第一章 Ⅵ
酒の口直しに、おやつとしてテスラが作ったゼリーを食べ、口の中の不快感が粗方消えたところで、先程の話を再開する。
「さてアリス、さっき俺が言った疑問点についての答えを聞こう」
「え~と、『地下に住んでる理由』と『監視カメラ』だっけ?」
三個目のゼリーを平らげて、器を重ねて端に置いてから、アリスはその続きを話した。
「まず監視カメラの方から説明するけど、ボクが技術屋アスタリスクとして働いてるのは分かるよね?」
「ああ。顔を見せず、手紙とかで依頼を請け負ってるんだよな」
「そ。でも中には直接依頼しに来る人もいるんだよね。そういう人たちはほとんど兵器の製作依頼とか、アスタリスクの顔を暴いてやろうっていうマスコミぐらいだね。普通の依頼なら手紙で送ってくるし」
「で、何で監視カメラ? お前はほとんど家の中だろ?」
「インターホンのカメラ代わりに設置してるのと、さっき言った人たちがよく来るから玄関前で追い返すために設置してるの。結構効果あるんだよ?」
「…………興味本位で聞くが、どうやって追い返してるんだ?」
「アインにマシンガン装備させて追い返してるけど? さすがに実弾じゃないけどね」
その時、フッとテスラの脳裏にその光景が浮かんだ。
技術屋アスタリスクの家の扉がようやく開いたと思ったら本人はおらず、小さなロボットがいた。何故? と思っていたらロボットが発砲。捕まえようにも、滑るように動くし、弾は痛いし、ということでやむなく撤退する。
「あ、ちなみに、扉付近は催涙ガスが出るよ」
「容赦ねぇな………………つか、んなもんどこで調達してんだ?」
「…………………聞きたい?」
「やめておこう」
アリスが改めて聞くということは、おそらくまともな入手ルートではないだろう。ここはアンダースラムだ。まともではない入手ルートもあるのだろう、とテスラは思った。
「んじゃ、地下に住んでる理由を聞こうか」
「見せた方が早いね。ついてきて」
とアリスが席を立ったので、テスラも席を立つ。
部屋を出るとアリスがその場で足を止めた。目の前には当然、壁がある。
「どうした、アリス」
「しっかりついてきてね」
と言ったアリスは壁に向かって進む。そのままぶつかるかと思った次の瞬間。
アリスは壁の中に消えていった。
「は?」
テスラは自分の目を疑ったが、確かにアリスは壁の中に消えていった。さも、その先に道があるかのように。
(アリスの言ったことはこういうことか。んじゃ、俺も)
アリスが通った壁に向かってテスラも進む。壁に当たる瞬間、自分の体が壁を通過した。通過した先ではアリスが待っていて、
「お兄ちゃん、遅いよ~」
「あのなぁ、いきなり壁に消えてくのを見せられたら、普通止まるだろうが」
「そうなの?」
「そうだよ。しっかし、どういう技術だ? 廊下のド真ん中に壁のホログラム張るなんてよ」
テスラが振り返ると、そこがまるで行き止まりであったかのように壁が出現していた。よく見なければホログラムだとは分からないだろう。
「さぁ? 気づいた時にはもうあったし」
とお手上げのジェスチャーをしつつ、アリスは歩き出す。テスラも後を追いながら、
「だとすると、設置したのはお前の両親か? 何でホログラムなんか張ろうとしたのかね」
廊下を進んでいくと、両開きの扉が見えた。扉の横に上を向いた三角形が描かれたボタンがあり、扉の上には文字が書かれたものが並んでいる。どうやらエレベーターのようだ。
「分からないね~。慣れたらどーでもいいし」
二人はエレベーターに乗り込み、一階に移動する。
到着寸前にアリスが、
「今から見えるのが、地下に住んでる理由だよ」
「何が出てくるんだか」
エレベーターの扉が開き、アリスの言ったものが少し見えた。まさか、とテスラはそれの足元へと移動し、その全貌を眺める。
「おいおい…………さすがに予想外だぞ」
テスラの目の前には、人型の、二腕二脚の機体が直立していた。今まで見たことのない風貌のそれは、白に赤でペイントしてある。ザウラのゴツゴツとした装甲ではなく、流線型の装甲で覆われていた。だが、さすがに足元からでは頭部まで見えない。
「何でこんなとこに機体が……?」
「パパの趣味だったかな? パパが暇さえあれば設計図作って、部品を作って組み立てて、完成したのはいいけど制御プログラムが作れなくて放置してあるの。だから地下に住んでるんだよ」
「ん? じゃあアインはどうしたんだ? あれには制御プログラム入ってんだろ?」
「そっちはママの趣味で残ってたプログラムをインストールしたの」
「どんな両親だ………で、装備は腕のやつだけか?」
機体の両腕には両刃のブレイドが付いている。長さは肩から指先までの長さ、およそ八メートル前後だろう。ブレイドの付け根は三角形のカバーで固定されているようだ。にもかかわらず、カバー側面に隙間があるのは何故なのか…………
「そうだね。でもブレイドだけじゃないよ?」
「は? ってかアリスどこだ?」
機体の格納庫は声がよく響くので、姿を見ずに会話はできる。だから今まで気にしてなかったのだが、テスラが振り向くと姿が見えなかった。
「ここ、ここ。お~い」
声はするが姿は見えない。格納庫内をキョロキョロ見回すと、ようやくアリスを見つけた。
「危ねぇぞ? 落っこちんなよ」
アリスは機体の胸部内、つまりコックピットの中にいた。そこから手を振っている。
「ちょっとブレイド見てて~」
と言って中に引っ込んでいく。疑問に思いつつも両刃のブレイドを見る。
(ブレイドに何か仕掛けがあるんかね? まぁ伸びるとかそういう――――)
その瞬間、ブレイドが真っ二つに割れた。
(さすがに予想外だぁぁぁぁぁああ!)
真っ直ぐ縦に割れたブレイドは横に少し開いてから機体から見て手前に少し引っ込む。ちょうどカバーの隙間に収まったようだ。
「ん? あれは………」
立ち位置を変え、再びブレイドを見る。
ブレイドが割れたからか、本来ブレイドで見えない三角形のカバーから砲口が見える。なかなか面白い装備だ。
「どう? この装備、ボクが作ったんだけど」
「なかなか面白い武器だな。ってかお前、兵器は作らないんじゃなかったのか?」
ニュッ、と再びコックピットから頭を出したアリスにテスラが聞くと、
「依頼じゃ作らないよ? こっちは暇つぶしで作ってたの。その武器名は!」
いきなりテンションを上げたアリスは開いたコックピットのハッチ先端に立ち、ポーズを取った。何故ポーズを取るんだ、という疑問よりテスラが気になったのは、
「アリス! んなとこでそんな不安定な体勢すんな! 落ちるぞ!?」
「名付――――へ?」
ツルッ、とアリスが足を滑らせた。足は前後に開いていたが、上半身が前傾姿勢をとっていたので重力には逆らえずそのまま下へ。
「言わんこっちゃねぇ!!」
アリスを見ながらテスラは走る。アリスの落下速度の方が少し早いようだ。
「間、に、合えーーッ!」
渾身の力で前へ頭から跳ぶ。両手を前に突き出し、アリスを受け止めようとする。
ジャストタイミングでテスラはアリスを受け止めることに成功する。が、速度はそのままだ。テスラはアリスを抱き締めると自分の身体を下にして、床を滑る。
機体の股下を通過し、壁にぶつかって何とか止まった。
「いっつつ……………大丈夫か、アリス?」
「も、もーまんたい。……けど、お兄ちゃんは?」
「身体の作りが違う。問題ない」
身体を起こして、痛みを確認する。肘と背中、おそらく擦り傷だろう。放っておけば治る。
「しっかりと足場を確認してから、ポーズを取れ。いいな?」
「は~い…………………」
悪戯がバレた子供のように、アリスはシュンとする。そんなアリスの頭をテスラはポンポンと叩いて、
「気をつけてくれればいいさ。いつも助けられるわけじゃないからな」
「お兄ちゃん………………」
「で、あの武器は何て名前なんだ? 微妙に気になるんだが」
テスラがそう聞くと、
「よくぞ聞いてくれました!」
と落ちる前のテンションが回復し、アリスが立ち上がってポーズを取る。
「名付けて…………シグマウエポン!」
「………ああ、なるほどな」
どこからシグマが出てきた、と思いながらそれを見たら納得した。横から見ると、開いた状態がΣの文字に見える。Mにも見えるが言わないでおこう。
「そして! あの機体の名前は……………ブレイディア!!」
シグマウエポンの時とは違うポーズを取って名前を叫んだ。
「ブレイディア?」
今度はさすがに分からない。テスラが聞き返すと、
「ブレイドを使う人、って意味でブレイディア」
「……………間違ってるぞ。それならブレイダーだろ」
「え!?」
「殺す、って意味のキルだと殺す人はキラー。綴りはKILLER。ブレイドでも同じだ」
「そんなぁ………………」
さっきまでのテンションはどこに行ったのか、ショボンとしたアリス。そんなアリスにテスラは、
「でも、いいんじゃねぇか? ブレイディアで。ブレイダーよりは良いと思うが」
「だよね!」
「だが」
強い語調でそう言ったテスラを恐る恐るアリスは見る。表情は笑顔だが、目が笑っていない。
「そういう間違いをしないように、これから飯まで言語の勉強だ」
この後、アリスは三時間ほどみっちり言語の勉強をさせられた。嫌いな授業は長く感じるもので、アリスの体感的には六時間ほど勉強させられた気分だった。