プロローグⅠ
「テスラァァァッ! オメェ、またやりやがったな!? 何度言ったら分かる!」
格納庫に中年男性の怒号が響き渡る。周囲は何だ何だと声のする方へ顔を向ける。
そこではここの格納庫の親方と青年が睨み合っていた。テスラと呼ばれた青年は親方に向かって叫ぶ。
「うるせェ! あんな機体を用意しやがって、そっちこそ何度言ったら分かりやがる!」
とテスラは並んでいる機体の一つを指差した。
人の形を持っているその機体はおよそ二十メートル程の大きさで、左右に並んでいる機体と同じ形をしている。違う所はと言えば、見た目では装備くらいしか分からない。
「どこが不満だ! お前用に量産型グラッドをチューンアップしたし、装備もお前好みなものにした。何が足りない?」
「そこらへんは文句無い。だがな、コアから無理やりエネルギーを引きずり出す機構だけはいただけねえ!」
テスラは背負っていたものを自分と親方との間に丁寧に置いた。
置かれたものは人間だった。みすぼらしいボロボロな服を着ていて、瞳には生気が感じられず、憔悴しきった表情をしている。呼吸も途切れ途切れで、アスリートでもこんな状態にはならないだろう。
「見ろ、こいつを。こんな息絶え絶えなこいつだって俺らと同じ人間だぞ!? 何でこんな扱いをされなくちゃならない!」
親方はまたそれか、と言わんばかりに息をつき、テスラに諭すように話しかける。
「何度も言うが、テスラ。コアを宿した人間は人間じゃない。コアを宿していると分かれば、奴隷ほどの地位にまで下がる。だが、コアは高密度のエネルギー体だ。日々の生活にも、兵器にも欠かせない物になっている。それは知ってるだろう?」
「だが、日々の生活に使われているコアはただの結晶体だ。兵器にもそれを使えばいいだろ」
「これも何度か言ったと思うが、結晶体より結晶人の方がよりエネルギー密度が高い。結晶体数個分を組み込むより、結晶人を組み込んだ方がより良いんだよ。分かれテスラ」
「そんな話はもうこりごりだ!」
と叫んだテスラは建物内へ続く連絡通路に向かった。テスラがいなくなると周囲はホッとしてから、作業に戻っていった。
作業に戻ろうとする親方に作業員の一人が話しかけてきた。
「大変ですね、親方。あんな暴れ馬の世話をするなんて」
話しかけられた親方は作り笑顔を浮かべて振り返り、
「まったくだ。いくら結晶体適性がSと言ってもあんなに結晶人を組み込んだ機体を嫌われるのは軍も大変だよ」
「確かテスラは総司令の息子だとか。親の七光りで入ってきたんですかね」
「いや、あいつは総司令に黙って軍の入隊試験を受けて合格したらしい。実力は本物だ。現に、あいつの機体を見てみろ。他のやつらは腕や脚が、最悪機体が破壊されてるのに五体満足で帰ってくる」
「え………?」
作業員はテスラが乗っていた機体は確かに五体満足だった。修理済みなのではなく、ついさっき戦闘が終わり、戻ってきたところで親方と喧嘩になったのだ。細かな傷が機体についてるものの、大きな傷はない。
「本当だ………」
「最前線から帝都に戻ってきてこの程度の傷は前代未聞だろうな。戦闘中のあいつは勝利に対する執着心が半端じゃない。何がそうさせるんだか」
†
「クソッ!」
兵舎にある自分の部屋に戻ったテスラは部屋の真ん中に吊してあるサンドバッグを殴り、衝撃で揺れて戻ってきたそれをさらに強く殴り飛ばす。それを何度も繰り返したあと、再び思い出して今度はサンドバッグを蹴り抜いた。
しばらくそれを続けた後、ドサッと仰向けにベッドに大の字で寝転がる。伸ばした手でベッドの縁に置いてある写真立てを手に取り、写真を見つめた。
写真には数人写っていて、テスラは妹と弟の二人と肩を組んで笑っていた。その後ろにその光景を微笑ましく見つめているテスラの父と母。家族の集合写真だろう。
「……元気にしてっかな、おふくろ。リスルとエレトがしっかりしてくれてるといいが」
写真を見つめていると、ザウラ帝国軍に入る前の日々がテスラの脳裏に蘇ってくる。そして、帝国軍に入ると決めた瞬間も。
(俺がどうにかしなきゃ、リスルとエレトも戦わなきゃいけなくなる。それだけは絶対に阻止しないといけない)
テスラはムクッと起き上がり、写真立てをいつもの場所に置いてから、気合いを入れるためにサンドバッグを思いっきり殴った。
「………この戦争を絶対に終わらせてやる。リスルとエレトのために」
†
「総司令、御子息がまた派手にやってくれました」
自分の執務室でひたすらサインを書く仕事をしていたザウラ帝国総司令官、ダグラス・ギルティニアの目の前に分厚い紙の束が置かれた。表紙には報告書と書かれている。
「またかあんのバカ息子。今度は何をやらかした、レイ?」
報告書を手に取ったダグラスに、レイと呼ばれた秘書はすぐに答えた。
「アレイル山の麓に構えている敵の本陣に単身奇襲をかけ、甚大な被害を与えたようです」
「ふむ。そろそろ勲章の一つでもくれてやるべきか? レイ、どう思う?」
「いえ、それはやめておいた方がいいかと。それに報告はまだあります。四ページを見てください」
レイに言われ、ダグラスは報告書の四ページ目に目を通す。視線が下に向かうにつれ、だんだんと表情が険しくなっていった。
「ご覧のとおり、我が軍の結晶兵器を大半撃破、特に結晶人からエネルギーを吸い出す機構は跡形もなく破壊されています。次のページに被害総額が掲載されておりますのでご覧になってください」
「……………いや、見なくてもおおよその見当はつく」
ダグラスは報告書を机に置き、大きなため息をついた。それをレイはいつもの事だ、と言わんばかりに部屋の隅でコーヒーを二つ入れると、一つをダグラスの前に置いた。
「それでどうしますか、テスラ・ギルティニア少尉の処分は? 勲章授与と昇格はまずありませんが」
とレイはコーヒーに口をつけた。ダグラスも一口飲んでから、
「現状維持、だな。あと何か一つやらかしたらかねてより考えていたものを実行する」
「まあ、少尉とは別に問題を起こしている者もいますからね。ジーク・バロン少尉にミネルバ・アルヴェスタ少尉。今年は少尉がよく問題を起こしますね」
「まったくだよ、レイ」
二人が再びコーヒーを口にしたところで、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。その足音は執務室の前で消え、それと同時に扉が勢いよく開かれた。
「失礼します!」
走ってきたらしき士官が敬礼をして現れた。
「ノックをしてから入って欲しいものだが?」
「申し訳ありません、ギルティニア総司令! なにぶん、緊急の要件でしたので……」
「緊急?」
「はい。少しお耳を」
と士官はダグラスに耳打ちした。それを聞いたダグラスは、
「あんのバカ息子!レイ、ついて来い! キミは案内を頼む」
「「ハッ」」
士官を先頭にダグラスとレイは駆け足で執務室を出ていった。