第4話 整合する世界
――この“整合”を、もう一度観測する。
そう決めた直後。
「アレン、お前はしばらく単独行動禁止だ」
教官の一言で、計画は半分潰れた。
「理由を聞いてもいいですか」
「聞かなくても分かるだろう。お前が一番危ない」
「納得はできます」
「素直だな」
「納得と従うかは別です」
「従え」
従うことにした。
ここで逆らっても効率が悪い。
問題は、“どう観測するか”だ。
訓練は中断され、倒れた生徒は医務室に運ばれた。
他の生徒たちは解散。
残されたのは、俺と教官、それから数名。
……のはずだったのだが。
「で、あたしはなんでここに残ってるの?」
あの赤茶の少女が、面倒くさそうに言った。
「お前は“見ていた側”だからだ」
「巻き込まれたんですけど」
「運が悪かったな」
「最低」
会話が軽い。
だが、彼女の視線はずっと俺に向いている。
観察されている感覚。
嫌いではない。
「名前」
俺が言うと、少女は少しだけ眉を上げた。
「いきなり何?」
「呼びにくい」
「……リゼ」
「アレン」
「知ってる」
知っているらしい。
教官が手を叩く。
「いいか。今から医務室に向かう。アレン、お前は余計なことをするな」
「努力します」
「するな」
「善処します」
「しないでくれ」
信用がない。
正しい評価だと思う。
医務室に入ると、薬品の匂いが鼻についた。
倒れていた生徒はベッドに寝かされ、まだ意識は戻りきっていない。
医師らしき男が首を振る。
「外傷はない。魔力の流れも異常なし。だが……」
「だが?」
「“動く理由がない”ように見える」
奇妙な言い方だ。
だが、しっくりくる。
「……見せてください」
教官が一瞬迷い、それから頷いた。
「触るなよ」
「見るだけです」
ベッドの横に立つ。
表示が浮かぶ。
対象:人間
状態:活動低下
固定:未設定
備考:記録整合中
変わっていない。
いや、少しだけ違う。
“活動停止”から“活動低下”へ。
俺がさっき動かした分だけ、変化している。
「……アレン」
カイルの声が背後からする。
「さっきの、もう一回できるのか」
「分からない」
「そればっかだな」
「分からないものは分からない」
正確だ。
だが、試す価値はある。
「少しだけ、試します」
「おい」
止める声を無視して、意識を集中する。
状態:活動低下
ここに触れる。
今度は、さっきよりも慎重に。
無理に動かさない。
“ずらす”だけ。
ほんの少し。
結果。
状態:微活動
「……っ」
生徒の指が、わずかに動いた。
「動いたぞ!」
「意識が戻りかけてる!」
ざわめきが広がる。
医師が慌てて診る。
「脈が安定してきている……どういうことだ?」
俺にも分からない。
だが、確かなことがある。
これは“回復”ではない。
“状態の変更”だ。
「……お前、それ」
カイルが言葉を失う。
「治したんじゃないんだな」
「違う」
「じゃあ何だ」
「“動ける状態に近づけた”だけ」
「余計分からん」
「俺も」
正直だ。
リゼが腕を組んだまま、じっとこちらを見ている。
「ねえ」
「何だ」
「それさ、“元に戻した”わけじゃないよね」
「違う」
「じゃあ、元の状態ってどこ?」
いい質問だ。
だが、答えはない。
「分からない」
「やっぱりめんどくさい」
めんどくさいらしい。
だが、その通りだと思う。
このスキルは、“正しい状態”を知らない。
ただ、“今ある状態”を扱うだけだ。
だから――
「元に戻す、って概念がない」
口に出すと、教官の表情が固まった。
「……それは、つまり」
「壊れたら壊れたまま、治したければ“治っている状態にする”しかない」
「それは治療じゃないだろう」
「はい」
「じゃあ何だ」
「操作です」
空気が変わる。
さっきまでの“珍しいスキル”という扱いから、一段階進んだ。
危険物の扱いだ。
教官が深く息を吐く。
「……アレン、お前はしばらく医務室付きだ」
「はい」
「監視もつける」
「必要だと思います」
「素直だな」
「合理的です」
合理的。
それが一番安全だ。
だが。
視界の端で、またあの文字が揺れる。
備考:記録整合中
整合。
さっきからずっと出ている。
俺が触れても、触れなくても。
これは――
「……止まってない」
小さく呟く。
「何がだ」
カイルが聞く。
「整合」
「は?」
「これ、ずっと続いてる」
言った瞬間。
表示が、わずかに変わった。
備考:記録整合中 → 記録再配置中
再配置。
嫌な予感がする。
次の瞬間。
ベッドの上の生徒の体が、びくりと跳ねた。
「っ!」
「どうした!?」
医師が叫ぶ。
状態表示が変わる。
状態:活動不安定
「……まずい」
さっきより悪化している。
俺が触れていないのに。
つまり――
「外から、触られてる」
誰かが、今この瞬間も“状態”を動かしている。
俺とは別の方法で。
俺よりも速く。
「……おい、アレン」
カイルの声が低くなる。
「それ、どうする」
「どうもしない」
「は?」
「今は観測する」
無理に触れば、干渉がぶつかる。
さっきの頭痛がそれだ。
なら、まず見る。
誰が、何をしているのか。
そのために。
表示に集中する。
状態の変化を追う。
整合。
再配置。
不安定。
そして――
一瞬だけ。
見えた。
対象:人間
状態:活動不安定
固定:――
備考:外部参照
外部参照。
「……来た」
「何がだ」
「“外”が、見えた」
その瞬間。
ぞわり、と背筋に冷たいものが走る。
誰かに“見られている”。
そんな感覚。
いや。
見られているのは、俺じゃない。
この“記録”そのものだ。
そして。
それを見ている何かが、いる。
「……面白くなってきた」
思わず呟く。
「全然面白くねえよ!」
カイルに怒鳴られた。
正しい反応だと思う。
だが、それでも。
これはもう、確定だ。
この世界は。
俺が思っていたより、ずっと“動いている”。
「操作できる」ことより、「操作されている」ことの方が問題になってきました。
次は、“外部参照”の正体にもう少しだけ踏み込みます。




