-4- 平穏
東京に戻ってからの生活は、驚くほど何も変わらなかった。
講義はいつも通りにあり、アルバイトのシフトも淡々とこなした。周囲は佐々木が何かを失ったことに気づいていないし、佐々木自身もそれを説明する気はなかった。
朝、目覚ましで起きる。
電車に乗る。
人混みに紛れて、誰とも目を合わせない。
それだけで一日は過ぎていった。
部屋に帰ると、机の上に日記が置いてあった。
実家から持ち帰ったまま、鞄から出して、ただそこに置いてあるだけのもの。
佐々木はそれを見ないようにして、服を脱ぎ、シャワーを浴び、ベッドに倒れ込んだ。
日曜日の朝、携帯が震えた。
大学の友人からの飲み会の誘いだった。
《久しぶりに集まろうぜ》
画面を見つめたまま、佐々木は数秒考え、短く断りの返事を打った。理由は書かなかった。
書けなかったという方が正しい。
午後になっても、特にやることはなかった。
テレビをつけても内容は頭に入らず、部屋の空気だけが重く感じられた。
ふと、机の方を見る。
そこに、あった。
美咲の日記。
手を伸ばせば触れられる距離にあるのに、佐々木はすぐには動けなかった。
代わりに上着を羽織り、財布を持って部屋を出た。
近所のコンビニで、缶コーヒーとタバコを買った。
店の前で立ち止まり、タバコに火をつける。煙を肺に入れて、ゆっくり吐き出す。
何度かそれを繰り返すうちに、胸の奥のざわつきが、少しだけ輪郭を持ちはじめた。
逃げているだけだ、と自分でも分かっていた。
それでも、今はこの一服が必要だった。
部屋に戻ると、佐々木は椅子に座り、日記を前に置いた。
表紙に触れる。
少し擦れていて、角が丸くなっている。
深く息を吸い、吐く。
そして、最初のページを開いた。




