第一章 Ⅴ
朝食が終わり、さぁ授業だ、とテスラは行こうとしたが、アリスが、
『先に依頼を終わらせていい? 午前中には終わるから』
と聞いてきたので、テスラはそれを了承した。その間、テスラはキッチンの掃除と昼食の準備をしていた。
それらも終わって暇になったテスラはこの建物内をうろつき、分かった事があった。
まずはこの建物、普通の一軒家ではなく、ビルのような作りになっている。というのも、この階にある全ての部屋を見てみたところ、歪な形の部屋はなかった。つまり、これは各部屋全て四角形で構成されている、という事だ。大体の感覚だが、間違いはないだろう。
次に今いるこの階、どうやら地下のようだ。全ての部屋の壁に窓が付いておらず、コンクリート剥き出しの壁だった。それでも室内灯で十分な明るさを保っている。
何故地下に住んでいるのか、という疑問は胸の中にしまったテスラは送られてきた教材の一覧表を片手にアリスと共にテーブルに座った。
「さて、昼飯を食い終わって、授業の時間だが、何からやる?」
「何があるの?」
「言語、数学、歴史、地理、ロボットってとこか。まあアリスは仕事してるから数学は省いても大丈夫だな。内容は只の四則計算だし」
「じゃあ、ロボット!」
「分かった。ちょっと待ってろ」
とテスラは自分の(アリスに貸してもらった)部屋に戻ってロボット教材を持ってきた。教材と言っても、図鑑と言っても過言ではない本なのだが、それにしては詳細に書かれているものである
二冊持ってきた内の一冊をアリスに渡し、授業が始まった。
「じゃ、まずは基本的なものからやっていこう。ロボット、と言っても種類は様々だ。工業用、農作用、介護用、戦闘用などなど多彩だが、この大陸で使われている基本的な設計は一緒だ。これは元々この大陸に存在する国が一つだったからで、詳しくは歴史の時だな。
今日は最初に戦闘用のロボットについて教えていく。戦闘用のロボットは機体と呼ばれ、数え方はユニットで表される。機体は三種類あって、近距離型のメリック、中距離型のグラッド、遠距離型のナパルーだ。機体は国によって見た目が異なり、それでどの国の所属か判別できるようになっている。現にザウラの機体は普通の見た目、二腕二脚の機体だ。人に装甲を付けたような感じだ」
「じゃあ、他の国は?」
「この大陸の最東端、砂漠化した範囲に位置する国家、フェロウ共和国は砂上でも動きやすくするため二腕複脚だ。四脚以上の脚を持つ機体もあるらしい。あと対空兵器に定評があるな」
「ふ~ん」
テスラは一度、フェロウに行った事がある。敵国の戦力調査の為に向かったが、砂上では身動きが取りにくく、空をスラスターで飛ぶと対空兵器で落とされかけた。それでも機体を五体満足で戻ってきたテスラは、一目置かれるようになったが、本人は別にどうでもいいと思っている。
「さて続きだ。機体の種類によって装備品も異なる。それは機体に合った装備を付けないと、死に直結するからだ。メリックは遠距離武器の照準が荒いが、機体の索敵性能と機動力が高い。逆にナパルーは機動力が低いが、遠距離武器の照準性能が高く、搭載できる武器の量が多い。メリックとグラッドは精々四、五個だが、ナパルーはその倍は装備できる。と言っても、そんな多くの武器を付けても扱いきれないから四、五個に抑えて、その分機動力を上げてる機体が多いけどな。グラッドは両方の平均だ。これが基本の三種類。しっかり覚えろよ?」
「は~い。……ちなみにお兄ちゃんは機体に乗ってたの?」
「ああ。グラッドに一人だけ装備を変えて乗ってた。さしずめ、グラッドカスタムってとこか」
「メモメモ……で、装備を変えたってどこを?」
どこからいつ取り出したのか分からないメモ帳にカリカリと文字を書きながら、アリスは聞いた。テスラは、
「んな事聞いても意味ねぇだろうに。ま、いいがよ。俺がいた部隊のグラッドだと、BCブレード、アサルトライフル、シールド、リニアショットだったが、グラッドカスタムは色々と改造した銃剣が付いたハンドガン二丁だけだ」
「へぇ~。何を言ってるのか分からないや」
「何でこんなのが分からな……ってそりゃそうか。ただの技術屋じゃあ分からねぇな」
「そういうこと。でも、たまにそういう物を作ってくれっていう依頼も来るけどね。全部断ってるけど。アイン、ちょっと持ってきて」
アリスがアインに頼むと、アインは部屋の隅に置いてあったダンボール箱の山から一つ持ってきた。それをアリスはテスラに渡す。
テスラは頭に疑問符を浮かべつつ、ダンボール箱を開けた。中身は紙束の山で、テスラは紙束を一つ手にとって読み上げる。
「え~と、『依頼書。技術屋アスタリスク、貴方に作っていただきたいものがある――――』って後ずっと兵器の願望が続いてるんだが、ダンボール箱の残り全部似たような文面か? それにアスタリスクって………」
授業の疲れからか、ぐて~っと机に突っ伏しているアリスはその体勢のまま答える。
「そうだよ? この箱だけじゃなくてあの山全部そう。設計図まで送ってくる人もいるから大変なの。それでアスタリスクっていうのはボクの技術屋としての名前だね。誰にも姿は見せないし、表立って行動しないから、もーまんたい」
「もし姿を見せなきゃいけない羽目になったら?」
「よっぽどの事が起きない限り、まずならないよ。なったらなったでどうにかするしね」
「そうか」
テスラは紙束をダンボール箱にしまい、それをアインに渡す。アインはそれを受け取って元の位置に置くと、部屋を出てどこかに行った。他に仕事でもあるのだろうか。
「そういやアリス、一つ聞いておきたいんだが」
「な~に~? ハッ! まさか!」
ガバッ! とアリスは体を起こし、両頬に手を当てて若干頬を赤く染めながら、
「お兄ちゃん……さすがにスリーサイズは教えられないよ………」
「誰が聞くか! ガキに興味はねぇよ!! ………俺が聞きたいのは」
「聞きたいのは?」
テスラの口調が真剣味を帯びていることを感じ取ったアリスはおふざけ状態を止め、真剣な顔つきをする。
「色々話してから何だが、一応だ。お前、スパイじゃないよな?」
「……………………………」
「俺にはお前がスパイであるかもしれない疑問と、ただの子供の技術屋である根拠の二つを持っている。疑問点は二つある。一つ、何で窓のないコンクリートの建物に住んでいるのか。二つ、何故家の前を映す監視カメラがあるのか」
「…………………………根拠の方は?」
「根拠は単純。お前がただの寂しがり屋な子供だからだ。風呂に突撃してきた事も、布団に潜り込んできた事も、飯であれだけ喜ぶのも、何か変だと思った。だがお前が貸してくれた部屋で分かったよ。あの部屋、お前の両親の部屋だな?」
「よく、分かったね」
「ベッドがやけにデカいし、何より家族の写真が多かった。お前は、ただ暖かい家庭がどういうものか、それを知りたかったんだ。初対面である俺を兄と呼ぶのもそれが理由だろ?」
「……………………初対面なのに、そこまで分かっちゃうのか~」
とアリスは諦めたように椅子の背もたれに寄りかかる。観念した、ということなのだろうか。
「テスラをお兄ちゃん、って呼んで正解だったよ。テスラみたいな完璧なお兄ちゃんがいてくれたら、ボクも幸せに暮らせてたのかな」
初めて名前で呼んでくれたな、とテスラは茶化す事はできないと思った。アリスの言葉に自分の言葉で答えなければならない。
だから、テスラは後先考えず、思ったままの言葉を口にした。
「俺も完璧なわけじゃない。喧嘩っ早いし、人付き合いも悪いし、嫌いな物もある。欠点を挙げればキリが無いくらいな。だが……」
とテスラは手をアリスに差し出す。ん? とアリスは体を起こしてテスラを見つめる。
「こんな俺でもいいのなら、お前の家族になってやる。それにな、今まで幸せに暮らせなかったなら、これから幸せに暮らせばいい。違うか?」
「テスラ………………………………これってプロポーズ?」
「え?」
テスラは自分の言葉をよく思い出してみた。婉曲に『幸せにするから結婚してくれ』と言っているようにも思える。というか、そうにしか聞こえない。言葉足らずにもほどがある。
「いやいやいや! 違うから! プロポーズじゃねぇから!!」
慌てふためくテスラを見て、アリスは腹を抱えて笑う。
「あはははっ! テ、テスラもそんなあ、慌て………あははははははははっ!」
「笑い過ぎだ!」
「ご、ごめ、あはっ…は………は…………ふぅ、落ち着いた」
「ったく………」
アリスが落ち着いたのを見て、テスラはキッチンへと向かい、テーブルに何かを持ってきた。アリスの正面に座ったテスラの手には、瓶と小さなコップが二つ握られていた。
「それは?」
「本で読んだんだが、海を渡った東洋の国に『杯を交わすと義兄弟になる』というものがあったらしい。良い機会だからやってみようかと思ってな」
「へぇ~。そんなものがあったんだ。それでどうやるの?」
「なに、簡単だ」
二つのコップに同量の酒を少なめに注ぎ、片方をアリスの前に置く。
「東洋の国では杯は酒のことを意味するらしい。つまり、酒を飲み交わせば義兄弟、ってことだな」
「ただ飲むだけ?」
「いや、正面に座って腕を組んで、それで飲むらしい。実際にやってみよう」
と互いに酒の入ったコップを持ち、腕を組んでみた二人。アリスの腕が当然のごとくテスラより短いので、テーブルに身を乗り出す形になっている。
腕をぷるぷるさせながらアリスが、
「黙って飲むのも寂しいから、何か言ってよ」
「無茶ぶり過ぎる!」
「ボクの腕が限界になる前に早く」
「ったく………………じゃあやるか。テスラ・ギルティニア並びにアリス・ローズ、両者杯を交わし、いざ義兄弟とならん」
テスラが酒を口にするのを見て、アリスも酒を口にした。テスラは酒をあらかじめ超少量しか注いでいないので、酔いは絶対回らない。
お互いに飲んだのを確認してから、組んでいた腕を放しコップをテーブルに置く。合わせたわけでもなく、自然に二人は呟いた。
「「…………………………酒、マズッ」」