第5話 見られている側
――“外部参照”。
その文字を見た瞬間、視界の奥がひどく静かになった。
騒がしいはずの医務室の音が、一段引いた場所から聞こえる。
代わりに、別の感覚が前に出てきた。
見られている。
さっきより、はっきりと。
「アレン、どうした」
カイルの声が遠い。
「……来てる」
「何がだ」
「外」
それ以上、言葉が続かない。
ベッドの上の生徒が、またびくりと震えた。
状態表示が変わる。
状態:活動不安定 → 活動停止
「まずい!」
医師が叫ぶ。
再び動かなくなる。
さっきより悪い。
整合ではない。
これは“上書き”に近い。
俺は一歩踏み出す。
「アレン、待て!」
教官の制止。
だが、今は聞かない。
止めるなら、あとでいい。
今は――見る。
触れない。
干渉しない。
ただ、観測する。
表示に意識を集中させる。
対象:人間
状態:活動停止
備考:外部参照
外部参照。
その先。
見えないはずの“参照元”を、無理やり追う。
頭の奥が軋む。
さっきより強い。
「っ……!」
「おい、無理すんな!」
カイルの声が近づく。
肩を掴まれる。
振り払わない。
だが、止まらない。
少しだけ。
あと少し。
参照元。
“外”。
――どこだ。
その瞬間。
視界が、ほんの一瞬だけ切り替わった。
暗い。
広い。
何もない。
だが、確かに“ある”。
空間とも違う。
場所とも違う。
ただ、“見ている側”。
「……」
すぐに戻る。
医務室の光景。
倒れている生徒。
息を整える自分。
だが、確信だけが残った。
「……見えた」
「何がだ」
教官の声。
「外部参照の“先”」
空気が止まる。
「何を言ってる」
「場所じゃない。構造です」
「分かる言葉で言え」
「……見てる側がある」
カイルが顔をしかめる。
「誰かが見てるってことか?」
「それも違う」
「じゃあ何だよ」
「“見られていること自体が前提になってる場所”」
「余計分からん」
「俺も」
正直だ。
だが、方向は間違っていない。
リゼが一歩前に出る。
「ねえ、それさ」
「何だ」
「“見てる側”があるなら、“見られてないもの”もあるんじゃない?」
その一言で、思考が一段進む。
確かに。
観測されているから、状態が定義される。
なら。
「……観測されてない部分」
「あるでしょ?」
「ある」
確信に変わる。
さっきの藁人形でもそうだった。
見えていない背面は、別扱いだった。
つまり。
「観測されていない部分は、外部干渉の影響を受けにくい可能性がある」
「それ、試せる?」
「……やる」
教官が即座に遮る。
「待て。何をする気だ」
「対象の一部を“観測外にする”」
「そんなことができるのか」
「分からない」
「またそれか!」
怒鳴られた。
だが、止まらない。
やるしかない。
俺はベッドの脇に回り、シーツを持ち上げる。
「おい!」
「見えている範囲を遮ります」
「それでどうなる」
「外部参照が“見えていない部分”に干渉できない可能性がある」
「可能性ばっかりだな!」
「今はそれで十分です」
シーツで、生徒の体の半分を覆う。
視界から隠す。
その状態で、表示を見る。
対象:人間
状態:活動停止
備考:外部参照(部分)
「……変わった」
「何がだ」
「“部分”になった」
つまり。
干渉範囲が限定されている。
「リゼ」
「何」
「反対側も」
「分かった」
彼女が即座に動く。
シーツをさらに広げ、完全に覆う。
光を遮る。
観測を遮る。
その瞬間。
表示が変わる。
備考:外部参照(遮断)
「……来た」
同時に。
「っ……」
生徒の胸が、大きく上下した。
呼吸が戻る。
「戻った!?」
「意識が!」
医師が駆け寄る。
脈が安定している。
明らかに、さっきよりいい。
教官が俺を見る。
「今、何をした」
「外部参照を遮断しました」
「どうやって」
「見えなくしただけです」
「それだけでか?」
「たぶん」
「たぶんをやめろ!」
「今のところは」
また怒られた。
だが、結果は出ている。
これは――
「“見られている”こと自体が干渉条件になってる」
口に出す。
全員が黙る。
理解が追いついていない。
当然だ。
だが、重要なのはそこじゃない。
この現象は、もう再現できる。
つまり。
「防げる」
小さく呟く。
カイルが低く言う。
「……お前、それ」
「何だ」
「完全に危険なやつじゃねえか」
「そう思う」
「軽いんだよ!」
また同じやり取り。
だが、今回は少し違う。
俺も、少しだけ理解している。
これは便利じゃない。
これは。
“ルールに触れている”。
そのとき。
視界の端で、また文字が揺れた。
備考:記録整合中 → 記録再参照中
「……」
変わった。
今度は、“再参照”。
嫌な予感がする。
「アレン?」
リゼが覗き込む。
「何か見えた?」
「……来る」
「は?」
「また、来る」
その瞬間。
シーツの下の体が、びくりと震えた。
遮断したはずの状態が、揺れる。
表示が変わる。
備考:外部参照(再接続)
「……は?」
カイルが絶句する。
「おい、今遮断したばっかだろ!」
「してる」
「じゃあなんで!」
「……強制的に繋がれてる」
つまり。
相手は、こちらの対処を上回っている。
観測を遮っても。
それでも、届く。
それはもう――
「ルールの外から来てる」
確信になる。
そして。
さっき見えた“あの場所”。
あそこが、関係している。
視界の奥が、またざわつく。
見られている。
今度は、はっきりと。
俺の方を。
「……面倒だな」
また同じ言葉が出た。
だが、今度は少しだけ違う。
これはもう、避けられない。
見られているなら。
――見返すしかない。
次は、「外部参照」に対して初めて“能動的に踏み込む”話になります。
少しだけ、危ない方向に進みます。




