家族
「あ~、癖毛が直らない~!」
もうすぐ約束の時間だというのに前髪についた癖毛が直らない。何度櫛で梳いても、
バナナのようにカールしてしまう。いっそのことシャワーを浴びようか?いやだめだ
そんな時間はもう無い。私は強引に整髪料を付けて髪の毛を整えて、後ろ髪をお気に入りのゴムで縛りツインテールを完成させた。
約束というのは隣に住む幼馴染の明に呼び出された事だ。いったい何の話だろうか?
明は大切な話だと言っていた。明とは子供のころから良く遊んでいてとても仲が良かったが、お互い高校生になると妙に異性の友達として意識してしまい話す機会も減ってしまった。彼の家に招かれるのも3年ぶりである。
私としてはいつも明に話しかけようとするのだが、やっぱり恥ずかしくてなかなか話しかけられない、それに明は学校でも結構モテルほうなので周りの視線も気になるのである。
そんな明から久しぶりに家に招かれたのだ、しかも大事な話があると、私は今までにないほど胸の高まりを感じていた。
私は時間ぎりぎりまで鏡の前で身を整えた、自分の家を出て明の家に向かう。歩いて20歩ほどである。明の家の前に立ち眺めてみる、毎日明の家は見ているが改めて見ると少し寂れたように見える。三年前に明のおばさんが亡くなってからこの家自体が寂しがっているように見える。おばさんがいたときは一緒に料理を作って明に食べてもらったっけ。
今日は久しぶりに料理でも作って上げようかな。私はそんな事を考えつつチャイムを鳴らした。
ドアがガチャリと音を立てて開かれた。
「おはよう、時間ぴったりだな、美鈴」
あっ、私の名前は美鈴です。初めまして。
「おはよう、私待たされるのが嫌いだから自分も待たさないようにしてるの」
「昔そんなこと言ってたな、まぁ入れよ」
「うん、おじゃましま~す」
家の中に入り少し驚いたのがすごくきれいに掃除されていることだ。サラリーマンの
おじさんと明の男二人暮らしだから散らかしてるんじゃないかと思っていたのに意外だった。
「へ~、結構家きれいにしてるのね、明が掃除してるの?」
「ん、うん、まぁそうだよ」
明は少し歯切れの悪そうに答えた。
「人の家じろじろ見るなよ」
「なによ、いいじゃない減るもんじゃないんだから」
「リビングに入っててくれ、おれ飲み物持ってくるから、場所わかるよな?」
「覚えてるよ何度も来たことあるんだから、私烏龍茶おねがいね」
「はいはい」
明は飲み物を取りにキッチンに行った。私は懐かしい思い出のある明の家を観察しつつリビングのふすまを開いた。
驚いた。声が出なかった。そこには全く私の想像していなかった光景があった。
「いらっしゃい」
誰だ、この女は?、リビングにいたのは私の見たことも聞いたこともない女性だった。
ソファに腰掛けて優雅にお茶を飲みながら女性誌を読んでいる。綺麗な黒髪をしていて
引き締まった体をしている。座っていて正確には判らないが身長も170cmを超えてい
るだろう。綺麗な人だ。
「そんなところで立ってないで座ったら」
「あっ、はい」
素直に腰を下ろしてしまう私、この人にはなんだか凄味がある。てか誰だよ。
綺麗な人は相変わらず優雅にお茶を啜っている。部屋は沈黙で満ちている。
明からはこの人の話など聞いたこともない、どういう知り合いなのだろう。確か
中学生のころ明が学校の友達と談笑している中で年上の女性が好みだと言っていた
ことを思い出した。まさか彼女!?いやいやいくらなんでもそれは…
「あなた美鈴ちゃんよね?」
「あっ、はい」
「ふふ、カワイイ」
「あっ、どうも…」
くそぉ、悔しいがなんだか照れてしまう、自分で顔が火照っているのがわかる。
「明と仲が良いらしいね」
明っていった!馴れ馴れしくないですか?
「はい…」
あんた明とどういう関係だよ!もう面倒だ、聞いてやれ!
「あの!あなたは明と…」
『スッ』
リビングのふすまが開かれる。飲み物を持った明が入ってくる。
「怜香さん!?いたの?」
「おじゃましてます、ちょっと近くまで来たから休憩してたの」
「そうなんだ、何か飲み物持ってこようか?」
「いいわよ、自分でお茶入れたから、それにもう出るから、友達と買い物行くの」
「そう、じゃあ気を付けて」
「ありがと、…そんなことより女の子を待たせちゃダメでしょ」
「えっ?ああ、うん」
明が少しだけ私を見てすぐに怜香と呼ばれた女性に目を戻した。その仕草がなんだか
少しムカついた。
「じゃあね、また夜に来るから」
「うん、気をつけてね」
怜香さんは部屋から出て行った。
「ちょっと!誰よあの人!」
自分でもびっくりするほど大きな声を出してしまった。私と明はただの幼馴染なのだ
から明が家に女性を連れ込んでも糾弾する権利など無いのは自分でも分かっていた。
「ええ!?なんでそんな怒るの!?え~と、まあ、あの人は怜香さんっていって
だな、まあ後で言おうとしてたんだけど…」
明はすごく歯切れの悪そうだ。
「まあ怜香さんの事はいいじゃん、ひとまず置いといて、後でちゃんと説明するから」
「何いってんの!ちゃんと説明してよ!」
『ピンポーン』
突然来客を告げるベルが鳴った。
「あっ、お客さんだ、ちょっと見てくるわ」
「ちょっと、明!」
明は天の助けを得た様に玄関に向かっていった。私の心の中はうまく表現できない
もやもやした感情に支配されていた。
「佐知子さん!?来るなら連絡してくださいよ!」
「ほほほ、驚かせようと思って」
玄関から怜香さんとは別の女の声が聞こえる。また私の知らない女の声だ。
声の主がリビングに入ってきた。
「あら、お友達?」
「はい、前に話した幼馴染の美鈴です」
姿を現したのは、見事に和服を着こなした艶やかな女性だった。年は30歳後半くらい
だろうか?同性の私が嫌になるくらいの色気をまとった女性だった。
「初めまして、美鈴といいます」
「あら、ご丁寧に、私は明ちゃんの新しい家族の佐知子です。よろしくね」
あれ?今新しい家族って言った?何って言ってるのこの人?
私の困惑を他所に佐知子さんは手に持ったケーキを勧めてきた。
「そうだ、これケーキなの、お友達と一緒に作ってきたのよ、二人で食べてね」
「ありがとう、ちょっと佐知子さん、あと人前で明ちゃんは止めてよ」
「あらそう、ふふふ、そうよね、女の子の前ではかっこ悪いものね」
「いやまあ、…佐知子さん座ってて、俺ケーキ切り分けてくるから、お茶でいい?」
「あら、いいの?お願いするわ」
哲也はまたリビングから出て行った。私と佐知子さんを残して。
二人っきりになった部屋の中で私は考えていた、いったいこの二人はどういう関係
なのだろう?新しい家族とはいったい何のことだ?まさか明は年上好きと言っていたが
佐知子さんは年上すぎるだろう。考えていても仕方がない本人に聞いてみよう。
「あの~佐知…「美鈴さん、明ちゃんとはお付き合いが長いんですってね?」
私の声に被せられた。
「ああ、はい、そうですね」
「ふふ、これからも仲良くしてあげてね。あの子しっかりしてるとこもあるけど、ちょっと気が弱いでしょ?見てて心配になっちゃうのよ」
「ああ、はい」
馴れ馴れしいな!明の事をよく知っているみたいだし。
「お茶入りましたよ」
お茶をお盆に載せた明が入ってきた。
「あら、ありがとう」
優雅に立ち上り明の近寄る佐知子さん。
「ん~、おいしいわ、やっぱり明ちゃんはお茶を入れるのが上手ね」
「はは、どうも、あとチャン付けは止めてください」
「ふふふ、ごめんなさい、じゃあ私生け花教室があるから失礼するわ」
「え?もう行くんですか?」
「ええ、二人でケーキ食べてね」
「家の外まで見送ります」
「あら、ありがとう、明ちゃんは立派な男性ね」
「もう、からかわないでください、あとチャン付けは…」
二人はふすまを開けて出て行ってしまった。私を全く置いてけぼりにして。
というかなんなのよ!あの女達は?最初の綺麗なお姉さんといい、さっきの艶やか熟女といい何で明の周りに私の知らない女たちがあふれかっているの?まさか明のやつあの二人とあんなことやこんなことをしているのでは?しかも二股?
私の妄想がよからぬ方向に進みだしたときリビングから庭に繋がるガラス戸が開いた。
『テク、テク、テク、ポスン』
え?なによ?どうなってるの?またしても突然の来客に、私の容量の低い頭はフリーズ
した。なぜ見知らぬ幼女が庭から入ってくるのだろう?
『カパッ、ペリペリ、モグモグ』
幼女は佐知子さんの持ってきたケーキを何の躊躇いもなく食べ始めた。私と明の分
なのに!というかこの子かなり可愛いな、髪の毛をツインテールで縛っており、
人形のように整った目鼻が小ぶりな顔にくっついている。でもなんだか少し生意気
そうな目をしている。なんなのこの子は?明はもしかしたらロリコンですか?
『ズズッ』
幼女はケーキを食べ終えて、お茶を飲んでいる。それは明が私に入れてくれた物だ!
『チラ』
幼女と目が合う、なぜだろうこの子も子供のくせに人を緊張させるプレッシャーを
持っている。
「あんた誰?」
「こっちのセリフよ!」
予想外の言葉である。どいつもこいつも自分から名乗ろうとしない。
幼女は辺りを見渡すように首を振りキョロキョロしだした。
「ねぇ、明はどこにいるの?」
この子も明に馴れ馴れしいな!
「てか、あんた明の何?」
「こっちのセリフよ、あなたが先に自己紹介しなさい!」
「…」
幼女は値踏みするように私をつま先から頭のてっぺんまで観察しだした。
「その歳でツインテールって、ップ(笑)」
「笑うな~!あんただってツインテールじゃない!」
「私はまだ若いからい~の、おばさんと違って」
「おばさんっ!だと!」
花の高校生に向かっておばさんだと、あなたからしたらずいぶん年上だろうがそれは
あんまりでしょうが!
『スッ』
「あっ、明~」
リビングに戻ってきた明に幼女が抱きつく、私と話していた時とは明らかに声の
トーンを変えている。
「ああ、コラ、有希離れなさい」
「やだー、私、明の事好きだもん~」
甘ったるい声を出しながら明に甘える有希と呼ばれた幼女、私との態度が180度違う。
「ん~、明の匂い好き~」
「こらこら」
さっさと哲也から離れろ!このくそがき!
「有希、ケーキ食べたのか?」
「うん、おいしかったよ!明の分も残してあるからね」
「ふふ、ありがと、ちゃんと手洗ったか?」
「あ~、忘れてた~」
このガキ!かまととぶりやがって!
「じゃあ、洗いに行こうか」
「うん!」
明と有希と呼ばれた幼女はリビングから出て行こうとする。私の存在を忘れている
かのように。ちょっと待て、これ以上の放置は我慢できない。
「ちょっと!待ちなさいよ!」
「ああ、美鈴ごめんな、ほったらかしで」
「いっ、いいわよ!この際そんなことは!その子はなんなの!」
「あ~、え~、まあ、話すと長くなるんだが…」
またも歯切れが悪そうだ。
「ちゃんと説明して!」
「明~、有希トイレ行きたい~、我慢できない~」
「ええ!?ごめん美鈴、後でちゃんと説明するから、ごめん!」
「ちょっと!明!」
二人は出て行ってしまった。
「なんなのよ!も~!」
ちらりと私を見た有希は勝ち誇ったかのような顔をしていた。部屋に一人取り残され
た私。すごく胸がもやもやしてしまう。私の知らない女が明の周りに3人もいる。
しかも皆きれいですごく馴れ馴れしい、こんな気持ちになるなんてやっぱり私は
明のことが好きだったんだ。改めて自分の気持ちを認識した。あの女たちと明の
関係を考えると胸が締め付けられる思いだ。明が戻ってきたら絶対に問い詰めてやる!
『スッ』
ふすまが開いた。
「明!」
私は大声を出した。だが今日何度目かになる驚きの光景を前にして私は言葉を飲み
込んだ。そこにいたのは明ではなかった。いや全然違う。大柄でムッキムキの黒人男性
だった。
「グッドモーニング!アキラ!アレ~、アキラ、イナイノ~?」
このムキムキ黒人も明の知り合いらしいが全く関係が読めない。てか怖い。
「セッカクアキラノ、ダイスキナ、apple pieヲ、ヤイテキタノニ~、シット!」
黒人の目が私と会う。
「アラ、オキャクサンデスカ~、アキラノfriendデスカ~、or girl friend?
ファッキン!!」
「ひっ!」
なんなのこの人、普通じゃないよ、怖いよ、明のなんなの?
「ワォ!オイシソウナ、cakeトteaガアルネ~」
恐怖の黒人は私などお構いなしにテーブルに置かれた食べ物に夢中になった。
「ン~!delicious!ベリーグッド!ビッチgirlアナタハタベナイノデスカ~?
ショウショクデスカ?orダイエッツ?」
もういやだ、こんな家でていこう、訳のわからない女たちや謎の黒人の相手なんてもういやだ。ここは私の知っている明の家じゃないんだ、一旦自分の部屋に帰って寝よう。
うん、それがいいきっと目を覚ますとこの人たちも消えてなくなってるはずだ。これは
ゆめなんだ。私はそう思いリビングを出て玄関に向かった。
廊下の途中で明と有希に出会ってしまった。さっさと消えてしまえ、この幻想が!
「美鈴、どこいくんだよ?」
明は仲良く有希と手を繋いでいる。幻想め!最後まで私を不快な気持にしてくれて!
「帰るのよ、疲れたから」
「まだ話し終わってないんだけど…」
「うっさいわね!あんたが私のことほったらかすからでしょ!」
突然怒りが爆発してしまった。明が悪くないのは分かっているのに、でも一度噴出した
ものは止められなかった。
「ちょ!大声出すなよ、小さい子もいるんだぞ」
「うう!!うっさい!バカ!アホ!このドスケベ!マザコン!ロリコンのゲイ野郎!」
「明~、有希このおねえちゃん怖いよ~」
「ああ、ごめんな、有希」
「ふ~!!!」
この明をたぶらかすふしだら女め!明も明だ!こんな子供に騙されるなんて!
私は踵を返して玄関に向かい急いで靴を履いた。
「ちょっと、待てよ、美鈴!」
「うっさい!もう帰るの!あんたは誰とでもいちゃいちゃしてればいいでしょ!」
玄関の取っ手に手をかけようとした瞬間、ドアが開かれて私は玄関の向こう側に
ある物体とぶつかった。
「きゃっ!」
「いたたた…美鈴ちゃん?大丈夫?」
そこにいたのは明のお父さんだった、私と勢い良くぶつかったせいで尻もちを付いて
しまった様だ。私は久しぶりに見る見知った顔に安心しておじさんに抱きついて
しまった。
「おじさ~ん!」
「ちょ!美鈴ちゃん!?」
「おじさ~ん!この家に変な人たちが入り浸ってて、明を変にしちゃったんです~!」
「変な人たちですって、ぶっそうね~」
おじさんの後ろからつい最近聞いたことのある声が聞こえた。
「いやいや、たぶん私らの事だろ」
そこにいたのは怜香とかいう綺麗なおねえさんと佐知子とかいう熟女だった。
「あ~!このひとたちです!この人達が明をたぶらかせてるんです~!!」
私は興奮のあまりおじさんの顔のまじかまで近づいて事の異常さを訴えた。
「美鈴ちゃん!?ちょっと近いよ!妻が見てるよ!」
…何?
「…妻?」
「どうも~、新しい妻の佐知子です~」
しばらくして私と明、おじさん、佐知子さん、怜香さん、有希ちゃん、そして謎の黒人がリビングに集まった。
集まった皆を見渡して明が声を出す。
「美鈴、今日はなそうとしてたことなんだが、新しく家族が出来たんだ」
「家族…?」
「おやじが再婚した」
「そういうことなんだな」
おじさんがなんだか誇らしげに頷いている。
「遅れたけど皆を紹介していくよ、まずは再婚相手の佐知子さん」
「明ちゃん、おかあさんって呼んでね」
「ああ、はい、そのうち…」
「んで、その隣が俺の姉になる怜香さん」
「よろしくね~、美鈴ちゃん」
「そんで今俺の膝の上に座ってんのが妹になる有希だ」
「…ツーン」
「これが俺の新しい家族だ」
「NO~!アキラ!meは?」
「ああ、ごめん忘れてた、この人が留学生のBOBさん、変な人だけどいい人だよ」
「ヨロシクネ!ビッチgirl!」
そういうことだったのである。なんだそういうことか、これからお隣が騒がしくなるな、
きっとこの家も賑やかになってうれしいだろうなぁ。ぼんやりとそんなこと考えた。
「美鈴?聞いてるか?」
「ああ、はい、うん、どうも皆さんこれからお願いします」
終わり