グレイ、前へ。」
「はっ」
グレイと呼ばれた青年は国王の前に出る。
「わしの目に狂いは無かった。グレイ、お前は非常に素晴らしい騎士になれる。だが、この国出身ではないお前が無理にならなくても良いのだぞ?辞めるなら今のうちだ。止めはしない。」
グレイは首を振り、
「いえ、私は王とクローディア姫に命を救われた身です。騎士になってその分を精一杯恩返しがしたいのです。」
「そうか、ならばこの剣を授けよう。銘はカラドボルグという。お前にふさわしい剣だろう。」
国王はそう言って1本の剣を側近から受け取って鞘から取り出す。
鞘から取り出した剣は今まで見てきた剣とは全くもって異質だった。
細長く、薄い。片方にしか刃がついておらず、鋭さに特化されたそれは本当に剣かと疑うようなものだ。
観衆もそんなものは見たことがなく、目を見開いている。
「硬き稲妻カラドボルグ。これは昔、ある異国の商人から譲り受けたものだ。宝物庫で眠っているより、その志を持ったお前にこそ、この剣は相応しいだろう。」
国王はカラドボルグを差し出す。
グレイは礼儀正しく丁寧に受け取り、
「必ずや、王の期待に応えてみせます!」
大声でそういい放った。
会場から拍手が響き渡る。
期待の眼差し、羨望の眼差しの両方がグレイに注がれる。
しかし、一つだけ違う眼差しがグレイの後ろから注がれていた。
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グレイが騎士になって数日後。
いつまで経っても慣れない手つきで黒髪を解き、朝の支度をしていると、
誰かが部屋の前へ歩いてくる音がし、スーッと扉の下から紙を入れられる。
「...ん?」
紙を入れた主は足早に立ち去り、朝の廊下はいつもの静寂に戻る。
グレイはその紙を手に取り、書かれているものを読み上げる。
俺はよそ者のお前を認めない。
この俺と決闘をしろ。
覚悟があるのならば、ここへ来い。
紙には地図が簡単に書かれており、アルトリアから少し離れた場所に×が付けられている。
ここへ来て俺と決闘をしろ、ということなのだろう。
察するにグレイが首席で適正試験を通ったことに不服を持った騎士からだろう。
グレイにはその騎士に認めてほしいなどという感情はなかったが、私事で他の方に迷惑は掛けられないとその場所へ行くことにした。




