-6- 逸脱
月曜日、佐々木はいつも通り大学に向かった。
講義室の椅子に座り、ノートを開いてはいたが、板書の文字はほとんど頭に入ってこなかった。教授の声は遠く、周囲の学生の笑い声も、どこか別の世界の出来事のように聞こえた。
スマートフォンを何度も手に取りそうになり、その度にポケットに押し戻した。
理由は自分でも分かっていた。考えたくなかったのだ。
帰宅すると、部屋の電気もつけずにパソコンの前に座った。
無意識のまま検索窓に文字を打ち込む。
――朝山太陽。
いくつか同姓同名のアカウントは出てきたが、どれも決定的なものではなかった。顔写真もなく、手がかりは掴めない。佐々木は舌打ちし、次の名前を打ち込んだ。
――河合春紀。
今度はすぐに出てきた。
無加工の自撮り写真。妙に上目遣いの表情。作り笑いのような口元。
画面を見た瞬間、胸の奥に鈍い熱が走った。
こんな女に。
こんな女に、美咲は――。
理屈ではない。正義でもない。
ただ、生理的な嫌悪と、どうしようもない怒りが込み上げてきた。
その夜、佐々木はほとんど眠れなかった。
翌日、目を覚ました時にはもう昼を過ぎていた。
大学にも、アルバイトにも行かなかった。連絡を入れる気力もなかった。
夕方になり、近所のコンビニで酎ハイとタバコを買った。
部屋に戻り、カーテンを閉め切ったまま、缶を空け、煙を吐いた。
床にはいつの間にか空き缶が転がり、タバコの箱が積み重なっていた。
部屋は暗く、静かで、時間の感覚が曖昧だった。
パソコンの電源を入れる。
掲示板を開く。
新しいスレッドを立てる。
指は驚くほど自然に動いた。
文章を書き終え、送信ボタンを押した時、胸に何かが残ることはなかった。
それから、どれくらい時間が経ったのか分からない。
何時間経っても一向に返信が付かなかった。
彼はそんな画面をただ茫然と眺めていた。




