勇者の剣
その日。
魔王は倒されて英雄である勇者とその幼馴染の女戦士が帰還した。
「大義でしたね」
二人に退魔の剣と謳われる聖剣を授けた年老いた聖女は微笑む。
彼女は二人とも旧知の仲だ。
「あの悪戯小僧とわんぱく娘が本当に……」
感極まって泣き出した聖女に二人はどこか神妙な顔をしながら聖剣を返還する。
「おや?」
受け取った聖女は怪訝な顔をする。
「どっ、どうかした?」
「何かありましたかね?」
勇者と女戦士にとっては生きた年に等しい付き合いの老聖女。
それ故に人々の評判にある慈愛と慈悲に満ちただけの女性ではないことをよく知っている。
なにせ、二人とも何度も悪戯をして彼女に雷を落とされたのだから。
「こんな形をしていましたっけ?」
聖剣をじっと見つめる聖女。
露骨に焦る勇者の脇腹をつついて女戦士がすました顔で言う。
「魔王との戦いはあまりにも激しかったものですから多少の傷はあるかもしれません。おまけにほら、コイツは馬鹿力ですから」
「そうそう。馬鹿力なもんで。柄の辺りとか潰れちゃ……痛っ!」
老いた聖女の耳に二人の小声が聞こえてきた。
「ばっか。余計なこと言うな」
「ごめ。ごめんって」
老女の顔が固まる。
それを悟った二人の顔もまた引きつる。
「何があったか話しなさい」
静かに落ちる雷。
世間じゃ英雄と呼ばれる二人は冷や汗を流すばかりだった。
*
「つまり。砕けてしまったのね。聖剣は」
「はい」
「その。魔王のすんげー攻撃を受けた時に……」
気まずそうに視線を逸らす二人の前に出されたお茶はすっかり冷え切り、二人が幼い頃によく盗んでいたお菓子もまだ手付かずだ。
「まったく……それで。聖剣もなしにどうやって倒したの?」
「いや、ヤケクソで私が『私の剣を使え!』って渡して、そのままザックリと……」
「はい。なんか普通に倒せました」
老女はようやく理解する。
二人は砕けた聖剣を隠そうとしたのではない。
むしろ、退魔の剣……魔王殺しの聖剣と呼ばれたこの剣の逸話を守ろうとしたのだ。
「まったく……」
呆れて言葉を漏らす聖女に二人は何度も頭を下げる。
「すみません!」
幼い頃とまるで変わらない光景を見て聖女はくすりと笑う。
魔王を倒した英雄様も一皮剥けば何も変わっていない。
「昔から何度も言っているでしょ? 正直に話しなさいって」
「まさか砕けるなんて思っていなくて!!」
「私達がしっかりと手入れをしていれば!!!」
「まったく……」
聖女は立ち上がる。
「お茶。冷えちゃったでしょ? 今から淹れなおすわ」
すたすたと歩く聖女の姿を『とても怒っている』と勘違いしたらしい二人の声が聞こえる。
「だから言ったじゃん。最初から砕けたのだそうって……」
「馬鹿じゃないの? あんたが堂々としていたら騙せていたのに」
「俺は始めからヤバいって思っていて」
「はぁ!? 私のせいだっていうの?」
「だって俺はこんな嘘すぐにバレるってわかっていたし……」
「そんな事言いながら熱心に剣を加工していたのは誰さ?」
聖女は自身の背中しか二人に見えていないことを良い事にくすりと笑う。
「聖剣はもういらないって事かしら。平和が訪れたもの」
背後の二人が幼い頃の悪戯小僧と腕白娘の顔に戻っていることに安堵しながら聖女は今しばらく怒ったふりを続けた。




