プロローグⅢ
夜。
リナの所でアルバイトしたテスラは夕飯もご馳走になってから、軍部に戻っていた。いつもなら兵舎の部屋に戻ってすぐに寝るのだが、ダグラスに呼ばれているのを帰路の途中で思い出し、執務室に向かっている。
コン、コン、コン、と三回扉をノックしてから執務室に入る。
「来たぞ、親父」
「総司令と呼べテスラ。しかし、まあ、良いタイミングで来たな。ちょうどこっちの仕事が終わったところだ」
ダグラスの机には紙の束がこれでもか、と言わんばかりに積まれている。その紙の束をレイが持ってテスラとすれ違いに執務室を出て行く。
「で、何用だ? まだ昼の案件の続きか?」
「違う。だが、少し聞きたい事がある。お前、戦闘に駆り出されていない時、商業ブロックでアルバイトをしているらしいな」
「別にいいだろ? 規律にはバイトするな、って書かれてないんだからよ」
「それはそうだが、そこまでして金が欲しいのか? 軍から給金は出てるだろう?」
「軍での稼ぎの半分とアルバイトで稼いだ金を仕送りしてんだよ。おふくろに」
テスラがそう言うと、ダグラスは驚きの表情を浮かべ、
「意外だな。お前がそんな事をしてるとは」
「いいだろ? 何をしてようと」
「それはそうだな。じゃあ次だ。これが本題なんだが………」
そこまで言った所で、ダグラスは言葉を切ってしまう。
その時、ダグラスは悩んでいた。この質問をテスラにしていいのか。もし総司令としての自分が求めている返答をテスラが言ったら、父親としての自分はどうすればいいのか。
「本題?」
「あ、ああ。そうだ」
テスラに聞き返され、思わず肯定してしまう。なるようになれ、とダグラスは本題を話す。
「テスラ、…………まだ戦っていたいか?」
「? 言ってる意味が分からん」
「今現在、各部隊数十名で構成されている。だが、部隊ごとの兵が足りていても部隊数が足りていない。このままだとこの帝都を護りきれなくなる。そこで少数精鋭の部隊を作ろうとしている。普段は護りだが、いざという時は切り札になるような部隊を。お前にはその部隊に入ってもらいたい。戦闘回数は格段に下がるが、重要度は最前線維持以上になるだろう。失敗は出来ないからな。別に入らなくても何も無いが、お前はどうする?」
「戦えるならどこでもいい」
ダグラスの問いに、テスラは間髪入れずに返答する。その返答には一切の迷いが無かった。
「…………分かった。少数精鋭部隊にお前の力が必要なら、その時に転属命令を出す」
ダグラスはテスラがそう答える事をなんとなくだが予想していた。故に内心ホッとしている。何故ならば、世界情勢からしてこれから戦闘が激化する。そうなれば単独行動を取りたがるテスラの命を失う可能性が高まるだろう。軍としてはテスラほどの兵士を失うのは非常に惜しい。だから、目の届く範囲で待機させておきたかったのだ。
「終わったんなら、もう戻っていいか?」
とテスラは踵を返し部屋を出ようとした。が、ダグラスがそれを呼び止める。
「いや待て。最後に一つ聞く。テスラ、お前有休をいつまで取らない気だ? 三カ月分溜まっているぞ」
「休み増やしてもそんなにやること無いからな。やりたい事が見つかったら一気に使うさ」
それを聞いて気が緩んだのか、ダグラスはフッと笑う。
「お前らしいな。もう戻っていいぞ」
「そうさせてもらうか。じゃあな」
バタンと静かな執務室に扉が閉まる音が響いた。
†
「くそっ!」
空高く昇った月の光が、どこかの路地裏を照らしていた。
その路地裏では一人の男が壁を叩いた後、ゴミバケツを蹴飛ばしたり、その手に握られた安酒をグビグビとラッパ飲みしている様子から荒れている事が分かる。
「あのギルティニア親子め………!」
その男、ジョイルは昼間の出来事を思い出していた。だが、自分の処分が決まった瞬間を思い出し、
「くそっ!!」
とまだ中身が入っている酒瓶を地面に叩きつける。路地裏に酒瓶の割れる音が虚しく響き、ジョイルは近くの壁に背を預け、空を見上げた。
「私が街にいる時に図ったかのように次々と現れやがって………」
と呟いた時に一つの考えに至った。
――――――これは仕組まれていたんじゃないか?
ジョイルはそう考えた瞬間、頭の中で絡まっていた糸がスルスルと解けていくような感覚を覚えた。
青果屋の綺麗な娘、娘と知り合いのテスラの登場、そして殴り合いの最中に現れたテスラの父親である総司令官。それぞれ接点を持っている三人。
「そうか………そういうことだったのか! く、は、ハハハハハハハハハハハハッ! 仕組まれていたのか、これは! そうだ! そうに違いない!! 私を邪魔だと判断したギルティニアが、私を軍から追い出すために仕組んだものだったのか!!」
ジョイルのその声に起こされたどこかの家の住人が何か叫んだようだが、ジョイルの耳に入る事は無かった。
「そうと分かれば話は早い。まずは……」
と何かを呟きながら、ジョイルはその場をおぼつかない足取りで立ち去った。