第一章 Ⅰ
ジョイルの一件から数日後、テスラが自分の部屋の郵便受けをチェックすると、差出人不明の一通の手紙が来ていた。ついこの前実家から手紙が来たばかりなので、実家ではないだろう。そして何よりも消印が押されていなかった。つまり、この手紙は郵便受けに直接投函されたものだ。
「差出人不明………か。内容は何だ?」
その場でビリビリと破いて手紙を取り出す。手紙にはこんな事が書かれていた。
『テスラ・ギルティニア。本日、十時に同封した地図の場所まで来い。さもなくば、お前の大事なやつを殺す』
(大事なやつ………? 親父か?)
テスラはとりあえず同封されているらしい地図を取り出す。その時、別の紙が封筒から床にひらひらと落ちた。だがテスラは先に地図の方に目を通す。
地図はザウレストの地図で、北側のブロックに赤色のマジックでバツ印が書かれている。バツ印の位置からして兵舎からそれほど遠くはなさそうだ。それでも青果屋よりは遠い場所なのだが。
(北側っつうと………スラム街か)
ザウレストは東西南北で大まかにブロックが分けられている。
東は商業ブロック。中立貿易国セルラウになるべく近い場所に作られ、当然のごとく商業が盛んなブロックである。
南は居住ブロック。日当たりの良い南向きで、ザウラ帝国各地に繋がる路線が集中している。
西は工業ブロック。家電などを生産しているだけでなく、機体や兵器に必要なパーツもこのブロックで生産している。
そして北はスラムブロック。出稼ぎに来た地方の民が、帝都に来たのはいいが職につけず故郷へ帰れない、という状態の人間が多数暮らしている。また、知らず知らずのうちにスラムブロックに入ったら十分もしないうちに身ぐるみを剥がされた、という噂が流れるほど治安が悪い場所だ。
そんなスラム街に来るように呼び出されたテスラは、とりあえず落ちた紙を拾うことにした。別の文面か詳細な場所が書かれた地図かもしれない。
テスラは落ちた紙をペラッとめくる。その紙は文面や地図ではなく、写真だった。それには非常に見覚えのある人物が写っている。
「…………誰かは知らんが、悪戯が過ぎるな」
写真をクシャッとテスラは握り締めてズボンのポケットに突っ込んでから、地図に記された場所へと向かう。
テスラに送りつけられた写真。それは、
(俺を呼び出す材料にあいつを使ったらどうなるか、肉体言語で教えてやる!)
テスラの数少ない知り合い、リナ・シュランが写っていた。
†
テスラはスラム街に来て分かった事がいくつかある。
一つは自分が呼び出された場所に近づくにつれ、人気が少なくなっていく事だ。襲いかかってきたスラム街の住人を返り討ちにしてから優しく聞くと、どうも非常に危険な場所のようだ。アンダースラムと呼ばれる、スラム街の中で一番治安が悪い場所だと住人は言っていた。
二つに道。さっきとは別の住人が襲いかかってきたので、テスラは地面に住人の顔面を掴んで足を払い、後頭部から地面に叩きつけてから再び優しく聞くと、目的地は小さな広場らしいが、そこは建物に囲まれていて一本の道しか繋がっていないらしい。
そして、
「どこに行こうってんだい?」
………そして、この襲撃率の高さだ。
テスラがようやく目的地へ続く道に辿り着くと、遮るようにアンダースラムの住人がワラワラと現れる。パッと見、十人前後だろう。
「……テメーらさ、小分けに出てこないで一括で出て来てくれねぇか? めんどくさいんだが」
テスラが心底呆れたように、住人達へ不満を漏らした。普通は一気に現れた方が大変なのだが、テスラは一気に来る方が楽でいいと思っている。
「はあ? ニィちゃん何言ってんだ?」
リーダー格の住人が鉄パイプを持っている手をくるくる回しながら、テスラをバカにするような表情で、
「まあ、いいや。とにかく、痛い目見たくなけりゃ有り金と着ぐるみ全部置いてきな」
『…………………………………………』
テスラだけでなく、リーダー格の部下達も微妙な視線をリーダー格に送る。当の本人は何でそんな視線が来るのか分かっていないようだ。
どこかの猫の鳴き声が聞こえるほどの静寂の中で、部下の一部が小声で会話している。
「(オレの聞き間違いかな? 身ぐるみじゃなくて着ぐるみって聞こえたんだけど)」
「(いや、オレも聞こえたよ。噛んだワケじゃなさそうだし、素で間違えたんじゃね?)」
「(何ソレ超ウケるんですけど)」
「だぁぁぁっ! オメェら黙ってろ!」
リーダー格が一喝し、部下達は黙るが、笑いを堪えきれずそっぽを向いて口元を手で隠し笑っているのがいる。
「……ゴホン。で、どうするよ」
リーダー格はテスラに聞く。
「痛い目見るか、それとも―――」
「テメーら全員叩きのめす!」
リーダー格の言葉を遮ってテスラは叫び、ほぼ不意打ちのような形でアンダースラムの住人に襲いかかる。
†
(…………………ここ、は?)
テスラはふと目を覚ました。目に映る天井はいつも見慣れている自分の部屋のではなく、かと言ってリナの家や病院ではなさそうだ。ここまでヒビは入っていない。
身体を起こして周囲を見回すと、テスラは自分がソファーに寝ているのが分かり、そしてやはり見覚えがない。まったく知らない場所だ。
「だぁぁ………頭が痛ぇ。身体も節々が痛ぇし………?」
頭を押さえてふと気付く。自分の頭に包帯が巻かれていた。どうやら自分の身体にも巻かれているらしい。
テスラがいる部屋は広めの部屋で、壁の大きなモニターの前に置かれたソファーの一つにテスラは座っていた。モニターの反対側の壁側には部屋の大きさに合ったテーブルが置かれているが、その上は食器ではない黒光りしている何かが散らばっている。それらは様々な色で光っているから、断じてカサカサ動く虫ではないだろう。テスラはそれを切に願う。
周囲を見回している中で、テスラに近づいて来ている物体があった。
(何でトレイが動いてんだ……?)
水の入ったコップが載ったトレイがテスラの前で止まる。よく見るとメモ用紙が添えられていて、『すぐにもどるので、まっていてください』と書かれていた。
水を手にしようとした時、ふとトレイが動いていたのが気になり、テスラはトレイごと持ち上げた。
すると、トレイの下には小型ロボットが両腕を上に上げた状態で立っていた。
「……………………………?」
不意に周囲が明るくなったからか、キョロキョロした後に顔を上に向ける小型ロボットは、テスラが自分の事を見ていることに気付く。
しばし見つめ合って、小型ロボットは、
「!!」
シャァァァアアッ、と音を立てながら凄い勢いで逃げていった。走っているのではなく、スケートのように足を動かして小型ロボットは滑って動いている。その様子をポカーンと見ていたテスラが気付いた時にはもう小型ロボットはテーブル近くドア前におり、その場に止まると同時にドアが開く。
「あ~、アインが見つかっちゃった」
そう言いながら小型ロボットを拾い上げたのは、小さな少女だった。